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五章

もっと甘えてもいいですか?

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 お腹もいっぱいになった事だし、お金も手に入ったので一度ログアウトしてまた遊びましょうということになりました。
 ローズさんもいつも以上にノリノリで、リアルで無理してないかなって心配になってしまいます。
 彼女はどうも私の前では無理をするというか、明るく振舞おうとしている傾向があるんですよね。

 ◇

 ちょっと彼女のことを心配しながらもVRマシンの中から起き上がり、不意に来る痛みに再び寝転がることに。


「んっ……くぅ……あぁ、また来た、この痛み……」


 ツワリ。妊娠初期からの悩みのタネであると同時に、体がお母さんになるための痛みに、私はその苦しみよりもようやくその時がきたかという安心感で心を満たしていた。

 でも心でどう言い繕おうが痛いものは痛いのでVRマシンの中でゴロゴロしながら痛みが引くまでじっと待つ。
 深呼吸を繰り返し、脂汗が滴り落ちるのを眺めながら、痛みが鎮むのを見計らってゆっくりと立ち上がります。


「ふー……よし、よし。大丈夫、大丈夫、今のうちにお水だけでも飲んでしまいましょう」


 寝ているだけではつまらないと言ったものの、この痛みが唐突に来るので、実質何もできないのと同じことなんですよね。本当はもうちょっと体を動かしたいのですけど、せっかくですので家族の優しさにこうして甘えてばかり。
 痛みが引いてる時ぐらいはなるべく動くようにして、こうやって水分を取っておく。
 本当は何か口にしたほうがいいのだけど、全然食欲が湧かないのよね。
 そのためかこうやってベッドと台所を往復する生活を続けていたのですが、あわや甘やかしモンスターにエンカウントしてしまいます。


「お姉さま!  また無理をして!」
「してませんから、私は全然平気ですから」
「そんな苦しそうな顔をしておいて、そのような言い訳は通じません!」
「わー」


 私は軽いので琴子ちゃんにおんぶされるようにしてお布団へ連れていかれました。


「安静にしているようにとお兄さまもおっしゃっていたじゃないですか」
「それは……そうですけど」
「もっと私を頼ってください……私はそんなに頼りないですか?」


 琴子ちゃんは目頭を熱くさせながら泣き出してしまいました。
 そんなに思いつめなくても……
 でも彼女の気持ちも分からなくはありません。もし立場が逆だったらと思うと気が気ではなくなってしまいますからね。だからここは勇気を出して甘えてみることにしました。


「わかりました。これからはじゃんじゃん琴子ちゃんに甘えることにします」
「うっ……そうやって開き直られると調子が狂ってしまいますが……」
「ふふ、冗談ですよ。これからは動く前に呼びますから来てくださいね」
「はい。あ、午後から茉莉さんと遊ぶ約束はしてましたか?」
「予定はしてないけど一応連絡しておこうかしら。端末をそこのテーブルから持ってきてもらってもよろしいですか?  あとお水とサプリメントを」
「はい。お水は今持ってきます」
「ありがとう、それじゃあ頼むわね」


 ベッドの脇にPCを置き、リクライニング機能で上体を起こしてから操作する。
 ボイス通話を展開して茉莉さんにコール。
 直ぐには出てきてくれないことを見ると何かあったのかと心配になる。
 2度3度とコールを送ってやっと出たと思ったら、そこには口の周りに食べかすをつけた彼女の姿が。
 あれ?  この子普通に食事出来てるの?


「ハロー茉莉。突然ごめんね」
「ん、別に全然平気だよ。今ダーリンのお母様が来てるから直ぐ出れなくてごめんなさいね」
「ううん、私も絶賛介護されてるからそこはお互い様だけど……」
「だけど?」
「ううん、食欲があって羨ましいなって」
「ほんとは全然無かったのよ?  でも義母様が食べなきゃ元気な赤ちゃん育たないわよって無理して食べさせられたの」
「……茉莉さんも苦労してるのね。私はログアウト直後に結構きついの来ちゃってげっそりしちゃった」
「ちょっと、平気なの?  今日はもう終わりにする?」
「うん、その事で連絡したんだ。
 そのあと起き上がっているところで琴子ちゃんに遭遇してね、今ベッドの上から連絡してる」
「あちゃー、祐美ってば結構無理するのね」
「だって琴子ちゃんさっきまでゲーム中だったでしょ?  まだ遊んでいると思って、だからお水くらい一人で飲みに行けるって」
「それ家族が一番心配するやつだから。ツワリは軽いか重いかじゃないの。結構表情に出るでしょ?  だからそれを見た周りが必要以上に騒いじゃう。うちの義母さんは百戦錬磨だから騒がないけど、ダーリンとか超過保護よ?」
「うちもそんな感じ」
「そりゃあんたが大切にされてる証拠よ。もっと自分を大事にしなさい。もう昔と違うんだから。お嫁さんとして、お母さんとして振舞わなきゃ」
「うん……そうだね」


 もう立場が違うんだから、そんなのは当たり前だろうと直接言われて思わず目頭が熱くなる。確かにそうでした。経緯はどうあれ私には愛してくれる家族がいるんだから。それを再確認して感情が高まっていく。


「……特にあんたは大根役者なんだから。ノワールと接触して見てわかるでしょ?  知らぬは自分ばかりなりって」
「うぐ……それを言われると。当時の私ってそんなにわかりやすかった?」
「怒ってる時は体揺するし、嬉しい時は頭の上にある花がぴこぴこ動く、ストレス溜まってる時は逆に無表情になる。そしてキレた時は見てられない顔してる。女の子が絶対しちゃいけない顔だからね?  ノワールの時なら良いけど今はしちゃダメよ?  離婚の危機すらあるから」
「そんなに酷いの!?」


 白熱している通話中に、部屋の扉にノックの音が4つ。部屋主の私は了承して扉の外に待機しているであろう琴子ちゃんに入室許可を出しました。
 これらの一連の動作はこれからの社会で当たり前に使われるマナー。
 彼女のためにもと孝さんが実生活から取り入れてることでした。だと言うのにテーブルマナーに限っては純和風。覚えておいて損はないと言いながらも和食のゴリ押しに私も琴子ちゃんもたじたじ。
 ですので洋食のテーブルマナーの基礎は私が食事しながら教えることにしたのです。それはともかくとして心配している彼女を安心させてあげましょう。
 茉莉さんと通話を切ってイヤホンを外します。


「はい、お姉さま。水とサプリメントをお持ちしました」
「ありがとう琴子ちゃん、助かったわ」
「いえ、私にはこの程度のことしかできないし」
「それでも十分。女の子にしか分からないことも相談できるしお使いも頼めるのって貴重なのよ?  孝さんに替えの下着を買って来てと頼んでも無理そうでしょう?」
「無理そうですね。お兄さまはそう言うところで過剰に恥ずかしがりますから。それにいっぱい買って来そうです」
「あはは、確かにいっぱい買って来そう。だからそう言う関連でお願いできるのは琴子ちゃんだけだから、これからお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。本当に感謝しているからこそのお礼。それに対して琴子ちゃんは慌てるようにたじろぐ。


「そんな、頭まで下げなくても!」
「ううん、これぐらいさせて。私は昔からなんでも一人でできるようにと両親から教育されて来たから。だからあまり人に頼ったりはして来なかったの。最近ようやく孝さんに甘える事が出来るようになって来て、自分はまだ変われるんだって知ったの。その上で年下の琴子ちゃんに甘えるというのは私の中に無かった感情なの……」
「お姉さま……」
「こっちでも姉さん呼びでいいのよ?」
「それは……流石に気恥ずかしいです」
「ふふ。少しづつ慣らしていきましょう。私も少しずつ、琴子ちゃんや家族に甘えることを覚えていきますから」
「はい……お姉さん」


 それから琴子ちゃんに替えの下着を早速用意してもらうことになったのはご愛嬌。こういうことって男性に頼みづらいんですよね。
 それこそパッと行ってパッと買って来て欲しいのですが、店員もお客さんも女性ばかりのところへ男が一人って言うのが耐えられないのだそうです。
 だから義妹の存在がこんなにも助かるなんて想像もしなかったですよ。
 これから琴子ちゃんに頭が上がらないなーなんて考えながら茉莉さんにコールを送るとすぐ出てくれました。
 お互い要安静の身。今日も今日とて暇してます。彼女の場合はリアルで猫をかぶっているのでさぞ大変でしょうね。


「ん、琴ちゃんとのお話は終わった?」
「うん。ちょっとお使い頼んじゃった」
「へー、完璧超人のあんたが人に物頼むなんて珍しいじゃん」
「お互いに歩み寄って行こうってさっき決めたの。だからこれからは彼女にあれこれ頼もうかなって」
「あー……うん。ダーリンに頼めないものとかあるもんね」
「茉莉さんは替えの下着とか平気?  オリモノとか大丈夫?」
「あー、それを加味して大量に買い込んであるから大丈夫よ。こちとら新婚さんと違って準備だけは何年も前からしてるから」
「そっか。義母様は優しい?  うちには居ないので少し羨ましいわ。実のお母様もどちらかといえばお金で解決しているタイプでしたし、お父様に至ってはあまり私に興味ないようで」
「あー、あんたんところは色々とキナ臭いもんね」
「その言い方は語弊があります! 確かに一般家庭とは似通う部分は少ないと思いますけど……」


 家庭の事情をこれ以上つつくのは自身に返ってくるので適当なところで切り上げました。すぐさまカウンターを入れてくるんですから。
 でも反応から見るに、相当ご苦労されているようでした。なんというか押しの強いタイプのようで、いつになくげんなりとしていました。
 同族嫌悪でしょうか?

 その日は何度かボイスメッセで他愛のないやり取りを交わして安静にして過ごしました。
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