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画家と新妻

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 勧められた店は歴史的価値のある建物を改装し、茶や軽食を楽しみながら絵画も楽しめる趣となっていた。芸術方面に長けた客が多く集まり、店内は語り合う知識で満ちている。
 普段は周囲の目など気にしない秀人であっても、優子の衣装が場違いな印象を与えてしまうのは分かった。咳払いで威嚇する。

「秀人様、ご覧ください! こちらはわたしの好きな画家の作品で、本の装丁にも使われているんですよ。きれいですよね!」

 てっきり背を丸め、居心地が悪そうにすると思った優子だが、様子は明るい。目を輝かせて絵画の説明をした。

 残念なことに2人は風貌からか、空いているのに関わらず隅へ通されてしまう。随分な案内をされ一刻も早く椅子を蹴りたい秀人だが、優子の解説は止まらない。

 そして、そんな優子の知識量がとある客の耳に入り、状況が変わろうとしている。まだ頼んでもいない軽食が二人の前に並び、やっと優子の一方的な話が止まった。

「店に入って来た時は成金と愛人が不相応なところへやってきたなと思ったが、お嬢さんなかなかやるねぇ。絵が好きかい?」

 絵が好きか? 尋ねてきた男に見覚えがあった優子。名を思い出そうとしているうち、秀人が皿を押し返す。

「いらない。食い物を恵んでもらうほど困っていないんでな」

「この店じゃ、話に夢中になって注文を忘れる客がいたら差し入れするっていう作法があるんだ。せっかく上手い料理を出してるんだ、頼まないのは失礼だろう?」

 結論、注文しない客は客ではないと言っている。

「は、上手い料理ねぇ」

 料理が場所代という訳ね、秀人は理解すると皿を見下ろし毒づく。口にしなても味が想像でき、頬が落ちる様は到底浮かばない。

「人は雰囲気で上手くも不味くも感じるものさ。酸味の残るトマトに初恋の風景が過ぎったり、火が入りすぎた卵にあの日の朝日を重ねてみたり」

「それって不味いと言ってるのと同じじゃないか?」

「まぁ、そうとも言える。けれども救いはあってワインだけはまともなんだよ。料理人が作ってないからかな」

 男はグラスを秀人に差し出す。

「芸術音痴と味音痴共に乾杯しないかい? 暁月秀人くん」

 男が秀人の名を呼んだ時、優子も男の名を思い出した。
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