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2章

21 朝焼けに透ける

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 コツリコツリと石床の上を歩く靴音が聞こえる。
 薄暗い廊下の先に見える、鉄格子のついた扉を目指して、シェラは歩みを進めていた。

 また、この廊下。
 以前ルディオの記憶の中で見たものと同じ。

 これは――夢?

 どうしてこの夢を見ているのか。

 疑問に思いながらも歩いていると、ふとドレスのポケットに違和感を感じた。
 なんだろうと手を差し込み、中にあったものを取り出してみる。

 それは、鋭く尖ったハサミ。
 何故こんなものを持っているのか。全く見当もつかなかったが、考えても仕方がない。

 そのままポケットに戻し、前回と同様に冷たい鉄の扉をゆっくりと開く。向かい側にあった窓から光が差し込むのを感じ、眩しさに反射的に目を閉じた。
 視界が暗転するのと同時に、そのままシェラの意識は闇の中へと沈んでいった。




「ん……」

 次に目を開けると、知らない天井が見えた。
 ぼんやりと薄暗い室内を見渡す。

 どうやらベッドの上で横になっているようだ。
 身体は鉛のように重たく、首を動かすのも億劫に感じる。

 何か夢を見ていた気がするが、うまく思い出せない。頭がぼうっとして、思考がまとまらないのだ。

 それにしても、ずっと同じ体勢で寝ていたのか身体が痛い。寝返りをうちたくてもそもそと動くと、突然大きな声が耳に響いた。

「シェラ様!?」

 それは、護衛を担当してくれている、ルーゼの声だった。
 彼女はベッドのふちに駆け寄ると、シェラの顔を上から覗き込んでくる。

「あぁ、よかった……お目覚めになられなかったらどうしようかと……」

 どういう意味だろう。
 自分はなにかしたのだろうか。

「あの、わたくしはどうしてここに?」
「覚えていらっしゃいませんか? 騎士と一緒に、川に落ちたこと」
「あ……」

 ルーゼの言葉を聞いた途端、脳内で一気に記憶が蘇る。
 そうだ、たしかレニエッタに支配された騎士を止めようとして、そのまま川に……

 落ちた後のことはあまりよく覚えていない。
 たしか、彼とハランシュカが言い争う声が聞こえて、そのあとに何かを見たような――
 そこまで考えて、大事なことを思い出す。

「ルディオ様は無事ですか!?」

 いまこの部屋の中にはルーゼしかいない。
 彼は、ルディオはどうなったのか。

「……殿下は、ご無事です。ですが所用のため、今は別の場所におります」
「よかった……」

 脱力するように、ベッドに沈み直す。
 彼が無事であれば、それでいい。

 少しして落ち着いてくると、いろいろな疑問がわいてきた。

「ここは、どこでしょうか? わたくしはどうやって助かったのですか?」
「この建物は国境を越えた先にある宿舎です。……シェラ様は、運良く川岸に流れ着いたところを、騎士たちが引き上げました」
「そう、ですか」

 どうやら運が味方したらしい。
 今までのシェラの人生は、不幸の連続のようなものだった。そのため、珍しいこともあるものだな、と感慨深く思ってしまう。

 ルーゼが気を利かせて温かい飲み物を持ってきてくれたので、重たい身体をなんとか起こした。
 カップを受け取りながら、さらに質問を続ける。

「どれくらい眠っていました?」
「シェラ様が川に落ちてから、12時間ほど経っています」

 そう言われ、窓の外を見る。
 たしか橋に到着したのが、夕方に差しかかる頃合いだった。ということは、今地平線の先にうっすらと見える光は朝日か。

 何気なくその光を眺めていると、視界の端に見慣れないものが映る。
 小高い丘の上に、人ではない何かがいた。
 昇り始めた太陽の光を受けて、そのシルエットが徐々に鮮明になっていく。

 それは、見覚えのある。
 彼と初めて会った日に視た。

 朝焼けに透けるように輝く、黄金色の――

「――獅子?」
「シェラ様」

 はっとして窓から視線を外すと、ルーゼが険しい顔つきでシェラを見ていた。

「どうかされました?」
「いま、そこに――」

 もう一度窓の外を見てみるも、丘の上には何者の姿もなく。ただ朝焼けの広がる空に、ゆっくりと太陽が顔を出そうとしているだけだった。

「そこに、何か?」
「あ……いえ、なんでもありません」

 慌てて否定するも、ルーゼはしばらく難しい顔をして窓の外を眺めていた。

 いま見たものは、幻か、それとも現実か。
 どちらにしろ一瞬目にしたあれは、間違いなく黄金の獅子の姿だった。

 そして、ひとつだけ言えることがある。
 ルディオの記憶と思われた、朝焼けに照らされる獅子の映像。
 あれは彼の記憶ではなく、シェラ自身の未来を映したものであったということ。

 それが意味するものは――

「すみません、まだ少し身体がだるいので眠っても大丈夫ですか?」
「ええ。宿舎を発つのは明日以降の予定ですので、ゆっくりお休みください」

 ルーゼの言葉に頷き、横になる。
 なんだかいろいろありすぎて、少し疲れた。
 ヴェータを発ってから体調は良い方だったのだが、さすがに真冬の川に落ちては、体力の回復には時間がかかりそうだ。

 考えなくてはいけないことも沢山ある。
 いま見た情景のこともそうだが、その前にも眠っている間に何か夢を見た気がする。
 疲れているせいかうまく思い出せないが、とても大事なことのような――

 眠ったらまた同じ夢を見られるかもしれない。
 そんなふうに思いながら、再び眠りに落ちていった。

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