幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃

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墓参り

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            ♡



 夏。ヴァイオレットはアシノ湖畔にある実家でのんびり暮らしていた。毎日母親とお茶を飲んだり、避暑客で賑わう街を散策したりしている。

「お墓参り?あのミイラの?」

 ある日、母にお使いを頼まれた。ヴァイオレットの命日を眼鏡が勝手に決めていた。明日がその月命日なのだが父母共に用事があるらしい。急に行かないのもミイラさんが可哀そうなので、行ってほしいと言うのだ。

「ミイラさん…。確かに外国まで拉致されて気の毒ね。分かったわ。私一人で行ってくる」

「お願い。これでお花買ってね」

 母がお花代までくれる。翌日、ヴァイオレットは花屋で向日葵の大きな花束を作ってもらい、墓所を訪れた。



            ♡



 自分の墓にお参りなんて変な感じだ。教えられた区画に行くと3人の先客がいた。向こうが先に気づいた。

「ヴィー!」

 ルパ伯爵だった。何故オダキユにいるのだろう。そして何故私のお墓に。ヴァイオレットは首を傾げた。

「ご機嫌よう。伯爵さま。護衛の皆さんも」

 故郷にいる安心感から令嬢言葉が出てしまった。墓には大きな花輪が捧げられている。相変わらず伯爵はヴァイオレットの顔を凝視する。気まずいので先にお参りを済ませよう。花束を手前に置いて跪くと両手を組み、ミイラさんの冥福を祈った。

「伯爵さまも避暑ですか?良い所でしょう。アシノ湖」

 営業用の笑顔で話しかけると、伯爵はぎこちなく笑った。

「あ…ああ。本当に」

「大きな花輪、ありがとうございます。ミ…姫もお喜びですわ」

「…」

 会話が続かない。平民と話したい貴族はいないか。ヴァイオレットは「では…」と会釈をして帰ろうとした。

「待ってくれ!」

 大きな手が彼女の手首を掴んだ。痛い。思わずナナコを呼んでしまった。

(助けてナナコ!)

 バチンと小さな雷が伯爵の手に落ちる。冬に金属に触ると出るやつだ。彼は慌てて手を放した。

「何だ今のは!?」

「さあ。アシノ湖の神様がお怒りなのでは?神殿へお参りなさると良いですよ」

 少し腹が立ったヴァイオレットはツンケン言った。

「では君が案内してくれ。ガイド料なら弾む」

 妙に真剣な表情で頼まれた。どうしよう。まあ暇だしいいか。ヴァイオレットは伯爵に街を案内することになってしまった。



            ◆



 偶然、姫の墓で彼女と再会した。日を浴びて輝く髪。夏のドレスから覗く白い手足が眩しい。去ろうするその細い手を掴んでしまった。すると天罰が下った。

 あんなに会いたかったのに、いざとなると話せない。ましてや姫かもしれないと思うと変な汗が出る。

(早く謝罪をしなければ)

 結局、何も言えないまま神殿に着いてしまった。



            ◆


 
 参拝後、湖畔の茶屋で名物の甘味を食べる。丸めた白い餅を3つ串に刺した不思議な菓子だ。2人は長椅子に並んで座った。美しい湖が一望できる。

「そう言えば下町再開発はどうなりました?」

 ヴィーに訊かれて思い出した。視察の後、放り出したままだ。

「検討中だ」

「そうですか。ニュージュークも良い街でしたね。物価は高いけど活気があって」

 青い瞳が遠くを見る。もう二度と戻らない気だろう。気づくと、マークは頭を下げていた。

「…すまなかった。俺が悪かった」



            ♡


 急に伯爵が謝った。ヴァイオレットは困惑した。何の事だろう。あれか。スラムでパンを歩き食べした時、ちょっと嫌そうな顔をしたことか。あるいは娼館で魚釣りがどうとかで怒られた件か。それともさっき手を掴まれたことかな。でも貴族が平民に頭を下げるなんて。何かすごくショックなことがあったに違いない。

(きっと失恋したんだわ。可哀そうに)

 ヴァイオレットは笑顔で伯爵を励ました。

「気にしないでください。人生色々ありますよ。私だって1度結婚に失敗してるんです。でもへこたれてないですよ!」

 伯爵は呆然とした顔を上げた。

「結婚?誰と?」

「えーっと。さる大店の若旦那です。式の時に初めて会ったんですが」

 王太子だから若旦那で合ってるよね。ヴァイオレットは適当にぼかした身の上話をした。

「でもその夜、来なかったんですよね。若旦那。それからずーっと放っておかれて。1度も会えないまま出戻ってきました」

「…君はそいつを恨んでいないのか?」

 伯爵が震える声で訊いた。フラれた相手を思い出しているのかも。彼女は傷心の男に同情した。

「はい。ご縁が無かったんでしょう。でもまだ諦めてませんよ!きっと素敵な騎士様と出会えるって信じてますから」

 ヴァイオレットはぐっと親指を立てた。庶民的過ぎたのか伯爵は微妙な顔をしていた。



            ◆



 姫はマークを恨んでいなかった。不思議と辛い。いっそ殺してやりたいほど憎いと言ってほしかった。王太子は正体を明かすことを決心した。

「ヴィー。いやヴァイ…」

「失礼します!」

 護衛の1人が血相を変えて走って来た。帰りの件をサザン組と話し合いに行っていた者だ。彼はマークの前に跪くと叫ぶように言った。

「帝国がケイオスを急襲!王都ニュージュークは包囲されました!直ちにご帰国を!」
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