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彼女だけに執事のような彼、だけど侯爵家当主

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「デルフィー。どう考えても、私は邸には入れないから」
「この後に、何か予定でも?」
「それは無いけど」
「じゃあ、問題ありませんね。ほら、行きましょう」
 デルフィーに手をとられ、困惑しつつ邸の中へ入ったアベリア。
 邸の中に、以前は無かった人の気配がある。それを不思議に思うアベリア。

 今の今まで、執事のデルフィーが庭仕事をしていたことで、アベリアの中では、未だに彼がたった1人で、この領地の仕事をしている思い込んでいた。
 そして、アベリアの知らない1人の男性がデルフィーへ声をかけた。
「おや、お客様ですか? お茶を運ばせますが、どちらのお部屋までお持ちしますか?」
「客ではないが、彼女の持て成しは、自分でするから大丈夫だ」
「ぇっ……左様ですか。では、どうぞ、ごゆっくりなさってください」
 そう声をかけられ、見知らぬ人物に見送られるアベリア。

「デルフィー、今の方は?」
「ここ最近は、今の彼に、この領地の大半の仕事を任せているんです。本当は私がいなくても、もう、彼1人で十分なのに、私がここに居たいだけでしたから」
「そうなんだ。外からは気付かなかったけど、色々変わったんだ。――ん? って、どこへ向かってるの?」
「私の執務室に用意しているものがありますから、そこへ」
「やっ、流石に重要な書類がある部屋へ、部外者の私を入れちゃ駄目だから」
「アベリアに見られて困るものは、1つもないから安心して大丈夫です。さあどうぞお入りください。でも、私は今お茶を持ってきますから、少しだけ待っていてくれますか」
 そう言い残し、その場から居なくなったデルフィー。

「……」
 侯爵夫人であった頃は、彼の使っているこの部屋へ当たり前に入室していた。
 でも、今は侯爵家には全く関係のないアベリア。
 そもそも、ただの執事が自分の客人を邸へ招き入れること。それが、ずっと引っかかっている。
 だけど、それを考えるよりも、彼女の視界には懐かしい空間が広がっていた。
 彼女の興味を惹くものが。 
 彼女が持ち込んだソファーに、相変わらず丁寧にまとめられたファイル。
 でも、以前は無かったオリーブのオイルのファイルが増えていた。
 見てはいけないと思いつつも、やっぱり気になっていたアベリア。
 彼女は、自分がやり始めた事がどうなっているか、知りたい衝動が止められなかった。
 ファイルを開いて、中を見てしまう。
 思っていた通り収穫、製造、販売全て順調なのは分かった。
 その報告内容に満足して微笑む彼女。
 でも、また、何かが引っかかった。
 
 アベリアが分からなかったのは領主の名前だった。
 彼に限って、こんな大事なところに、間違って自分の署名をするかしら?
「どうして、ここにデルフィーの名前が書いてあるの……」
 と、呟いていた。

 ガチャリと扉が開き、アイスティーを持ってきたデルフィーが入って来る。
「お待たせしました、お茶を飲みながら、この先の話をしましょう。ほらほら、立ってないで、座りましょうアベリア」
 彼女を真っ赤にさせてしまう、とびきりの笑顔を向ける彼。
 彼女の表情に満足する彼は、相変わらず美しい所作でアイスティーを注ぎ、そのグラスを彼女へ勧める。

「ねぇ、デルフィー。今の、あなたの主は……」
「あー、そうですね。心の中で決めた主はいますけど、今は私がこの邸の主と呼ばれています」

「――――ごめん、よくわかんないんだけど。どうしてデルフィーが、この邸の主なの」
「ふふっ、そっちですか。……おそらく、あなたに欲が無かったから、私が侯爵家の当主になったのでしょうね。あなたが、もう少し自分の想いを押し通していたら、きっと今頃は2人だけで、知らない土地で暮らしていたでしょう。それに、お腹の子を先代の子だと言えば、その子が正式に爵位が継げる年齢になるまで、あなたが当主のように過ごせたのに。でも……、アベリアは、そんなことをしなかったから」

「だからって、どうしてデルフィーが……?」
「ケビンには、私以上に近い親族がいませんでしたから。アベリアには、少しも良い思い出の無いケビンでしょうが、幼い頃の私は、彼とはよく遊んだものです。昔は、兄弟と間違われる程似ていたんですけどね。今は少し違って見えますか?」
 初めてデルフィーに会った時は、確かにケビンに似ていると思ったアベリア。
 でも、もう今は、彼は彼にしか見えなかった。
「全然気付かなかった……。デルフィーが……。だって何も言ってなかったじゃない」
「あえて、お伝えする機会も無かったので。もし、他に知りたいことがなかったら、私は、この書類にあなたの署名が欲しいのですが」
 すでに、デルフィーの署名が記載された結婚誓約書。
 それを彼女へ差し出す彼。

 
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