箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

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2.変化

20.変化①

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 ノルがカンタレラの用心棒として雇われるようになったのは、母親が『獣人狩り』によって第六恒常実験区へと連れていかれてすぐだった。それまでも小間使いのようなことはしていたが、母親がいなくなり、たった独りで生きていくのに、それまで以上に金が必要になった。そんなときだ。楼主であるローシャに用心棒をしてみないかと打診を受けたのは。元来、獣人は身体能力に優れているため、ノルは二つ返事でその誘いを受けた。それほどまでに提示された報酬は魅力的だったし、よく勝手を知っている『カンタレラ』で働くことは好都合だった。また、ローシャはノルの働きを気に入り、給金の他にも情報や食事などを融通してくれるようになった。だからこそ、ノルにとって『カンタレラ』は手放したくない雇い主だった――のだが。

「――坊や、こいつはよくないね。あんたが拾ったあの坊やは、とんでもない『爆弾』だ」

 ノルが研究都市の男を尋問した後、楼の一番奥にある楼主の部屋で、ノルはローシャへことの報告をしていた。ローシャは珍しく苦い顔をしている。

「坊やには世話になってるし力になってやりたいがね……アタシはこの楼の子たちの命を預かってる身だ。坊やが拾ってきた命と、この楼全員の命、どちらか天秤にかけるとしたら、選ぶまでもない……分かるね」

「……ああ」

「もちろん、アタシだって鬼じゃない。坊やに少なからず借りもある。身の振り方が決まるまでは居ればいいさ。ただ、もし『獣人狩り』が行われるようなら――」

「分かってる。あんたたちに面倒はかけない」

「そうかい。まあ時間はないだろうが、ないなりに考えるんだね」

  ひらひらと手を振るローシャを背に、ノルは楼主の部屋を後にした。部屋のドアを閉めると、途端に『カンタレラ』の活気に満ちた空気が伝わってくる。もちろん、客を取り始めるこの時間に娼館が賑わっているのは珍しくないが今はそれだけでなく、どことなく浮かれた雰囲気を感じる。何かあったのだろうかと訝っていると、その原因がノルの視界に飛び込んできた。通りかかった厨房、その中でなぜか見覚えのある赤毛が火の前に立っている。

「……おい」

「え、……? あ、ノル……っ」

 背後から近づいて声をかけてやると、驚いたのか鍋を溢しそうになる。しかし意外にもエットはバランスを立て直すと、鍋の前に立って中身をかき回し始めた。どうやら火の加減を見ているというよりは、焦げ付かないよう見張っているようだ。

「一体何をしてる」

「ええと、実は……」

 先ほどまで男に組み敷かれていた身で、一体何をしているのだと問えば、エットは慌てたように説明を始めた。エットが言うには、先の男との一見でシャーリィの気分が優れないらしく、何か温かいものを作ることにしたらしい。

「店の女の子たちはみんな忙しいし……だったら俺がやるのが一番いいだろ?」

 わたわたと事情を説明するエットの耳と尾はどんどん垂れてきている。その代わりのようにノルの目つきがどんどん鋭くなっているからだ。ひと通りエットの言い分を聞いたノルは思い切り大きなため息を吐いた。その様子にエットがぎくりと肩を震わせる。またぶたれると思ったのだろうか、そんなエットを見つめながらノルはおもむろに口を開いた。

「……そういったときの当番は決められている。お前は良いように使われただけだ」

「? え、だってリィファが……あっ」

 エットが思わず、といったように口走った名前にやはりか、とノルが嘆息する。しまった、と顔に書いたままのエットはしょんもりと項垂れた。そんなときだ。重苦しい雰囲気を切り裂くように快活な声が厨房に響いた。

「あーあ、バレちまった! センセイ、嘘はもっと上手く吐くもんだぜ」

「ちょっとリィファ……あなたがお願いしたんだからそんな言い方しないの」

 そう口々に言いながら厨房へ入ってきたのはシャーリィとリィファだった。シャーリィにたしなめられて、リィファはぺろりと舌を出すと悪びれなく言った。

「だってさ。センセイって料理したことないって言うんだぜ? これは経験しておいた方がいいだろうと思ってサ」

「ノル、俺もそう思ったからやることにしたんだ。だから……」

「もういい、分かった」

 調子のいいリィファとおろおろとするエットを交互に見やってから、ノルは大きなため息を吐くと、エットの前に鎮座している鍋に目をやった。

「それで、何を作ってるんだ」

「えと、これ」

「……なんだこれは」

 ノルが思わず言葉を失ったのは、その鍋の中の惨状からだった。スープはどろりと粘り気を帯びており、必要以上に煮込んでいるせいか、表面はまるで魔女の鍋のように水泡が現れては消えていく。どうやら豆や肉、それからいくつかの根菜の煮込み料理のようだが、とても『美味そう』という感想は浮かんでこない。

「余りものを煮込んだんだ。その……味付けとかはよく分からなくて……」

「……わかった。なら、これまでの手順を教えろ。そこから考える」

「! ノル、手伝ってくれるのか?」

「下手なものを出されて、店の商品が腹を壊したらことだ。仕方ないから、手伝ってやる」

「う、うん……ありがとう、ノル!」

 嬉しそうに目を輝かせるエットを横目にノルは調味料の棚へ目をやった。幸か不幸か、豆や肉、野菜といった素材の旨味は十分溶け込んでいるから僅かな調味料だけでそれらしくはなるだろう。舌触りは絶望的だろうが、『食べられない』ということにはならなそうだ。

「じゃああたしらは皿の準備をしとくから。おふたりさんは頑張ってな」

 そう言いながら厨房を後にするリィファとシャーリィを背に、エットとノルはスープの味付けに取り掛かった。調味料の説明をするノルとそれを真剣に聞くエット。二人は真剣そのものだが、調理という作業のためか流れる空気は普段より幾分も穏やかだ。

「なんか楽しそうだな。センセイはともかく、ノルの旦那にゃ珍しい」

「……そうね」

 そんな二人をちらりと見ながら呟いたリィファの言葉に、シャーリィが静かに返す。すぐに視線を外したリィファに対し、シャーリィはリィファに呼ばれるまで、じっとエットとノルの様子を見つめていた。 
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