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第二章 紗栄子・高1 

27 乙女の試練

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 大志は、ふう、と息をついた。
 自分の部屋で、紗栄子が雑誌を眺めている。あんまり無防備な様子なので、大志は男としての自信を喪失する寸前である。

『今日は、俺んちに遊びに来ない?』
『大志のお家?うん、わかった。』
 紗栄子は頓着なしに頷いた。さらには
『親御さん、いらっしゃるの?何かご挨拶に持っていった方がいいかな。』
 などと言う始末である。
『……親は夜まで戻らねえよ。』
『そう?良かった。緊張しちゃった。』

 冬休みの午後。親のいない彼氏の家。
 そこに誘う男の意図を、紗栄子は果たして理解しているのだろうか。
「大志、こういう服が好きなの?」
 紗栄子が指差す先には、随分とチャラついた男性モデルが笑っている。
「そうでもねえよ。すげえチャラいじゃん。」
「だよね、だからすごく意外な気がして…。」
 紗栄子の言葉を遮ったのは、もちろん大志の唇だ。
「ん…。」
 唇を合わせている時間が思いの外長かったので、紗栄子はこらえきれず甘い声をもらした。それが、どんどん大志をたまらなくさせる。
「紗栄子…。」
「えっ?」
 背中にクッションの感触。グレーのスカートから伸びる、タイツを履いた足の間に割り込む、グレーのズボン。気づいたら紗栄子は床に押し倒されていた。
「えっ!?」
 ここへ来てようやく紗栄子は事態を理解した。
 困惑全開の紗栄子のリアクションを見て、大志はそれはもう大変な勘違いをすることになる。
「あ。ごめん。ここじゃいやだよな。…ベッドに行く?」
 大志としてはものすごく優しく問いかけたのだが、“ベッド”などというとんでもない単語が出てきて、紗栄子はパニックに陥った。
「やだやだやだやだ!!」
「え?」
「どいてどいてどいてどいて!!」
「ええ?」
 ———さっき、キスであんなにうっとりしてたじゃないか。
 ———ホイホイ家までついてきたじゃないか。
 ———どういうつもりだ!?
 そうは思いつつも、紗栄子の剣幕があまりにもすごくて、大志は口にすることはできなかった。
 渋々大志が体を起こすと、紗栄子が慌てて起き上がり、膝丈のスカートを必死に必死に伸ばそうとしている。
「いや、あー…。ごめん。」
「信じられない。私達、まだ付き合い始めたばっかりなのに!帰る!」
 紗栄子は鞄をつかむと、大志の部屋を飛び出した。そのまま玄関を飛び出し、走り続ける。
 大志は紗栄子を追いかけることもできず、力なくベッドに腰を下ろした。
 甘かった。紗栄子の真面目さを軽く見ていた。いや、そもそも、ある程度の準備をする必要性について考えもしなかった。
「あ~~~~~~!!」
 大声をあげながら枕に顔を埋める。
 思えば、今まで大志が付き合った女の子達と言えば、そういう行為も含めて彼氏を欲していた。だから誰ひとり、大志の要求を拒む者などいなかったのだ。
 大志との間にそういう行為をまだ想定していなかったということは、紗栄子自身が大志とのお付き合いにのめりこんでいないということか。そう考えると、大志はたまらなく悲しい気持ちになった。
たしかに紗栄子は言っていた。恋愛を優先順位の上位にできないというようなことを。でもまさか大志自身の実力をもってしてその気にさせることがこんなにも難しいとは思ってもみなかった。きっと、今までの誰かにこんな風に拒否されたら、怒りが先に来ただろう。
(俺、紗栄子のこと、メチャクチャ好きだな。マジかよ。ヤバいな。嫌われたかな…?)
 その晩、大志が紗栄子に送ったメッセージに返事はなく、大志の母親は、息子の食欲減退を心底心配する羽目になった。スポーツマンで成長期の大志は、普段なら健やかにたくさん食べる。
「大志あなた、具合悪いの?何かあった?」
「…別に。」
 むしろ“何もできなかった”のが問題だ。
 父は仕事で帰宅が遅く、兄は進学で家を出ている。自分も母との食事を避けてしまえば、母はひとりで食事を摂ることになるので、夕食は極力共に摂るようにしているのだが、今日ばかりは鬱陶しく感じてしまうのを否めなかった。
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