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第15話『婚約の承認と、旧約の鎖』
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舞踏会から3日後、王宮の政務棟で王族関係の重臣会議が開かれた。
議題は一つ。
「リセル王子とリアーナ・フォン・グランツレーヴ嬢の婚約を、王室として正式に承認するかどうか」
リセルは正装で会議に出席し、リアーナは別室で待機していた。
――王族の婚約には、王印と宰相印、そして必要であれば“過去の記録照会”が必要とされる。
その“照会”が、問題だった。
---
その夜、政務棟の書庫で。
「……これが、リセル殿下が13歳のときに交わされた“誓約文書”でございます」
宰相リステラ公が机に置いたのは、古びた羊皮紙。
「相手はミリア・ロヴァンティーヌ嬢。当時すでに婚約候補筆頭として王室が指名し、
ロヴァンティーヌ家もそれを受諾。両家の印章と、当時の王印も残されております」
「……形式だけのもののはずだった」
リセルは文書を見つめたまま、目を閉じた。
「確かに、あのときの僕は……“王子であること”に疑問を抱いていなかった。
与えられた通りに振る舞い、決められた未来に従うことが当然だと思っていた」
「殿下。王室の文書は、一方的な“無効”は通用しません。
この誓約を破棄するには、ロヴァンティーヌ家側の“破棄同意文”が必要です」
つまり、ミリアが自ら「この婚約は終わった」と認めなければ、
リアーナとの正式な婚約は成立しない。
「……わかりました。僕から話します」
---
「で、誓約が有効だったと……」
夜、リアーナはリセルの言葉を淡く受け止めた。
声に怒りや動揺はなかった。けれど、静かな眼差しが、逆に胸を刺す。
「リアーナ、すまない」
「わたくしで、足りないところがありましたか?」
その問いに、リセルはきっぱりと首を振る。
「違う。……これは、僕が昔、王族としての責務しか見ていなかった頃に、
“自分の意志を置き去りにした結果”だ」
彼は椅子から立ち上がり、窓辺に歩く。
「13歳のとき。
“婚約候補としてミリア嬢と会え”と命じられた。
彼女は誰より礼儀正しく、聡明で、僕と同じく“家に従う者”だった」
「でも、その時から“心”はなかった」
「そう。
僕は“誰と結ばれるか”ではなく、“王子としてどうあるべきか”しか見ていなかった。
だから――彼女の“心”を、置いてきてしまったんだ」
リアーナはゆっくりと立ち上がる。
「リセル様。では、取り返しましょう。
ご自分の選んだ“今”のために、過去の借りをきちんと返して、わたくしの隣に来てくださいませ」
「……ああ。必ず」
---
そして4日後。
王宮応接室に、ミリアとロヴァンティーヌ家当主が呼ばれた。
リアーナも正装で同席する。
静かで、けれど重苦しい空気の中、リセルが口を開く。
「ミリア嬢。……僕は、かつて交わされた誓約を正式に破棄したいと考えています」
ミリアは一度目を閉じ、ゆっくりと椅子に座った。
「ようやく、ですのね。……そうなる気がしていました」
リアーナは一瞬だけ息を飲む。
その表情に、怒りも侮蔑もなかった。ただ――少しだけ寂しそうだった。
「貴方は13歳。わたくしは14歳。
“そうなるもの”だと思って育ちました。
わたくしは“貴方の隣に座る日”が当然だと思っていた。
でも貴方は、“隣に立つ”相手を選ばれた」
リセルは言葉を失った。
「貴方の心が、あの時からずっと“ここにはなかった”こと……
――気づいていましたわ。ずっと、分かっていたのです」
リアーナは目を伏せ、けれどその瞳は強く、正面を向く。
「ミリア様。……それでも、今、わたくしと向き合ってくださること、感謝いたします」
「それは当然の礼儀ですわ。
そして、貴女に伝えたいのは一つだけ。
“王子に選ばれる女”ではなく、“国に選ばれる女”であってほしい。
――それが、“私がならなかった者”の、願いです」
ミリアは立ち上がり、鞄から一枚の文書を取り出した。
「ロヴァンティーヌ家は、婚姻誓約を正式に破棄します。
……どうか、お二人の未来が、誰のものでもない“貴方たち自身”の選んだものでありますように」
その言葉と共に、静かに――8年前の鎖が解かれた。
---
その夜。
リアーナは紅茶を飲みながら、ぽつりと呟いた。
「……少し、苦かったですわ」
「……紅茶が?」
「いえ。過去という名の“置き土産”が、ですわ。
でも、甘いだけが紅茶ではありませんしね」
リセルはそっと微笑んだ。
「……君がいるから、僕はようやく“選ぶ側”になれたんだ」
議題は一つ。
「リセル王子とリアーナ・フォン・グランツレーヴ嬢の婚約を、王室として正式に承認するかどうか」
リセルは正装で会議に出席し、リアーナは別室で待機していた。
――王族の婚約には、王印と宰相印、そして必要であれば“過去の記録照会”が必要とされる。
その“照会”が、問題だった。
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その夜、政務棟の書庫で。
「……これが、リセル殿下が13歳のときに交わされた“誓約文書”でございます」
宰相リステラ公が机に置いたのは、古びた羊皮紙。
「相手はミリア・ロヴァンティーヌ嬢。当時すでに婚約候補筆頭として王室が指名し、
ロヴァンティーヌ家もそれを受諾。両家の印章と、当時の王印も残されております」
「……形式だけのもののはずだった」
リセルは文書を見つめたまま、目を閉じた。
「確かに、あのときの僕は……“王子であること”に疑問を抱いていなかった。
与えられた通りに振る舞い、決められた未来に従うことが当然だと思っていた」
「殿下。王室の文書は、一方的な“無効”は通用しません。
この誓約を破棄するには、ロヴァンティーヌ家側の“破棄同意文”が必要です」
つまり、ミリアが自ら「この婚約は終わった」と認めなければ、
リアーナとの正式な婚約は成立しない。
「……わかりました。僕から話します」
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「で、誓約が有効だったと……」
夜、リアーナはリセルの言葉を淡く受け止めた。
声に怒りや動揺はなかった。けれど、静かな眼差しが、逆に胸を刺す。
「リアーナ、すまない」
「わたくしで、足りないところがありましたか?」
その問いに、リセルはきっぱりと首を振る。
「違う。……これは、僕が昔、王族としての責務しか見ていなかった頃に、
“自分の意志を置き去りにした結果”だ」
彼は椅子から立ち上がり、窓辺に歩く。
「13歳のとき。
“婚約候補としてミリア嬢と会え”と命じられた。
彼女は誰より礼儀正しく、聡明で、僕と同じく“家に従う者”だった」
「でも、その時から“心”はなかった」
「そう。
僕は“誰と結ばれるか”ではなく、“王子としてどうあるべきか”しか見ていなかった。
だから――彼女の“心”を、置いてきてしまったんだ」
リアーナはゆっくりと立ち上がる。
「リセル様。では、取り返しましょう。
ご自分の選んだ“今”のために、過去の借りをきちんと返して、わたくしの隣に来てくださいませ」
「……ああ。必ず」
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そして4日後。
王宮応接室に、ミリアとロヴァンティーヌ家当主が呼ばれた。
リアーナも正装で同席する。
静かで、けれど重苦しい空気の中、リセルが口を開く。
「ミリア嬢。……僕は、かつて交わされた誓約を正式に破棄したいと考えています」
ミリアは一度目を閉じ、ゆっくりと椅子に座った。
「ようやく、ですのね。……そうなる気がしていました」
リアーナは一瞬だけ息を飲む。
その表情に、怒りも侮蔑もなかった。ただ――少しだけ寂しそうだった。
「貴方は13歳。わたくしは14歳。
“そうなるもの”だと思って育ちました。
わたくしは“貴方の隣に座る日”が当然だと思っていた。
でも貴方は、“隣に立つ”相手を選ばれた」
リセルは言葉を失った。
「貴方の心が、あの時からずっと“ここにはなかった”こと……
――気づいていましたわ。ずっと、分かっていたのです」
リアーナは目を伏せ、けれどその瞳は強く、正面を向く。
「ミリア様。……それでも、今、わたくしと向き合ってくださること、感謝いたします」
「それは当然の礼儀ですわ。
そして、貴女に伝えたいのは一つだけ。
“王子に選ばれる女”ではなく、“国に選ばれる女”であってほしい。
――それが、“私がならなかった者”の、願いです」
ミリアは立ち上がり、鞄から一枚の文書を取り出した。
「ロヴァンティーヌ家は、婚姻誓約を正式に破棄します。
……どうか、お二人の未来が、誰のものでもない“貴方たち自身”の選んだものでありますように」
その言葉と共に、静かに――8年前の鎖が解かれた。
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その夜。
リアーナは紅茶を飲みながら、ぽつりと呟いた。
「……少し、苦かったですわ」
「……紅茶が?」
「いえ。過去という名の“置き土産”が、ですわ。
でも、甘いだけが紅茶ではありませんしね」
リセルはそっと微笑んだ。
「……君がいるから、僕はようやく“選ぶ側”になれたんだ」
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