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4章

50 選択肢

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 自室のベッドで横になり、ぼんやりと天井を見つめる。

 あのあと急に顔色を変えたシェラを見て、ルディオが慌てて言った。

『シェラ? 体調が悪いのか?』
『あ……はい、すみません。少し力を使いすぎたみたいで……』
『そうか、今日はここまでにしよう』

 彼は手の中の魔術書を奪い取って、ハランシュカに渡した。

 本当は、体調に問題はなかった。
 あの本は力を発動させなくても、魔力を持っているだけで読めるようだ。おかげで体調の変化はない。
 だが、突き付けられた現実に、精神面での衰弱が激しかった。

『立てるか?』
『はい……』

 ふらふらと立ち上がったシェラを、ルディオが支える。
 魔力をくれようとしているのか、シェラの手をきつく握りしめていた。

 自室へ戻ると、彼は少し席を外すと言って部屋から出て行った。
 今は一人になりたい気分だったので、ちょうどいい。

 廊下を歩きながら、彼には呪いの解き方はわからなかったと伝えた。

 言えるわけがない。
 そう、これでいいんだ。

 これで六日後の式典は、夢と同じことが起きる。
 そして、夢と同じことをする。

 彼がシェラを想う気持ちが本当ならば、シェラが死んだ瞬間、ルディオの呪いは解ける。
 呪いを解くには、自分が死ぬ以外の方法はない。

 彼に頼って生き続けるか、死んで呪いを解くか。
 己の未来の選択肢は二つ、選ぶなら後者しかない。

 いくらシェラが彼の魔力を吸収できるといっても、彼が感情を抑えて生きていくことに変わりはない。
 呪いを解けば、彼は普通の生活ができるし、新しい恋もできる。
 こんな死にぞこないの女と、一生添い遂げる必要はないのだ。

 彼を呪いから解放してあげられる。
 そしてそれは、シェラにしかできない。
 悲しみはない。むしろ、喜ばしいことだ。

 ルディオが戻ってくるのを待たずに眠りに落ちる。
 また、同じ夢を見た。
 夢の中の自分は、ずっと笑っていた。



   *



 天気のいい昼下がり、シェラは庭園にいた。

 備え付けられている椅子に腰かけると、目の前のテーブルに置かれているおしゃれなティーカップに紅茶が注がれる。ほかほかと登る湯気からは、ほのかなフルーツの香りが漂っていた。

「本当に、誓いのキスはびっくりしたわ!」
「王太子殿下もなかなかやるわね」

 当時の状況を思い出しているのか、セレナが頬を紅潮させて言う。続いて、うんうんと同意するようにスーリアが頷いた。

「お願い、あれは忘れて……」

 両手で顔を隠しながらシェラが答えると、向かい側に座る二人は楽しそうに笑う。
 結婚式から四日が経ち、そろそろ落ち着いただろうかと、今日は二人がお茶会に誘ってくれたのだ。

 彼女たちとはずいぶんと親しくなっていた。
 定期的に三人でお茶会を開いたり、お出かけをしたこともある。
 同年代の友達を初めて持ったシェラには、彼女たちとの時間がとても楽しかった。

「そういえばセレナ。あなた最近体調がよくなかったみたいだけど、大丈夫だったの?」
「それは、その……」

 わずかに頬を染めて口ごもったセレナを見て、シェラはひとつの答えが思い浮かぶ。

「あら、もしかして……おめでたいことかしら?」

 同じ答えに辿りついたのか、スーリアが尋ねる。
 セレナは恥ずかしそうにしながらも、こくりと頷いた。

「まぁ、よかったじゃない!」
「それは喜ばしいわ! おめでとう、セレナ」
「ありがとう、二人とも」

 祝いの言葉を述べると、セレナははにかみながらお礼を言った。

 本当に喜ばしいことだ。
 自分には絶対に叶わないからこそ、二人には幸せになってほしい。
 羨ましいと思う気持ちも正直ある。
 だが、決めたのは自分だ。後悔はない。

 それにしても、同じ境遇にいる彼女たちは、夫の呪いを解きたいと思ったことはないのだろうか。
 話が途切れた機会に、尋ねてみることにした。

「そういえば、二人は呪いを解きたいと思ったことはない?」

 シェラの問いかけに、二人はきょとんとした表情で顔を見合わせる。
 少し考えるようなそぶりを見せてから、セレナが答えた。

「私はないわ。シュニー様には申し訳ないけど、猫ちゃんに触れなくなったら寂しいもの」

 第三王子のシュニー殿下は、呪いが発動すると白猫の姿に変わるらしい。
 直接見たことはないがとても可愛らしく、猫の姿も大好きなのだとセレナからは聞いていた。

 シェラがなるほどと頷くと、今度はスーリアが話し出す。

「私も呪いを解きたいと思ったことはないわね。ロイは呪いの力を仕事として使うこともあるし、それ以前に最近はめったに発動することもないから」

 第二王子のロイアルド殿下は黒豹に変わるらしいのだが、獣の能力を騎士の仕事に役立てているのだと、スーリアから聞いたことがある。
 最近になって、やっと呪いの発動条件を教えてもらえたのだと、彼女は言っていた。

「私が気を付けていれば、必要ないときに呪いが発動することもないし、このままでも問題はないわ」

 二人とも、呪いに関して特に不便を感じていないようだ。
 ルディオは二人の弟王子と比べても、呪いによる制約が大きい。そのため一概に比較することはできないが、呪いとともに生きるという選択肢もあるのだと、実感させられた。

「シェラはどうなの?」
「わたくしは……できることなら、呪いを解いてあげたいと思うの」

 シェラの答えに、二人はほほ笑む。

「そう、いいんじゃないかしら。ねぇ、セレナ?」
「ええ、王太子殿下も同じ気持ちなら、呪いを解くに越したことはないものね」

 ――同じ気持ちなら

 きっと彼は違う。
 もし呪いの解き方を話せば、止められるだろう。

 彼には呪いのない世界で、幸せになってほしい。
 これがシェラのエゴだとしても、変える気はなかった。

「そうね……二人とも、答えてくれてありがとう」

 無理やり笑顔をつくる。
 二人との楽しい会話も、これが最後になるだろう。

 甘いお菓子も、おいしい紅茶の味も、シェラの中で、すべてが大切な思い出になった。

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