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五章

26_食事バフ解禁

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「よし、出来た」

「わぁ、美味しそうな香りです」

「トンカツかしら?」

「豚である可能性は限りなく低いだろうけどね」

 サックサクの狐色に上がった塊を見て、いつメンがそれぞれの感想を述べる。
 薫の指摘は尤もだ。この世界にもう豚は存在してないので豚じゃない。委員長はこれがトンカツに見えるというのでひとまずは安心だ。

「問題はここからなんだよな」

「他に何か必要かしら? 千切りのキャベツと中濃ソース、あとご飯と味噌汁くらいがついてくればいう事ないわね」

「それを全部揃えるのに魔素どれくらい使うんだっつー話だよ。商売に組み込む以上、コストは下げたいじゃん?」

「あ、そうね。自分の食べたい要望だけ言ってたわ。ごめんなさい」

 委員長は今まで通り、食べて終わりにしようとしてた。
 それじゃ困るんだよなー。これをうちのメニューの一つにしようって考えがあるんだから今まで通りは困るよ。
 
「それより試食と行こうよ。実際に美味しそうでも食べてみなきゃ食べ合わせもわからないじゃない? 冷めちゃったら勿体無いし」

 薫がソワソワしながらカツに箸を差し向ける。
 用意いいな。マイ箸か?

 全くもってその通りなので、四等分に切り分けて実食。
 切り口もトンカツそっくり。違いがあると言えば、閉じ込められた肉汁の量が豚のそれじゃない。

「あふっ……凄い肉汁だね」

「これではお持ち帰りさせるのは難しいのではないですか?」

「そうね。美味しいけど、ソースじゃ味が負けるわ」

「それをみんなで考えてほしくてさ。持ち帰りにするか、ここで食事してもらうかだよ。俺は食べてもらえたらすぐこれの良さをわかってもらえると思うんだ」

 実際、美味いし。

「普通にカツにする以外の提供はどうかしら?」

「なるべくカツにしたいんだよね」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「坂下さんからもらった謎肉使ってるから」

「「「……あぁ」」」

 全員が、今自分達が何を口にしたのか悟って真顔になった。
 そりゃそうだ、未知なる生物の肉を食ったんだ。
 今まで異世界のモンスター肉を散々食っておいて、なーに上品ぶってるんだか。
 
「もちろん全部じゃないぞ? 半分くらい鶏肉味の龍果だし」

「でも龍果以上の旨味を感じました。それはやはり?」

「蟲型生物のものでしょうね……」

「ゔっ」

 みゆりが口元を抑えてうずくまる。
 それを横目に薫が肩をすくめた。

「全く、杜若さんは姿形に囚われすぎ。蟹や海老だって元を辿れば昆虫だよ?」

「は、確かに!」

「それを僕たちはそれを美味しそうに、ありがたがって食べてるじゃない? 逆に考えたらこの美味しさを提供する手段は僕たちが握ってるんだ」

「私達だけでもないけどね。きっと坂下さんや、販売権を持ってるアリエルが販売ルートを拡大するわよ」

「まだ通貨の発足もしてないのに気の早い事だね。いいかい? 商売のきっかけはいつの世もアイディアと足なんだよ。1番最初に手を挙げて声を上げた人が実権を握るんだよ」

 商売のなんたるかをまるでわかっちゃいない、と薫がぼやく。
 こいつほんと、商売が関わると人が変わるよな。

「では冴島さんは雄介さんがその第一人者になるべきだと?」

「坂下さんは作るのが趣味で、自分から売り込もうとしないじゃない? アリエルはまだそこまで実績はない。それに比べて僕たちはどう? 勇者教会に太いパイプを持ち、実際にイベントに参加した腕前を持つ雄介がいる。スタートラインが違うんだよ」

「すでに大きく差をつけていました」

 みゆりが胸の前で手を打った。
 その気にさせるのが上手い。
 やっぱり口じゃかなわねーわ。

「なら提供スタイルの構築から始めるべきね。デリバリースタイルか、持ち帰りか」

「屋台っていう販売形式なら、普通にデリバリーでいいんじゃね?」

「普通は素材を仕入れたり、冷蔵器具の維持費が凄くかかるのだけど……」

「タダだな。素材の方は坂下さんやガチャから出るし」

「ほんと雄介ってチートだよね」

「こと食材に関しては俺だけの功績じゃねーぞ? 俺のはあくまで蓄えて、魔素で復元してるだけだ。調べて、取り込むまでは独力じゃできねーし。そこは委員長や薫の世話になりっぱなしだって。この貯蔵量は俺たち全員の功績だと思ってるぜ?」

「そうだったわね、つい忘れちゃうわ」

「きっと雄介さんの懐の大きさに各々が頼って生まれた絆なのですわ」

「だね。雄介のガチャは最終的に僕達のためになるから、それで頑張れたんだよ」

「この話もうやめよーぜ。お互いを褒め合う形で終わるから。誰が凄いとかじゃないって。みんなでやってきた事が、俺のガチャに詰まってるって事でいいじゃん」

「そうですわね。ここは雄介さんに花を持たせるとしましょう」

 だからみゆり、そうやって俺を持ち上げないで。
 こそばゆくなるじゃんよ。
 まぁ? 悪い気はしないよ。悪い気は。

 それはさておき提供方法を考える。
 1番は見た目をどれだけ無視して味に集中させるかだ。
 それにはカツが最良で。

「あとさ、謎肉っていうのやめない? 蟹や海老から取って宇宙エビとかどう? 宇宙から来たエビの親戚ってことにしてさ」

「それだ!」

 薫の機転で謎肉の正式名称は宇宙エビで決定した。


 
 その日より宇宙エビのカツ検証会が勃発する。

「何度か食べてみた結果、これは単品で、付け合わせに藻塩が1番であるとたどり着いたわ」

 キリリとした表情で、委員長が切り込む。

「意義あり! この肉汁を活かすにはご飯もの。よってカツ重以外の選択肢はありません。異論は認めないよ!」

 早速男子と女子で意見が分かれた。
 薫は見た目から食が細そうに見えるがわりかしガッツリ系だ。
 委員長はあの脂の多さを何かに吸収させるのがベスト。他と混ぜ合わせずに口に運ぶことに一点集中させたいようだ。

「みゆりは?」

「わたくしは、どちらも美味しかったので両方を提供してみてもいいと思うんです。結局ここで決めずに、実際に食べてもらったお客様に決めてもらうのが1番ではないでしょうか?」

「それもそうだな」

「ちょっとみゆり、勝負から逃げる気?」

「杜若さん、卑怯だよ。ルールは公正にするべきだ。勝ち逃げが許されるのは公平じゃない!」

「あんまり俺の彼女を虐めるなよ」

「雄介さん……」

 ちょっと助太刀しただけで感極まったように震えないでもらっていいですか?
 いつもの事じゃんよ。って言うか、普段はみゆりが矢面に立って責められる場面なんてそうそうないけどな。
 他の二人もなんでいがみ合ってんだかまるでわからんぞ。
 仲良くしようぜ。

「阿久津君、この勝負には口出ししないでくれる?」

「そうだよ雄介。こっちの事情に首を出していいのは限られたものにのみ許された人に限るんだ」

「その中に俺は居ないのか?」

「居ないわ」

「居ないね」

 居ないんだ。
 一体何を競い合ってるのかわからんが、仲良くしてくれってのが本音だな。ちょっと悲しい気分になりながらガチャから取り出したコッペパンにレタス、ドレッシング、宇宙エビのカツを挟んで頬張った。

 あー、これこれ。
 この旨み爆弾をどうやって皆に提供すべきか。
 食うたんびに悩まされるわ。

 食い終わった後に、三人が俺の姿を見て固まっている。

「それだ!」

「どれ?」

「さっきのコッペパン! ホットドッグ形式だよ!」

「あー、食べやすさ重視で用意したけど。これ?」

「それを、人数分用意してもらっていいですか?」

「ちょっと待ってな」

 コッペパンはいつでも用意できるが、宇宙エビの方がまだだ。

「雄介、カツのままじゃ大きいから、コッペパンのサイズに合わせてもらうことはできる?」

「それもそうだな、りょーかい」

 肉をこねてる俺に薫からの指示。
 後は卵液、片栗粉、パン粉をつけてフライにするだけだったのを、さらに細長く加工する。
 一枚肉なら難しいが、宇宙エビは元々が細い繊維の集合体だ。
 それを寄せ集めて大きな塊にしているので造形が容易なのだ。

「揚げると膨らむんですね」

「そうだな、厨房のフライヤーがでかいから気にしてなかったけど。熱膨張か何かかな?」

「もしかしてまだ生きてて、熱で苦しんでるのかもよ?」

「委員長、怖いこと言わないでくれる?」

 軽くホラーなんだが。
 それと生きてる可能性を示唆されて、ますます生で食えなくなったじゃんか。
 蟹や海老のように生で行こうってそのうち言い出すのを潰せて良かったと思うべきか?

「よーし全員分揚がったぞー。熱いから気をつけてなー」

 本当は余熱を覚ましてからの提供だが、揚げてる時の匂いですっかり小腹が空いてしまったようだ。
 単純に膨らんだり弾けたりで揚げるのにめちゃくちゃ時間がかかったと言うのもある。
 もっと火力が出せるように夏目に頼むかな?

 後はコッペパンに挟んで葉物野菜をつけ合わせてドレッシングと共にいただいた。

 全員が目を見開いて、同時に舌を火傷したのか無言で食事を進めている。
 この世界、不思議なものでステータスは爆上がりしても舌は火傷するんだよな。
 そして不思議なことはもう一つ起きた。

<条件を達成しました>

<素材合成ガチャの調理にステータス増加が付与されました>

<宇宙エビのスナックサンド:永久に全てのステータスが100上昇:重複あり>

「ん?」

「雄介、どうしたの?」

「なんか俺の素材合成ガチャが急に成長してさ。今後俺が料理を作るたびにステータスが付与されるみたいで」

「食事バフ的な?」

「多分そんな感じ。これ一個食っただけでステータスオール100だって」

「しょぼいね」

 しょぼい、言うなし。
 確かに俺たちのステータスは120万を超えて、今更100増えたところで「だから何?」って感じだけど。

「薫君、阿久津君が言ってる問題はそこじゃないわ」

「あっ、今後商売すると購入客のステータスが偏ると言うこと?」

「問題はステータス増加の効果がどの程度かにもよるわね」

「何時間程度で済めばいいのですが……」

 みゆりはやっぱり見抜くか。
 信頼の賜物か、はたまた俺だからこれだけじゃ済まないと見越してか。

「阿久津君、実際のところどうなの?」

「永久的に+100! 重複もありまぁす」

 自暴自棄になった俺の発言を聞いて、全員が天を仰いだ。
 要するにこれは食事版、ステータス付与ガチャなのだ。
 提供するまでどんな付与がつくかわからないっつーまさにギャンブルの極みみたいな効果だった。
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