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天使の救援
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◆
ニュージュークが包囲されてから7日が経った。城門はぴたりと閉ざされ蟻の這い出る隙もない。物資は不足し、市民から不満の声が出始めた。
「早く食い物を配ってくれ!」
「子供に薬を!お願い!」
「いつまで出られないんだ!?」
腹を空かせた人々は苛立ち、門を守る兵たちに当たるようになった。暴動が起こるのは時間の問題だろう。
諸侯の軍が集まるのが先か。民が飢えるのが先か。帝国軍は動かない。こちらが干上がり降伏するのを待っている。
「私だけ多いな。皆と同じでいいぞ」
食事時。マークは皿を見て侍従に言った。今は非常時だ。乏しい食料で耐えねばならない。しかし陪席したリトナード将軍が異を唱えた。
「いけません。いざとなったら陛下だけでも脱出していただきます。空きっ腹では動けませんぞ」
「縁起でもない」
しかしそれは遠くない未来だ。ニュージュークに限界が近づいていた。
◆
籠城10日目。ついに配給が滞り始めた。武器を持った市民が王城前に集まってきた。
「貴族は美味いものを食ってんだろ!」
「俺たちを殺す気か!」
「食料を寄越せ!」
兵と民は一触即発の危機だった。マークは説得に行こうとしたが、将軍に止められる。
「危険です。こうなったら…」
力で押さえるしかない。帝国の思う壺だというのに。
「待ちな!」
そこへ別の一団が乱入してきた。先頭にいるのは下町カジノのオーナーだ。
「食い物ならある。売ってやるよ」
手下が数台の荷車を引いてきた。全て食料だった。市民達は抗議した。
「金を取るのか!?」
オーナーはニヤリと笑った。
「あたぼうよ。慈善事業じゃねぇんだ」
「金なんて無い」
「じゃあその剣と交換だ」
市民に動揺が広がる。やがて1人が取引に応じた。剣一本で一抱えの食料を手に入れ、喜んで帰って行った。それを見た者たちが次々に倣う。
「ありがとう。助かった」
市民が散るとマークはオーナーに礼を言った。人相の悪い男は素っ気なく武器の山を指差した。
「こいつを買ってくれよ。現金でな」
マークは笑って了承した。それにしても、どうやってこれ程の食料を手に入れたのか。不思議に思って訊いた。
「天使だ」
男は真面目な顔で言った。
「天使?」
「そうだ。下町にいる」
♡
眼鏡の計画はこうだ。転移可能な距離までニュージュークに近づき、中に入る。そして食料を届ける。
「物質を引き寄せるのに制限は無いそうですね。どんどん盗んでやりなさい。帝国軍の物資を」
ヴァイオレットは驚愕した。ナナコに盗みをさせるのか。
「敵の輜重を奪うのは立派な戦術です」
次にケイオス軍の幹部と接触し、眼鏡の案を献策する。どのみち籠城戦は救援が来ない限り負ける。
「よほどのバカでない限り私の案を採用するはずです」
帝国軍は内部から崩れるのを待っている。籠城軍が打って出るとは思わない。そこを逆手に取って反撃する。
「大体分かったわ。でも上手くいくかしら」
「その5グラム便とやらで戦況を教えてください。こちらからの返事は“盗んで”いけば良いでしょう」
下町の友人たちを助けるにはこうするしかない。ヴァイオレットは旅の準備に取り掛かった。
♡
「ダメだ。許可できない」
従兄に反対される。
「せっかく生きて帰れたのに!またケイオスに行くなんて!」
母にも涙で引き留められた。困った。ヴァイオレットは眼鏡を見た。奴は2人を説得してくれた。
「ご安心ください。姫は天使ですよ」
体を瞬時に回復させる治癒力。敵の目を欺く幻術。発光。飛翔。転移。
「今や姫は人類最強です。心配する必要は微塵もありません」
今一つ釈然としない。マメに連絡を寄越すこと。いざとなったらすぐに逃げること。それらを約束し、従兄と母は渋々了承してくれた。
◆
将軍の反対を押し切ってマークは下町に赴いた。どこに敵の密偵がいるか分からない。しかし確かめずにはいられなかった。
あのプラーザ組の男は言った。下町に天使が現れ、山のような食料を届けたと。食べ物だけではない。薬や燃料、衣類まで。噂を聞きつけた民が押し掛けてきたが、下町商工会の者たちが公平に配っているらしい。
マークが着いた時、静かに並んで物資を受け取る人々の列が見えた。炊き出しの大鍋が幾つもある。あの食堂の女将がシチューをよそっていた。その横で鍋をかき回している金髪の女性は、
「ヴィー!」
アシノにいるはずの彼女だった。マークの大声に振り向く。
「伯爵さま。ご機嫌よう」
「なぜ君が…」
ここに居る。どうやって入れた。天使とは君の事か。訊きたいことが山のようにある。すると女将が口を挟んだ。
「オダキユからの支援物資を運んできてくれたんですよ!ヴィーちゃん、実は魔法使いだったんですって!」
マークは目を見開いた。呆然としていると商工会の会長が来てヴィーに話しかけた。
「パンがもうすぐ無くなっちまう。すまんが出してくれんかね」
「りょーかいでーす!」
彼女はお玉を別の夫人に渡すと会長と配給の列の先頭に行った。皆が見守る中、両手を組んで目を瞑る。何が始まるのか。
「!?」
次の瞬間、何もなかった地面の上に大きな木箱が現れた。木箱は次々に出現し、山積みとなった。配給係がその一つを開ける。中にはパンがぎっしりと入っていた。
「やった!くるみ入りだ!」
子供たちが喜ぶ。大人たちも歓声を上げた。会長はヴィーを労った。
「ありがとさん。今日はこれでいけそうだ」
「どういたしまして」
ヴィーが戻って来た。マークは正気に返った。
「何だ今のは?!あれは…」
箱に書かれた文字は帝国語だ。オダキユの支援物資じゃない。彼女は唇に指を当てた。マークを路地裏に連れていく。
「御覧の通り帝国軍の兵糧です。文字が読める人は少ないので。…伯爵にお願いがあります。リトナード将軍にお目通りさせてください」
真剣な顔で頼まれた。なぜ国王じゃないんだ。はたと気づく。平民のほとんどは父の死も王太子の帰還も知らないのだ。彼女は小声で続けた。
「帝国軍に勝つ策があります」
ニュージュークが包囲されてから7日が経った。城門はぴたりと閉ざされ蟻の這い出る隙もない。物資は不足し、市民から不満の声が出始めた。
「早く食い物を配ってくれ!」
「子供に薬を!お願い!」
「いつまで出られないんだ!?」
腹を空かせた人々は苛立ち、門を守る兵たちに当たるようになった。暴動が起こるのは時間の問題だろう。
諸侯の軍が集まるのが先か。民が飢えるのが先か。帝国軍は動かない。こちらが干上がり降伏するのを待っている。
「私だけ多いな。皆と同じでいいぞ」
食事時。マークは皿を見て侍従に言った。今は非常時だ。乏しい食料で耐えねばならない。しかし陪席したリトナード将軍が異を唱えた。
「いけません。いざとなったら陛下だけでも脱出していただきます。空きっ腹では動けませんぞ」
「縁起でもない」
しかしそれは遠くない未来だ。ニュージュークに限界が近づいていた。
◆
籠城10日目。ついに配給が滞り始めた。武器を持った市民が王城前に集まってきた。
「貴族は美味いものを食ってんだろ!」
「俺たちを殺す気か!」
「食料を寄越せ!」
兵と民は一触即発の危機だった。マークは説得に行こうとしたが、将軍に止められる。
「危険です。こうなったら…」
力で押さえるしかない。帝国の思う壺だというのに。
「待ちな!」
そこへ別の一団が乱入してきた。先頭にいるのは下町カジノのオーナーだ。
「食い物ならある。売ってやるよ」
手下が数台の荷車を引いてきた。全て食料だった。市民達は抗議した。
「金を取るのか!?」
オーナーはニヤリと笑った。
「あたぼうよ。慈善事業じゃねぇんだ」
「金なんて無い」
「じゃあその剣と交換だ」
市民に動揺が広がる。やがて1人が取引に応じた。剣一本で一抱えの食料を手に入れ、喜んで帰って行った。それを見た者たちが次々に倣う。
「ありがとう。助かった」
市民が散るとマークはオーナーに礼を言った。人相の悪い男は素っ気なく武器の山を指差した。
「こいつを買ってくれよ。現金でな」
マークは笑って了承した。それにしても、どうやってこれ程の食料を手に入れたのか。不思議に思って訊いた。
「天使だ」
男は真面目な顔で言った。
「天使?」
「そうだ。下町にいる」
♡
眼鏡の計画はこうだ。転移可能な距離までニュージュークに近づき、中に入る。そして食料を届ける。
「物質を引き寄せるのに制限は無いそうですね。どんどん盗んでやりなさい。帝国軍の物資を」
ヴァイオレットは驚愕した。ナナコに盗みをさせるのか。
「敵の輜重を奪うのは立派な戦術です」
次にケイオス軍の幹部と接触し、眼鏡の案を献策する。どのみち籠城戦は救援が来ない限り負ける。
「よほどのバカでない限り私の案を採用するはずです」
帝国軍は内部から崩れるのを待っている。籠城軍が打って出るとは思わない。そこを逆手に取って反撃する。
「大体分かったわ。でも上手くいくかしら」
「その5グラム便とやらで戦況を教えてください。こちらからの返事は“盗んで”いけば良いでしょう」
下町の友人たちを助けるにはこうするしかない。ヴァイオレットは旅の準備に取り掛かった。
♡
「ダメだ。許可できない」
従兄に反対される。
「せっかく生きて帰れたのに!またケイオスに行くなんて!」
母にも涙で引き留められた。困った。ヴァイオレットは眼鏡を見た。奴は2人を説得してくれた。
「ご安心ください。姫は天使ですよ」
体を瞬時に回復させる治癒力。敵の目を欺く幻術。発光。飛翔。転移。
「今や姫は人類最強です。心配する必要は微塵もありません」
今一つ釈然としない。マメに連絡を寄越すこと。いざとなったらすぐに逃げること。それらを約束し、従兄と母は渋々了承してくれた。
◆
将軍の反対を押し切ってマークは下町に赴いた。どこに敵の密偵がいるか分からない。しかし確かめずにはいられなかった。
あのプラーザ組の男は言った。下町に天使が現れ、山のような食料を届けたと。食べ物だけではない。薬や燃料、衣類まで。噂を聞きつけた民が押し掛けてきたが、下町商工会の者たちが公平に配っているらしい。
マークが着いた時、静かに並んで物資を受け取る人々の列が見えた。炊き出しの大鍋が幾つもある。あの食堂の女将がシチューをよそっていた。その横で鍋をかき回している金髪の女性は、
「ヴィー!」
アシノにいるはずの彼女だった。マークの大声に振り向く。
「伯爵さま。ご機嫌よう」
「なぜ君が…」
ここに居る。どうやって入れた。天使とは君の事か。訊きたいことが山のようにある。すると女将が口を挟んだ。
「オダキユからの支援物資を運んできてくれたんですよ!ヴィーちゃん、実は魔法使いだったんですって!」
マークは目を見開いた。呆然としていると商工会の会長が来てヴィーに話しかけた。
「パンがもうすぐ無くなっちまう。すまんが出してくれんかね」
「りょーかいでーす!」
彼女はお玉を別の夫人に渡すと会長と配給の列の先頭に行った。皆が見守る中、両手を組んで目を瞑る。何が始まるのか。
「!?」
次の瞬間、何もなかった地面の上に大きな木箱が現れた。木箱は次々に出現し、山積みとなった。配給係がその一つを開ける。中にはパンがぎっしりと入っていた。
「やった!くるみ入りだ!」
子供たちが喜ぶ。大人たちも歓声を上げた。会長はヴィーを労った。
「ありがとさん。今日はこれでいけそうだ」
「どういたしまして」
ヴィーが戻って来た。マークは正気に返った。
「何だ今のは?!あれは…」
箱に書かれた文字は帝国語だ。オダキユの支援物資じゃない。彼女は唇に指を当てた。マークを路地裏に連れていく。
「御覧の通り帝国軍の兵糧です。文字が読める人は少ないので。…伯爵にお願いがあります。リトナード将軍にお目通りさせてください」
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