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第23話『彼女の瞳に映るもの』
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「――おや、これは失礼。
王妃候補殿にお目にかかれるとは思いませんでした」
夕暮れの回廊。
差し込む斜陽の中、長身の男が柔らかく笑っていた。
エリューシア特命大使、カミル・エルメロード。
その所作は洗練されていたが、笑みの裏には相手を試すような冷たい光が覗いていた。
「いえ、こちらこそ。公務中にお邪魔をいたしまして」
リアーナは丁寧に一礼し、正面から彼の視線を受け止めた。
カミルはその瞳に目を留める。
「……本当に、クラリス様のご息女なのですね。お母様とは旧知です。
昔はよく、外交の場で“口では勝てぬ”と噂されておりました」
「そうでしたの? 母の口が滑らかなのは、家でも有名でして」
「おや、それは怖い話だ」
リアーナの返しに、カミルは小さく笑った。
だがその視線は、まるで彼女の心の奥底を覗き込むようだった。
「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「貴女は、“どうしてこの国の王妃になろう”と考えられたのです?」
……来た。
これまでの誰とも違う、“核心”への探り。
リアーナは答えを急がず、目を細めた。
「リセル殿下に求婚されたから、では不足ですか?」
「それは“きっかけ”です。
わたしが伺っているのは――“それを受けた理由”です」
その視線は鋭かった。
まるで、答えの奥に何かを引きずり出そうとしているように。
リアーナはゆっくりと息を吸い、言葉を選んだ。
「……わたくしはこの国に来るまで、“誰かの娘”であることで守られていました。
“あのクラリスの娘”“公爵家の令嬢”“悪役令嬢の忘れ形見”」
「それが?」
「けれど今――ようやく“リアーナ”という名前で、立っている気がします」
その声は穏やかだったが、どこか凛としていた。
「この国で、“誰か”として生きたいと思えたのです。
それが、殿下の隣だったというだけの話ですわ」
カミルの目が、ふとわずかに動いた。
「……なるほど。“この国で生きたい”と?」
「ええ」
沈黙が落ちる。
ふと、風が吹き抜け、レースのカーテンが揺れた。
その瞬間――カミルは、リアーナの瞳に何かが走った気がした。
銀……?
(……いや、光の反射か。夕日が強すぎたか)
「失礼、少し眩しくて……」
リアーナが目元に手をやり、にこりと微笑む。
「申し訳ありません。夕陽が綺麗で、つい見惚れてしまって」
「……いえ。お気になさらず」
カミルは頷いたが、その表情はどこか腑に落ちない様子だった。
(見間違い、か? ……だが、確かに――)
彼はその疑念を胸に、リアーナの背中を静かに見送った。
---
その夜、執務室に戻ったカミルは、手帳を開いた。
> 「王妃候補・リアーナ嬢。
クラリスの娘でありながら、内面は極めて静か。
言葉に刃を隠し、誇りを剣とする。
瞳に映るもの――あれは“ただの光”か、それとも。
血筋について、引き続き慎重に調査を」
彼はペンを置き、窓の外を見た。
夜空には、星が一つだけ、淡く瞬いていた。
---
一方その頃、リアーナは鏡の前で静かに髪を解いていた。
「……レオンの瞳、あの時……父に似ていた」
ぽつりと呟いたその声に、鏡の中の自分が応えるようだった。
「それでも、私は私。母の毒も、父のやさしさも、受け取って」
「王妃になる。それが、私の選んだ道――」
淡い光が、鏡の奥に揺れた。
だがそれは、ただの室内灯の反射――のはずだった。
王妃候補殿にお目にかかれるとは思いませんでした」
夕暮れの回廊。
差し込む斜陽の中、長身の男が柔らかく笑っていた。
エリューシア特命大使、カミル・エルメロード。
その所作は洗練されていたが、笑みの裏には相手を試すような冷たい光が覗いていた。
「いえ、こちらこそ。公務中にお邪魔をいたしまして」
リアーナは丁寧に一礼し、正面から彼の視線を受け止めた。
カミルはその瞳に目を留める。
「……本当に、クラリス様のご息女なのですね。お母様とは旧知です。
昔はよく、外交の場で“口では勝てぬ”と噂されておりました」
「そうでしたの? 母の口が滑らかなのは、家でも有名でして」
「おや、それは怖い話だ」
リアーナの返しに、カミルは小さく笑った。
だがその視線は、まるで彼女の心の奥底を覗き込むようだった。
「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「貴女は、“どうしてこの国の王妃になろう”と考えられたのです?」
……来た。
これまでの誰とも違う、“核心”への探り。
リアーナは答えを急がず、目を細めた。
「リセル殿下に求婚されたから、では不足ですか?」
「それは“きっかけ”です。
わたしが伺っているのは――“それを受けた理由”です」
その視線は鋭かった。
まるで、答えの奥に何かを引きずり出そうとしているように。
リアーナはゆっくりと息を吸い、言葉を選んだ。
「……わたくしはこの国に来るまで、“誰かの娘”であることで守られていました。
“あのクラリスの娘”“公爵家の令嬢”“悪役令嬢の忘れ形見”」
「それが?」
「けれど今――ようやく“リアーナ”という名前で、立っている気がします」
その声は穏やかだったが、どこか凛としていた。
「この国で、“誰か”として生きたいと思えたのです。
それが、殿下の隣だったというだけの話ですわ」
カミルの目が、ふとわずかに動いた。
「……なるほど。“この国で生きたい”と?」
「ええ」
沈黙が落ちる。
ふと、風が吹き抜け、レースのカーテンが揺れた。
その瞬間――カミルは、リアーナの瞳に何かが走った気がした。
銀……?
(……いや、光の反射か。夕日が強すぎたか)
「失礼、少し眩しくて……」
リアーナが目元に手をやり、にこりと微笑む。
「申し訳ありません。夕陽が綺麗で、つい見惚れてしまって」
「……いえ。お気になさらず」
カミルは頷いたが、その表情はどこか腑に落ちない様子だった。
(見間違い、か? ……だが、確かに――)
彼はその疑念を胸に、リアーナの背中を静かに見送った。
---
その夜、執務室に戻ったカミルは、手帳を開いた。
> 「王妃候補・リアーナ嬢。
クラリスの娘でありながら、内面は極めて静か。
言葉に刃を隠し、誇りを剣とする。
瞳に映るもの――あれは“ただの光”か、それとも。
血筋について、引き続き慎重に調査を」
彼はペンを置き、窓の外を見た。
夜空には、星が一つだけ、淡く瞬いていた。
---
一方その頃、リアーナは鏡の前で静かに髪を解いていた。
「……レオンの瞳、あの時……父に似ていた」
ぽつりと呟いたその声に、鏡の中の自分が応えるようだった。
「それでも、私は私。母の毒も、父のやさしさも、受け取って」
「王妃になる。それが、私の選んだ道――」
淡い光が、鏡の奥に揺れた。
だがそれは、ただの室内灯の反射――のはずだった。
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