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1章

1-5 どっかで見たことある気が……

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 サッと見た限り、教会の敷地は広い。というのも礼拝堂や神父たちの住む司祭館や女修道士の住む修道院など、いくつかの建物が集まっているからだ。
 一方で敷地は塀で区切られており、入り口となる門は一か所にしかない。これが実はかなり不便で、内外問わずどうにかしてくれと文句を言われているらしいのだが――
 
 スカーレットが見ていたのは、その門の先だった。礼拝堂のポーチの目の前。先ほど悲鳴が上がった場所、つまり騒動が起きたのもそこだが。
 見やれば人だかりができていた。人だかりを構成しているのは概ね子供たちで、きっちり身だしなみを整えた子が多い。彼らがコムニアの参加者だろう。
 コムニアはあくまで子供のための行事だ。大人は子供たちが神への挨拶を終えて無事に帰ってくることを祈りながら、家で待つことになっている。そのため教会内にはほとんど大人の姿はなく、いてもせいぜい聖職者が幾人かといったところだ。

 つまり、何か起きたとしても止められる人はあまりいないということだが。
 その人垣の先から聞こえてくる声に、スカーレットは耳を澄ました。少年らしきソプラノの声音が、誰かを非難している――
 
「――いきなり、何をするっ!?」
「うるっせえな、よそもんがっ! オレより弱え奴が、オレの許可なく通ろうとするんじゃねえっ!!」
「言ってる意味がわからない――礼拝堂に入るのに、どうしてお前の許可が必要なんだ!?」
(……ガキの喧嘩か?)

 薄々察しながら、スカーレットは人垣の後ろから中を覗き込んだ。
 人垣のせいでぽっかり開けたポーチ前に、少年四人に少女が一人。より正確に分けるなら、ポーチを占拠しているワルガキ風の少年が三人と、その前で尻餅をついている少年と、その傍でおろおろとしている少女が一人ずつ。
 気になったのは、ワルガキではなく少年たちの方だ。ワルガキが他の子供たちより大柄で年上のように見えるのに対し、少年はおそらくスカーレットと同い年、少女はそれよりも幼く見える。金髪に青い瞳、似通った顔立ちといった共通項から、おそらくは兄妹だろうが……
 と、ワルガキが態度もあからさまにイキり散らす。
 
「よそ者は知らねえのか? ここはメイスオンリー領だぜ? 暴力至上主義――つまり、強い奴が偉いんだよ!」
「そうだぜヒョロガキ! 第一、なんだよ妹まで連れてきて。一人じゃ怖くて参加もできませんってかぁ?」
「違う! こいつは、父上が勝手に――」
「ああ!? 聞こえねえなあ!?」

 そこまで聞けばもう十分だ。やはりガキの喧嘩だ。
 年上だろうワルガキたちが、体格の良さを強みにして威張り散らしている。コムニアは子供たちの行事だが、これまで参加できなかったために十五歳くらいの子がようやく、といった例もなくはないのだ。
 だから時折こうして、年下相手にイキる子供が出てくるらしい。大人が聖職者しかいないという特殊な環境のせいもあってか、彼らを止められるものは周りにはいないようだった。
 と、あまりの怒りにだろう、少年の怨嗟の声が聞こえてくる。

「父上に言えば、お前らみたいな奴なんか……!」
「お兄様……っ」

 その辺りで――というよりは、少女の声が今すぐにでも泣きそうだったので。
 ため息をつくと、スカーレットは人だかりの中へと歩き出した。邪魔者を押しのけるようにして先へ進めば……自然と、ざわめきと注目が集まってくる。

「……あん? なんだ、お前?」

 騒動の中心の中で、先に気づいたのはワルガキたちだ。金髪の兄妹たちは後ろから現れた乱入者に驚いた後、妹をかばうように立ちまわるが。
 スカーレットはその全てを無視すると、兄妹の横を素通りした。ついでに、リーダー格のワルガキも。
 彼らからすれば、突然の奇行か? なんにしろ、誰からも止められずに玄関前に着く。門の前に立っていたワルガキ二人はきょとんと顔を見合わせた後――
 にやりと笑って、こう言ってきた。
 
「へっへ、よおボウズ。今の言葉が聞こえなかったのか? 弱え奴は通さねえよ」
「何しにきたのか知らねえが、痛い目見る前にとっとと戻んな――」
「一つ言っておくが」

 それらを無視して。
 スカーレットは差し込むように、鋭く告げた。

「メイスオンリーが掲げる暴力至上主義ってのは、力が強けりゃ何してもいいって意味じゃねえぞ」
「え?」

 そして告げるが早いか、一人目のみぞおちに拳を叩き込んだ。
 意識の外からの完全な奇襲。何が起きたのかもわからないまま前のめりにふらつく一人目の側頭部を、スカーレットは蹴り上げた。
 一人目の意識をそれで刈り取って、そのままの勢いでスカーレットは二人目に向き直る。

「な、てめ――っ!!」

 明確な敵意を前に怯むかと思っていたが、二人目は違った。驚愕は一瞬だけで、あとは怒りと共に叫び、突っ込んでくる。
 といっても速度は明らかに素人のそれだ。殴ろうと突き出された手、その内側にスカーレットは体を潜らせると、その場で踊るように半回旋。敵の拳を肩の上に滑らせると、スカーレットは絡みつくようにその腕を刈り取った。
 相手の勢いを利用して、踏ん張れない敵を背負い投げる。受け身すら取らせずそのまま背中から地面に叩きつけた。
 ついでとばかりに二人目の頭に踵を落としてからも、警戒はやめない。

 すぐに顔をあげれば、最後の三人目――リーダー格の少年が無言でこちらに駆け出している。これは予想通りだったので、スカーレットは慌てなかった。相手が素人だとわかっているから気負いもしない。
 静から動へ。その場でいなした二人相手とは違って、スカーレットはこちらからも踏み込んだ。
 目測を誤った三人目が慌てて拳を振り上げるが、遅い。完全なゼロ距離まで近づいて――がら空きの胸に、肘を突き刺す。相手の勢い、自分の勢い、全て利用した心臓打ちだ。
 手応えから会心を悟る――のと同時。

「お、まえ……っ」

 苦悶に声を歪ませて、三人目が膝をつく。その眼にはまだ敵意が見えたが、どちらにしろしばらくの間は呼吸もままなるまい。
 まだ掴みかかって来ようとする気配が見えたので二歩後ろに退く。と、そこで三人目は力尽きたように動きを止めた。
 跪くワルガキにその距離から、スカーレットは呆れ声で告げた。
 
「んで二つ目に言っておくが、暴力で調子に乗ったバカは、大抵それ以上の暴力で排除されんだ。調子に乗るな。よく覚えとけクソガキども」
「…………」
「ほら、お前らも! これ以上揉めるとシスターさんたち困っから、さっさと礼拝堂ん中入れ!」

 言いながら、礼拝堂の扉を開く。ついでに通行の邪魔になりそうなワルガキを脇にどかすと、そのままスカーレットも玄関脇に退いた。
 最初はどうすればいいのかわからなかった人だかりも、改めて顎で玄関のほうをしゃくれば、おずおずと動き出す。
 というよりおどおどと、かもしれない。気づいたのはスカーレットの前を通り過ぎる際のいくつかの目が、なんというか、形容のしがたい――例えば間近にハチでも飛んでいたかのような――感情を浮かべていたからだが。

 なんにしろ、粗方礼拝堂の中に入っていった辺りでスカーレットも移動を――
 開始する前に、先を通り過ぎようとしていた誰かと目が合った。

「…………?」
 
 さっきの子供だ。金髪の、兄と妹。
 整った顔立ちもそうだが、金髪碧眼というのはそれだけで目立つ特徴ではある。というのも、平民の多くは黒や茶の髪、目の色であることが普通だ。逆に貴族は金髪や碧眼である者が多い。
 加えて身に纏う服が明らかに真新しいものとなれば、まず間違いなく平民ではない。平民は服を着古すのが普通だ。が、この兄妹二人の服にはおろしたてのようなツヤがある。
 それが意味するところといえば、まあつまりはそういうことなのだが。
 
 そんなことを観察できてしまったのは、その兄妹二人ともが、何故かスカーレットを見つめていたからだ。
 兄の方は、睨むように。妹の方は、何故兄がこちらを睨んでいるのかと、兄とこちらを交互に――
 と、そこでスカーレットは気づいた。

(この子、この前の子か?)

 誘拐犯に捕まっていた少女だ。どうやらスカーレットに気づいているわけではなさそうだが。
 少女を救出した後は国境警備隊に丸投げしたので、あの後どうなったのかをスカーレットは知らない。だがここにいるということと少女の様子を見る限り、深いトラウマになったりということはなさそうだ。
 それにしたってコムニアのためとはいえ、数日前に誘拐されたばかりの子を子供だけで外出させるというのはどうかと思うのだが……何か家の事情だろうか?
 とにもかくにも、沈黙が長くなりすぎる前に、ひとまず兄の方にスカーレットは問いかけた。

「……なんか用か?」
「…………」

 が、すぐには答えは返ってこない。少年は何かを堪えるように、唇を強く引き結んで黙りこくっている――
 かと思ったら、ツバが跳ぶほどの剣幕で、こう叫んだ。
 
「誰もっ! 誰も、助けてくれなんて言ってないっ!!」
「お兄様!?」
「ふんっ!」

 そうして鼻息荒く、ずかずかと歩き出す。妹の非難の声もどこへやらだ。
 その妹の方はといえば、申し訳なさそうに頭を下げてから兄を追いかけていった。
 それをしばし見送ってから――まあ男の子ってそういうもんだよなと変な納得の仕方をするが。
 それよりも気になることがあって、スカーレットはぽつりと呟いた。

「誰だっけな、あいつ。どっかで見たことある気が……気のせいか?」

 妹の方ではなく、兄の方だ。どうしてか、どこかで見たような気がするのだ。それも、何か重要な出来事の中で見たような、奇妙な感じが。
 だが気のせいだろう。なにしろ自分はスカーレット・メイスオンリー――過保護な父ヒルベルトの箱入り娘なのだから。メイスオンリー領から一歩も外に出たことのない自分が、あんなのと知り合っているはずがない――
 デジャブは気のせいということにして、スカーレットもまた礼拝堂へと歩き出した。
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