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四章

魔王降臨②

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『久しぶり、元気してた?』


 顔を真横に倒しながら歪に笑い、ミュウは普段通りに挨拶をして来た。
 ついさっきまで会話不能と思わせる様相を晒しておいて、なぜここで普通に接する事ができるのか、あたしにはミュウであった者の感情はまるで理解できなかった。


『あ、そうそう。先日はステキな招待状どうもありがとう。わたしね、今までずっと我慢して生きて来たの。でも息抜きも必要だってマリに言われてね、このゲームに戻って来たんだ。でもねみんながわたしを昔に戻そうとするの。なんで?  そうしないと楽しく遊べないから?  それってわたしは自由に遊ぶなって事?  すごい理屈だよね。それにわたしノワールってあまり好きではないの。わたしの中ではダントツの黒歴史というのかしら?  そういう頭の中に大切にしまっておいた封印をね、どうしても引き出したいって人が居るみたいなの。ココットなら知ってると思ってここに来たんだよ?  そうそう、マサムネは元気してる?  闇影がこの間復帰してる風なことを話してたんだ。シャルロットまで来てわたしをノワールにして暴れようだなんていうの。参っちゃうよね。ねぇ、ココット。ココットはわたしの本気を見たいといっていたよね?  それって今もそう?  見てみたいと思う?』


 一息で、息継ぎもせずに相手を無視した会話が広げられる。それは相手に合わせた言葉の選択ではなく、どちらかといえば独り言に近い。故に自己完結しており、早口で聞き取りづらいオマケ付きだ。


「そうね。以前底が見えないなんて言った事があるけど正直今はあんたとやりたくないとすら思ってるわ。そういえばスィーラはどうしたの?  さっき泥水が飛んでいったでしょ?  それがスィーラ。変態でキチガイだったから駆除してくれてとても助かったわ、ありがとう」
『ああ、あれプレイヤーだったんだ。手で払ったら消えたからただのMOBだと思った。弱いくせに生きてて恥ずかしくないのかな?』


 なんでもなさそうに言い切るミュウに底知れぬ恐怖が湧き上がる。確かに今のミュウから見れば大した存在ではないだろう。悔しい事にあたしも敵対者として頭数に入っていない。こうして会話に発展しているのが奇跡といっても過言では無いが、解せない事が一つある。
 ミュウの事だ。
 なんでこんな正真正銘のバケモノが自分の事を一般人だと思い込んでいるのか意味がわからない。
 最初に感じた違和感の正体にようやく納得がいった。

 彼女は最初から狂っていたんだ。それを心の奥底に隠してて、薄っぺらいマスクをその上から装着してただけ。時折出る鬱屈した感情はその初期症状。付き合いの長いマリが頻繁にガス抜きしていたおかげでこうならずに済んでいたのだと合点がいく。
 兄様、あなたはなんて者に憧れを抱いてらしてるの?

 姉様がお可哀想だわ。こんなのに勝てるわけがない。対峙するだけで心が折られる相手にどう対処しろというの?

 何がとはわからないけど、ただこうやって会話しているだけで寒気が止まらないの。奥歯を噛み締めてないと歯がカチカチとなってしまいそうで、怖くて怖くてたまらない。
 だってミュウは会話中、一度たりともあたしの方を見てないのだから。
 ずっと先の方を見て、暇つぶしにわたしに会話を振っているだけ。
 いつキルされてもおかしくない状況で、あたしはマリとノワールが捉えられている場所へミュウを案内した。
 あたしの役目は案内役だ。正直精霊眼持ちのミュウには全てがお見通しだったのだろう。誘導には一切乗らず、勝手に歩いていった。

 そこで兄様がミュウの前に立ちはだかる。


「待っていたぞノワール。やっと、やっとだ!  苦節10年、君に届くことだけを願って研ぎ澄ましたこの技を練ってきた!」


 それは憧れを拗らせて、憎悪に変換させた純粋な殺意。
 好きすぎて手に入らないのなら壊してしまえ。そんな狂った者同士の戦いが今、


 始まった。


 鬼気迫る怒気を撒き散らしてムサシが、兄様が吠える。見る者を畏怖させる気迫に、多くの者は気圧されるだろう。だけどなんでかな?  兄様が勝てる未来が微塵も感じ取れなかった。


「WHOOOOOOOOOO!!!」


 それは例えるなら大きな山に吠えて制覇してやるぞと吠えているだけの獣。
 まるで自分の小ささを考慮していない者の遠吠え。
 実際にミュウの狂気を見た後では、うん……て感じだ。兄様の事を怖いと思ったこともあるけれど、今はそこまででもない。これが実力差なのかというとその差は比べるまでもない。天と地の差というのはこういう時、相手にどう伝えて良いのか困ると思った。

 兄様の攻撃の全てをつまらそうに払うミュウ。相手にすらされていない。
 その上であたしに当たり障りのない話を振ってくる。どうするのよ、コレ。こんな緊張感のない負け戦初めてよ。


『あ、そういえばさー。昔もこうやってつきまとわれて困ってたのよ。何度GMコールかけて垢BANに追い込んでもしつこく付きまとってくるの』
「へー、ミュウもモテモテの時があったんだ」
『それ酷くない?  こう見えてわたしは癒し系だなんて言われているのよ?』
「一回鏡見てみたほうがいいわよ?  今のあんたにゃ男寄り付かないから」
『え、嘘……』
「ほんとほんと」
『どこら辺が?  自分の顔って自分から見えないから忌憚なき意見を聞きたいな』
「言ってもいいけど怒らないでよ?」
『うーん、ココットはストレートに言いすぎだからその時の気分による』
「何よそれ、せめてそこは攻撃しないって確約しなさいよ!」
『えー……』


 そこへムサシが、まるで相手にされてなかったムサシの怒りが妹のあたしにまで襲いかかる。


「ココットォオオオオ!!  兄(オレ)を裏切るか!」


 迫る刃はそのまま降り下ろされればあたしの頭をかち割るだろう。
 だけどそうはならなかった。
 ミュウがなんてこともないように自分とあたしの場所を入れ替える。
 そして兄様に肉薄すると、多分正直な感想を述べたんだと思う。


『さっきからうるっさいのよ、この変態ストーカー野郎!  いい加減どっかいけ!!  二度とわたしの前に現れるな!!!』


 言葉と同時に憎悪が膨れ上がる。
 さっきよりも深い闇の顕現に、鳥肌が止まらない。頭が生きている事を諦めるぐらいに、濃厚な死の気配が辺りに渦巻いていく。

 そしてストーカー野郎こと兄様は細切れにされた。ファンがアイドルにバッサリやられたのだ。本望だろう。

 やられ際の兄様はとても満された顔でキルされていた。
 憧れの兄様がこんな人だったなんて……あたしって男を見る目ないのかなぁ?
 これからはもっと見る目を養わなくちゃ。引きこもってる場合じゃないぞ。寧々を誘って外に出なくちゃ!

 これで兄様が姉様の元に帰ってくると思えば安いもんだけど。あたし兄様の事嫌いになりそうだ。そんな事を思っているとミュウがダッとノワールとマリの所へ駆け寄っていく。


『助けに来たよ、ノワール!、まーちゃん!』


 感動の再会だった。
 だけどここでノワールが驚きの行動に出る。抱きついて来たミュウを突き放したのだ。


『まーちゃんを虐めるな!  まーちゃんは、妹はわたしが守るんだからーーー!!』


 そりゃそうだ。今のミュウはどこからどう見てもバケモノだし、兄様も倒れたんだからさっさとその殺意止めてよ。さっきから震え止まらなくて具合悪くなりそうなんだから。ノワールもマリを守るように前に出ている。頭の中で勝てないとわかっていながらも立ち向かう姿は勇者そのもの。

 ミュウったら助けに来たのに逆に不審者に間違われるなんて恥ずかしいったらありゃしない。こういう所が抜けてるのよね。マリもさっきからずっとオロオロしてるし。
 人に会うときは身嗜みに気を付けろって親から教わらなかったのかしら?

 ノワールは拙い動きで糸を繰り出す。
 それじゃあミュウは倒せない。
 ……と、思われたが結構なダメージを負ったようにミュウは前につんのめりに手をついて唸っていた。


『なんで?  お姉ちゃん助けに来たのに、なんでよー……』


 効果は絶大だった。主に精神的ダメージが大きいようだ。


『みゅーちゃん、みゅーちゃん!』


 マリがノワールの後ろから飛び出てミュウに耳打ちする。鬼気迫る状況にノワールは状況を見守った。
 どこからどう見ても悪堕ちしたヒロインを助けるために親友が駆け寄っているシーンにしか見えないし、実際そうなのだろう。
 ノワールはもはやミュウなど見ておらず、マリに危害が加えられないかだけ注視して見守っていた。いつでも飛び出して止めてやるって顔をしてる。表情は動かないけど雰囲気でわかる。
 ドライアドって実はポーカーフェイスに向かない種族よね。


『マリさん、ノワールはどうしちゃったの?』
『とりあえずミュウさんはその怖い顔やめて。どこからどう見ても悪人だから!』
『えぇ……顔にそんな出てる?』
『モロだよ、モロ。リアルで何人も殺した人の顔してるもん』
『えぇ……』
『それにノワールの知ってるミュウさんはエルフの方だから!』
『あっ!』


 話の方向を鑑みるに決着がついたのだろう。ミュウは殺意こそ消せど、未だ歪な笑顔を浮かべながら草むらの中へ入って行った。
 あたしは心配になって後をついていく。


「ちょっとどうしたのよミュウ」
『いやちょっと……マリさん曰くノワールがエルフの方しか知らないから怖がってるって』
「あー……まあ好きにしたら?」


 なんか急に肩の力が抜けちゃった。
 今日は何にもやる気になれなくてログアウトする事にした。
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