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終章・ヴィーの選択
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♡
マーク陛下が勝った。そういえば槍に毒が。ヴァイオレットは慌てて従兄を振りほどいた。ナナコが陛下の傷に触れる。
「痺れ薬だね!待ってて。今消すから!」
「ありがとう」
その時、玉座の間に白い服の一団がなだれ込んで来た。
「神の審判は下った!新皇帝の誕生である!」
神官長っぽいおじいさんが叫んだ。王冠と笏、宝玉を持った神官が陛下を囲む。彼らは有無を言わさず、陛下の頭に王冠をかぶせた。更に手から剣を取り上げ、笏と玉を押し付ける。
「何の真似だ!」
陛下は王冠を脱ごうとした。だがぴったりとはまって取れない。
「なぜ脱げない!?」
「古代の魔法使いが作った聖なる王冠じゃ。暫くは脱げん」
おじいさんは陛下に聖水を振りかけると印を切った。これって即位式だよね。強引だけど。ヴァイオレットたちが困惑していると眼鏡がやってきた。
「おめでとうございます。第88代皇帝となられたマーク陛下です。皆さま、拍手!」
奴が宣言をする。つられてパラパラと騎士たちが拍手をした。ハルク兄さまも手を叩きながら訊いた。
「説明してくれ。ミロ」
「こちらはイーオン帝国の神官長殿です。かねてより前皇帝の暴政に抵抗運動をしておられました」
前皇帝は神殿や貴族にまで重税を課し、払えぬ者を次々と処罰していた。その不満のはけ口がケイオス出兵だった。眼鏡はオダキユの神殿を通して帝国の反皇帝派と結んでいたのだ。
「疑心暗鬼で身内まであらかた処刑したんじゃ。もう皇族は1人も残っておらん」
神前決闘の結果、見事マーク陛下が勝利を掴まれた。神は我らをお見捨てではなかった…。おじいさんは泣いて平伏した。神官達も倣った。その中心で陛下が怒鳴った。
「私はケイオスの王だ!皇帝になどならんぞ!」
でもねえ。王冠かぶっちゃったし。世界最大の帝国だよ。案外良いんじゃない?陛下なら良い皇帝になれるんじゃね?両軍の騎士たちの顔がそう言っていた。
また扉が開いた。見るからに大貴族の一団が入って来る。彼らは陛下の前にずらりと跪いた。
「我ら一同、陛下をお支えすると誓います!」
「誓うな!」
陛下は王冠と格闘しながら拒否する。また別の一団がやってきた。武器は持っていないが将軍クラスの武人たちだ。
「我ら一同、陛下に忠誠を捧げます!」
「捧げるな!」
最後は100人以上の美女たちだ。ハーレムの女たちだろう。
「私たち全員、陛下のものでございます!」
「要らん!」
断り疲れた陛下は玉座に座らされた。多くの臣下が恭順し、帝国はケイオス・オダキユ軍に下ったのである。
◆
マークは無理矢理皇帝に即位させられた。ハルクたちはオダキユに戻った。マークの身辺警護とミロード卿だけが帝国に残っている。
巨大国家である帝国の皇帝の仕事は膨大だ。書類の山がマークを眠らせない。前皇帝が暴君となったのも分かる。一々事情を汲んでいては身体が幾つあっても足りないからだ。
「ケイオスに帰してくれ。お願いだ…」
「早く多くの皇族を儲ければ楽になりますよ」
今日だけで何回目かの懇願を眼鏡に流される。子を儲ける前に死にそうだ。
「息抜きに後宮に行かれては?」
そんな暇があったら寝る。第一、女たちには暇を出した。ミロード卿が新たな書類を差し出した。
「皇后の候補です。選んでください」
「ヴィオレッタ姫だ。他は要らん」
見もしないでマークは言った。求婚の返事をもらえぬまま別れてしまった。早く仕事を片付けてオダキユに行かねば。焦る気持ちを押え、新皇帝はペンを走らせた。
♡
季節は秋になった。ヴァイオレットは読書を楽しんでいた。帝都であの本の続きが買えたのだ。
「お客様?私に?」
実家の執事が呼びに来た。応接室に行くと少し瘠せた陛下がいた。
「ご機嫌よう。陛下」
「久しぶり…」
元気が無い。病気かしら。ヴァイオレットはナナコを呼んだ。
「疲れてるだけだよ!大丈夫!」
「そう?帰りはポンタでお送りしますね」
その前にアシノ観光の続きをするのはどうかしら。提案すると陛下は頷いた。
◆
マークはヴィーと遊覧船に乗った。警備の都合上貸し切った。2人きりで求婚するつもりだ。
「なのになぜ貴様がいる?」
赤毛の騎士が彼女に張り付いている。
「婚約者でもない男と2人きりにさせるか」
「…」
こいつは護衛騎士だ。空気なんだ。そう言い聞かせ、マークはヴィーの前に跪いた。
「結婚してほしい。ヴィー、いやヴィオレッタ姫」
「それは…」
断ろうとしている。彼は奥の手を出した。
「“ヒカル皇子物語”の作者を宮廷に迎えた。彼女の作品を読み放題だ」
皇后になってくれたらね。ヴィーの目が零れんばかりに見開かれた。彼女はマークに手を伸ばした。
「喜んで!」
♡
憧れの作家に釣られて陛下の求婚に応えてしまった。精霊たちと静かに暮らそうと思っていたのに。ヴァイオレットはまた嫁ぐことになった。今度は帝国だ。
「ケイオスはどうなるんですか?帝国の一部になってしまうの?」
ポンタが帝都とアシノを瞬時に移動させてくれる。今は帝都で陛下と式の打ち合わせ中だ。ふと気になったことを訊くと、陛下は気まずそうに答えた。
「君の身代わりをしていた下女がいたんだ。父の子を身ごもっていてね…」
前王の御手付きが王子を産んだ。マーク陛下の異母弟となる。その赤子を跡継ぎにしたい。陛下はそう言って頭を下げた。彼はもうヴィーがヴァイオレットだと知っている。書類上はヴィオレッタ姫となりややこしい。
「母親に罪はありません。幸せにしてあげてください」
ケイオスは王宮も王族も一新された。幽閉の記憶も過去だ。ヴァイオレットの未来はここにある。彼女はまた思い出した。決闘のご褒美を忘れていた。
「魚釣りには行きませんの?陛下」
陛下は「ブフゥッ!」とお茶を吹いた。
「すまん…人前では話さないでくれ」
「私はいつでも良いですよ?」
物事には順番が、いや良いって言うんだから、とかブツブツ陛下が呟く。ナナコが耳打ちした。
「マークってさムッツリだよね!」
ポンタのつぶらな瞳が「消す?コイツ消す?」と語る。消しちゃダメよ。
「このケダモノ、斬って良いか?」
ディーまで剣を抜こうとする。ダメだってば。陛下とディーが睨み合う。本当に相性が良くない。ヴァイオレットはため息をついた。でも嬉しい。彼らは私を守ってくれている。
「みんなで行きましょう。一番大きな魚を釣った人の勝ちよ!」
未来の皇后は朗らかに笑った。
(終)
マーク陛下が勝った。そういえば槍に毒が。ヴァイオレットは慌てて従兄を振りほどいた。ナナコが陛下の傷に触れる。
「痺れ薬だね!待ってて。今消すから!」
「ありがとう」
その時、玉座の間に白い服の一団がなだれ込んで来た。
「神の審判は下った!新皇帝の誕生である!」
神官長っぽいおじいさんが叫んだ。王冠と笏、宝玉を持った神官が陛下を囲む。彼らは有無を言わさず、陛下の頭に王冠をかぶせた。更に手から剣を取り上げ、笏と玉を押し付ける。
「何の真似だ!」
陛下は王冠を脱ごうとした。だがぴったりとはまって取れない。
「なぜ脱げない!?」
「古代の魔法使いが作った聖なる王冠じゃ。暫くは脱げん」
おじいさんは陛下に聖水を振りかけると印を切った。これって即位式だよね。強引だけど。ヴァイオレットたちが困惑していると眼鏡がやってきた。
「おめでとうございます。第88代皇帝となられたマーク陛下です。皆さま、拍手!」
奴が宣言をする。つられてパラパラと騎士たちが拍手をした。ハルク兄さまも手を叩きながら訊いた。
「説明してくれ。ミロ」
「こちらはイーオン帝国の神官長殿です。かねてより前皇帝の暴政に抵抗運動をしておられました」
前皇帝は神殿や貴族にまで重税を課し、払えぬ者を次々と処罰していた。その不満のはけ口がケイオス出兵だった。眼鏡はオダキユの神殿を通して帝国の反皇帝派と結んでいたのだ。
「疑心暗鬼で身内まであらかた処刑したんじゃ。もう皇族は1人も残っておらん」
神前決闘の結果、見事マーク陛下が勝利を掴まれた。神は我らをお見捨てではなかった…。おじいさんは泣いて平伏した。神官達も倣った。その中心で陛下が怒鳴った。
「私はケイオスの王だ!皇帝になどならんぞ!」
でもねえ。王冠かぶっちゃったし。世界最大の帝国だよ。案外良いんじゃない?陛下なら良い皇帝になれるんじゃね?両軍の騎士たちの顔がそう言っていた。
また扉が開いた。見るからに大貴族の一団が入って来る。彼らは陛下の前にずらりと跪いた。
「我ら一同、陛下をお支えすると誓います!」
「誓うな!」
陛下は王冠と格闘しながら拒否する。また別の一団がやってきた。武器は持っていないが将軍クラスの武人たちだ。
「我ら一同、陛下に忠誠を捧げます!」
「捧げるな!」
最後は100人以上の美女たちだ。ハーレムの女たちだろう。
「私たち全員、陛下のものでございます!」
「要らん!」
断り疲れた陛下は玉座に座らされた。多くの臣下が恭順し、帝国はケイオス・オダキユ軍に下ったのである。
◆
マークは無理矢理皇帝に即位させられた。ハルクたちはオダキユに戻った。マークの身辺警護とミロード卿だけが帝国に残っている。
巨大国家である帝国の皇帝の仕事は膨大だ。書類の山がマークを眠らせない。前皇帝が暴君となったのも分かる。一々事情を汲んでいては身体が幾つあっても足りないからだ。
「ケイオスに帰してくれ。お願いだ…」
「早く多くの皇族を儲ければ楽になりますよ」
今日だけで何回目かの懇願を眼鏡に流される。子を儲ける前に死にそうだ。
「息抜きに後宮に行かれては?」
そんな暇があったら寝る。第一、女たちには暇を出した。ミロード卿が新たな書類を差し出した。
「皇后の候補です。選んでください」
「ヴィオレッタ姫だ。他は要らん」
見もしないでマークは言った。求婚の返事をもらえぬまま別れてしまった。早く仕事を片付けてオダキユに行かねば。焦る気持ちを押え、新皇帝はペンを走らせた。
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季節は秋になった。ヴァイオレットは読書を楽しんでいた。帝都であの本の続きが買えたのだ。
「お客様?私に?」
実家の執事が呼びに来た。応接室に行くと少し瘠せた陛下がいた。
「ご機嫌よう。陛下」
「久しぶり…」
元気が無い。病気かしら。ヴァイオレットはナナコを呼んだ。
「疲れてるだけだよ!大丈夫!」
「そう?帰りはポンタでお送りしますね」
その前にアシノ観光の続きをするのはどうかしら。提案すると陛下は頷いた。
◆
マークはヴィーと遊覧船に乗った。警備の都合上貸し切った。2人きりで求婚するつもりだ。
「なのになぜ貴様がいる?」
赤毛の騎士が彼女に張り付いている。
「婚約者でもない男と2人きりにさせるか」
「…」
こいつは護衛騎士だ。空気なんだ。そう言い聞かせ、マークはヴィーの前に跪いた。
「結婚してほしい。ヴィー、いやヴィオレッタ姫」
「それは…」
断ろうとしている。彼は奥の手を出した。
「“ヒカル皇子物語”の作者を宮廷に迎えた。彼女の作品を読み放題だ」
皇后になってくれたらね。ヴィーの目が零れんばかりに見開かれた。彼女はマークに手を伸ばした。
「喜んで!」
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憧れの作家に釣られて陛下の求婚に応えてしまった。精霊たちと静かに暮らそうと思っていたのに。ヴァイオレットはまた嫁ぐことになった。今度は帝国だ。
「ケイオスはどうなるんですか?帝国の一部になってしまうの?」
ポンタが帝都とアシノを瞬時に移動させてくれる。今は帝都で陛下と式の打ち合わせ中だ。ふと気になったことを訊くと、陛下は気まずそうに答えた。
「君の身代わりをしていた下女がいたんだ。父の子を身ごもっていてね…」
前王の御手付きが王子を産んだ。マーク陛下の異母弟となる。その赤子を跡継ぎにしたい。陛下はそう言って頭を下げた。彼はもうヴィーがヴァイオレットだと知っている。書類上はヴィオレッタ姫となりややこしい。
「母親に罪はありません。幸せにしてあげてください」
ケイオスは王宮も王族も一新された。幽閉の記憶も過去だ。ヴァイオレットの未来はここにある。彼女はまた思い出した。決闘のご褒美を忘れていた。
「魚釣りには行きませんの?陛下」
陛下は「ブフゥッ!」とお茶を吹いた。
「すまん…人前では話さないでくれ」
「私はいつでも良いですよ?」
物事には順番が、いや良いって言うんだから、とかブツブツ陛下が呟く。ナナコが耳打ちした。
「マークってさムッツリだよね!」
ポンタのつぶらな瞳が「消す?コイツ消す?」と語る。消しちゃダメよ。
「このケダモノ、斬って良いか?」
ディーまで剣を抜こうとする。ダメだってば。陛下とディーが睨み合う。本当に相性が良くない。ヴァイオレットはため息をついた。でも嬉しい。彼らは私を守ってくれている。
「みんなで行きましょう。一番大きな魚を釣った人の勝ちよ!」
未来の皇后は朗らかに笑った。
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