春に落ちる恋

まめ太郎

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 俺は将仁さんに一人で買いに行かせたのが気まずくて、ちらちらとその姿を目で探した。
 そんな俺を見て久世さんがふっと笑う。
「将仁が気になる?」
「一応、後輩なので」
 俺の言葉にまた久世さんが笑った。
「後輩ね……」
 そう久世さんは呟くと急に黙りこくった。なんとなく気詰まりになり、俺は自分から話しかけた。
「京極さん、どこまで買いにいったんでしょうね」
「すぐそこにカフェがあったわ。少し混んではいたけど」
「そうですか」
 また直ぐに沈黙となってしまう。

「ねえ、野々原さん」
「はいっ」
 急に呼びかけられ、俺の背筋が伸びる。
「お願いがあるんだけど」
 久世さんはそう言うと真剣な表情で俺を見た。
「私、来週にはイギリスに戻る予定なの」
「えっ、そんなに早くですか?」
「ええ、仕事も長期では休めないし。だからどうしても今日、将仁と二人だけの時間が欲しいの」
 久世さんが俺の左手を両手でしっかりと握る。
「お願い、野々原さん、協力して。私、仕事の都合で、当分日本には来れそうにないの。こうやって将仁にまた会えるのも、何十年も先の話になるかもしれない。……私、このまま将仁と二人っきりで過ごせずにイギリスに帰らなきゃならないなんて、そんなの辛すぎる」
「……分かりました」
 先ほど笑いあっていた二人の空気感を思い出すと、正直胸が苦しかった。それでも彼女の必死な様子に「駄目だ」なんてとても言えなかった。例え恋人であっても、幼馴染と二人で過ごす貴重な時間を、将仁さんから奪う権利は俺にはない。

「俺、先に帰ります。京極さんには急ぎの仕事が入ったと伝えてもらえますか?」
「ごめんなさい。本当にありがとう」
 久世さんの瞳が微かに潤んでいた。こんなに喜んでくれるなら、よかった。これでいいんだ。そう思いながら、俺は笑顔で首を振った。

 行きと同じエレベータに乗り、降りたところでちょうど将仁さんから電話がかかってきた。
「春。大丈夫か?仕事だって?」
「うん。取引先から電話がきちゃった。すみませんけど、ちょっと抜けます」
「ああ。もし一人で難しそうな相手なら、休日でも構わないから支店長に相談するんだぞ」
「分かりました。…せっかく飲み物買って来てくれたのに、ごめんね」
「いいよ。俺がお前の分も飲んどくから」
「そっか。じゃあ…」
「春」
 電話を切ろうとすると、呼びかけられた。
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