スパダリかそれとも悪魔か

まめ太郎

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  ふいに食堂の入口のほうから歓声が聞こえる。

「誰かイケメンでもいたか?」
「優のダーリン以上のイケメンなんてこの学園にいないだろ。」
 西の言葉を黙殺して、俺は歓声があがったほうを見る。

 白衣を着た若い女が見えた瞬間、俺は口にしていたうどんを盛大に吹き出した。
「汚ねえな。なにすんだよ。」
 西が慌てて、後ろにずれる。
「悪い。ちょっとむせた。」
 いまだに咳きこんでいる俺に、怜雄が水の入ったコップを差し出す。
「ったく。俺のスペシャルランチがうどんの汁まみれに。」
 そう言いながらも、西はランチを食べ続ける。

 俺たちのやり取りがうるさかったのか、女がこちらに顔を向け、その瞬間目を見開く。
 久美子だった。
 むこうもこちらに気づいたのだろうが、すぐに前を向いて、食堂のキッチンの方へ歩いて行った。

「あー、優。久しぶりの若い女に興奮して咳こんじゃった?」
 西が久美子の存在に気付いて俺に言う。
「そんなんじゃねーよ。」
 俺はむきになって、コップに入った水を飲みほした。
 そんな俺をどう思ったのか、怜雄は俺の手と自分の指を絡め、ぎゅっと強く握った。

 午後の体育はさんざんだった。
 久美子のことでぼうっとしていたら、飛んできたバスケットボールにうまく反応できず、突き指をしてしまった。

 体育教師に断りを入れて一人で、保健室にむかう。
 保険医は不在で、湿布を探そうと戸棚を漁っていると後ろから抱き着かれた。
 慌てて振り返ると、そこにいたのは久美子だった。

「久美子。こんなところで何してんだ。」
「えへへ。優君久しぶり。私、管理栄養士やってるから食堂のメニュー考えに来たの。いつもは先輩が来てるんだけど、今日は先輩が用事で来れなくて。正直男子校なんて気が重かったけど、こうやって優君に偶然会えたから来てよかった。ねえ、これって運命じゃない?」
 はしゃぐ久美子と対照的に、俺は久美子を見ても何も思わなかった。
 あんなに好きだった巨乳も、甘えたような口調も俺の胸には響いてこない。

 俺、どうしちまったんだろう。久美子に会えたのに全然嬉しくない。
 そんな俺をどう思ったのか、久美子はうつむいた俺の顔を覗きこんでくる。
「優君、どうしちゃったの?私に会えて嬉しくないの?」
 カラーコンタクトで人工的に色づけられた久美子の瞳が俺を見る。
 違う。俺の好きな瞳はもっと透明で、はちみつ色の舐めると甘そうなあの色だ。

 急に保健室の扉が開き、俺と久美子は不自然なくらい近い距離にいた体を離した。
「すみません。熱があるみたいで。」
 入ってきたのは怜雄のファンクラブの副会長を務める桐谷 怜一(キリヤ レイイチ)だった。
 久美子が足早に保健室から出ていく。

「あっ、桐谷。保険医今いないみたいで。」
「そう、じゃ体温だけ測らせてもらうよ。」
 桐谷は体温計を脇に差し、椅子に座った。
 俺はまた湿布を探しながら、背後の桐谷に話しかける。
「あのさ、誤解しないで欲しいんだけど、今の女性と俺はちょっとした知り合いなだけで。」
 俺の言葉を遮り、桐谷が言った。
「別に僕に言い訳しなくていいよ。ただ僕は見たままを会長に伝える。それを御剣様に伝えるかは、会長次第だね。」
 振り返ると、桐谷は黒縁眼鏡の奥の熱でうるんだ瞳で、俺をにらみつけていた。

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