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3章

3-1 あーもークソガキが

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 メイスオンリー家の歴史は古い。その歴史はクリスタニアがまだ王国となる以前、クリスタニア一世がまだただの若造だった頃に始まった。
 クリスタニア一世の物語――クリスタニア建国物語は、言ってしまえば一人の青年の成り上がりの物語だ。神に導かれた青年が、カールハイトの圧政に苦しむ辺境を解放するため立ち上がった。

 メイスオンリーはその物語の、ほとんど最初から登場していた。
 クリスタニア一世が建国の道を進む中、メイスオンリーは常に彼と共にあった――そしてクリスタニア一世が王となった時、初代メイスオンリーもまた“メイスオンリー”としてクリスタニアの貴族となった。
 メイスオンリーの担う責務は国境の守護だ。独立したカールハイトとの間に設けられた緩衝地帯、その国境沿いに封ぜられた。ただしこれは、建国当時を共に戦い抜いた友人たちを、傍に置き重用したクリスタニア一世の趣向とは反する。
 その理由は語られていないが……スカーレットはこう考える。

(単に向いてなかったんだろーな、王都暮らしっていうのが)

 正確には貴族政治――というより、“上品な人付き合い”が、だが。
 俺は暴力しか知らねえ――それが初代メイスオンリーの口癖であり、名もろくになかった路傍のチンピラが背負うと決めた家名の由来だ。
 こん棒一つ。ただそれだけを振り回す生き方しか知らない。つまるところ、生粋のチンピラなのだ、メイスオンリーという男は。

 だからこそメイスオンリーは辺境に封ぜられた――というか、隠遁した。王の友であり“力”として生きた彼が、息苦しさを覚えることもなく、なんの気兼ねもなく力を振るえる場。
 それこそが国境の警護だったのだろうと、スカーレットは考えている。

(“身内”だからわかるけど、どいつもこいつも大なり小なり脳筋だからなあ……貴族としてはダメダメもいいところだわな、うちは)

 そのメイスオンリーの本拠地とも言える、領都ゾルハチェットだが。

「昨日も思ったが、本当に何もない街だなここは」

 街並みに対する落胆の声は、スカーレットの対面に座る少年――ジークフリートが上げたものだ。馬車は街中を走っているが、確かに目を引くものは何もない。
 ゾルハチェットはジークフリートが呟いた通り、なんてことはない普通の街だ。
 かつては対カールハイトのために建てられた前線基地だったが、長い年月を経た今では、要塞としての機能は失われている。城壁などは既に取っ払われており、その辺の通りを歩いているのも兵士や傭兵ではなくただの民間人だ。

「それはまあそうですよ。前線が現在の緩衝地帯周辺にまで移動しましたからね。戦略拠点から物資集積所だの生活拠点だのに変更されてくうちに戦争も終わって、今となってはただの街ですし」

 独立戦争の最前線であり、英雄たちの大舞台であったのも、今は昔というわけだ。
 戯曲や劇として語られる英雄たちの大舞台が、まさかこんな辺鄙な田舎街になっているとは思ってもみなかったのだろう。
 ジークフリートはこちらの説明を聞き終えると、露骨に不機嫌そうなため息をついてみせた。

「こんなものが領都なのか……酷いな。王都と比べられるものすらないではないか。つまらないにもほどがあるぞ」
「お兄様……」

 これはジークフリートの隣に座る、ツェツィーリアの咎める声。
 そうして申し訳なさそうにこちらを見た少女に、スカーレットは『構いませんよ』と仕草で示す。
 だが控えめに言って、馬車の空気は最悪だった。
 ジークフリートは田舎への不平不満を容赦なく口にする。大人な態度でスカーレットは流しているが、それに気づいているツェツィーリアは常に気まずそうだ。だが困ったことにジークフリートは妹のそんな心苦しさにサッパリ気づかず、あーだこーだと愚痴るばかり。
 あまつさえ、こんなことを言ってくる始末である。

「おいお前。任された用事というのはなんだ? こんなつまらないこと、さっさと終わらせたいんだが」
「終わらせてすぐに帰っても、やることはないと思いますがね。それとも、何かやりたいことでも?」
「父上を言いつけて、こんな僻地からさっさと帰る」
「…………」

 とうとう無言で自分の妹にも睨まれるのだが、彼は案の定気づかなかった。そしてツェツィーリアはスカーレットの視線に気づくと、やはり申し訳なさそうにしょげ返るのだが。
 だがスカーレットとしても、さっさと帰ってくれるなら諸手を上げて賛成する所存だった。

(クソガキのお守りなんざ、こっちもさっさと終わらせたいしな。ツェツィーリア様にゃ悪いが、こっちにも我慢の限界ってもんが――)

「第一、お前もお前だ!」
「……はい?」

 と、不意に矛先がスカーレット個人に向いたので、きょとんと首を傾げる。

「お前の話がつまらん! 内容も――その話し方もだ! 取り繕ったような敬語が気色悪くて腹が立つ!!」
「…………」
「ボクにへりくだったってムダだぞ……おいお前、なんだその目は! 文句があるなら何か言ってみたらどうだ!!」
「あーもークソガキが」
「えっ」
「失礼。持病のしゃくが」

 とってつけたように、ついうっかりを言い訳するが。
 実際の所、スカーレットは内心ではもうグツグツだった。

(あーもー無理。マジで無理……そもそも、なんでオレがクソガキのお守りなんかしなきゃいけねえんだ?)

 父ヒルベルトの友人である、ラトール国王陛下の息子ということで一応は我慢していた。
 だがハッキリ言って、ジークフリートはクソガキだった。それも、度を越したクソガキだ。身分を笠に着ており、横暴かつ生意気で、居丈高に振る舞い過ぎている。
 これにへりくだるくらいなら、まだソニアに付き合って女装させられてたほうがマシなくらいスカーレットとは相性が悪い。
 つまるところ、そろそろ殴りたくて仕方がない。

(あーもうやっちまうか。王族だからって、子供同士のケンカなら許されんだろたぶん。親父殿もなーんかラトール陛下殴ったっぽい雰囲気だったし……よし決めた。次何か言ったらぶん殴ろう。よーしやるぞーさーやるぞー)

 秒で決断して拳を固めると、スカーレットはにこやかに微笑んで次の言葉を待ち受ける――
 と。

「わたし……も……」
「ツェツィ?」

 不意に呟かれた声に、ジークフリートが妹の名を呼ぶ。
 だが当のツェツィーリアはジークフリートには反応せず、まっすぐとスカーレット見つめていた。
 どこか不安そうに――だが眼を合わせたまま、言ってくる。

「スカーレット様の、話し方、この前の時のほうが好き……です。言葉遣いは乱暴でも、とても、優しかった、から……」
「……人目がありますから」

 毒気を抜かれる形で、スカーレットはちらと窓のほうを見やった。
 視線の先、馬車の走る速度に合わせて街の景色も流れていく。だが置き去りにされることを拒むように、並走する影もある。
 護衛の騎士だ。特にそのうちの一人――若い男は何が気に食わないのか、時折こちらを睨むような気配を発している。ジークフリート並みか、あるいはそれ以上にこちらのことが気に食わないようだが。
 と、窓の先に見えたものに気づいて、スカーレットは話題を変えた。

「なんて話してる間に、どうやら目的地についたみたいですよ」

 果たしてその通りに、馬車はゆっくりと路肩に停まる。今回御者を務めているジョドスンは、馬の扱いも丁寧に、揺れなく馬車を静止させてみせた。
 同行していた騎士が外から客室の扉を開けると、誰よりも早くジークフリートが外へ飛び出す。そのまま目の前の光景に放心しているが。

(……こういうところがクソガキなんだなー。あーもー)

 数秒ほど半眼を向けてから、スカーレットも後に続いて外へ出た。
 そうして振り返り、まだ車内にいるツェツィーリアに手を差し伸べる。

「ツェツィーリア様、お手を」

 エスコートだ。王家所有の馬車は速度と姿勢を安定させるために、馬車の車輪がやや大きめに設計されている。となれば車高も高くなるため、幼い子供が一人で降りるには少々きつい。

「あ……その……ありがとう、ございます……」

 と、ツェツィーリアはこうしたことに慣れていないのか、不安そうにきょろきょろと辺りを見回した後、おずおずとスカーレットの手を取った。
 スカーレットは微笑むと、ツェツィーリアが転ばぬようサポートに徹する。
 そうしてツェツィーリアは、馬車から跳ぶように降りた――が、着地の際にバランスを崩した。

「――きゃっ」
「おっと」
「スカーレット様――ご、ごめんなさい!」

 慌ててスカーレットは、倒れる前にツェツィーリアの体を受け止めた。軽い体だ。だからこそスカーレットは倒れ込まずに済んだが。
 抱き留めた腕の中で泣きそうな顔をするツェツィーリアに、スカーレットは苦笑と共に、他の人には聞こえないように囁いた。

「気にしなさんな。ケガはねえな?」
「あ……う、えと……はい」
「ならよし」

 前と同じようにざっくばらんな口調で笑うと、ツェツィーリアも嬉しそうな顔をする。本当なら頭でも撫でてやりたいところだったが、それは不敬が過ぎるのでやめておく。
 そうしてツェツィーリアがしっかりと立つのを待ってから、スカーレットはジークフリートのほうを見やった。
 彼は何するでもなく、若い騎士たちと一緒に目的地を見つめていたが。

「……なんだ、ここは?」
「練兵所ですよ。まあ、あくまで表向きは民間の、ですけどね」
「れんぺいじょ?」

 ジークフリートはピンとこなかったらしい。不思議そうに首を傾げているが。
 その場所は、ゾルハチェットの街中の一画にあった――街中ではあるのだが、不思議と目の前には開けた土の大地がある。四方は柵で囲われているが、要は整地されたグラウンドだ。
 そのグラウンドに、今は十数人ほどの子供たちが集まっている。ほとんどは木剣を持った男の子だ。残りは大人で、彼らが子供たちを監督している。
 そしてグラウンドの隅には、そこそこ大きな館――屋内訓練場――がある。どちらかといえば用事はそちらにあるのだが。
 と。

「――ただの子供向けの武術教室だよ。人聞きの悪いことを言わないように」
「……! お下がりください、ジークフリート様!!」

 不意に近くから聞こえてきた声に、最初に反応したのは騎士たちだった。ジークフリートを守るように前に出て、腰に帯びた剣の柄に手を伸ばす。
 ジークフリートとツェツィーリアの反応はそれより遅れたが、素早くはあった。二人ともビックリしたのか飛び上がった後、ジークフリートは騎士の後ろに隠れ、ツェツィーリアはすがるようにスカーレットにしがみつく。

 声は全員の死角から、つまりは馬車の影から放たれたものだった。
 呑気に動き出した馬車の先から姿を現したのは、若い男だ。屋内訓練場のほうへと向かった馬車とは逆に、男はこちらへとやってくる。
 ヒルベルトほどではないが平均を優に超えた長身に、鍛えられた強靭な体。ヒルベルトを熊や獅子に例えるなら、男は豹や猛禽が表現としてはふさわしいだろう。柔和だが、隙がなく、しなやかで、鋭い。そんな印象だ。

 騎士が警戒を続けているのは、その男の接近に全く気付いていなかったからだ。馬車が死角になっていたからといって、数メートルの距離まで近づかれても気づけなかった。それだけに不穏な緊張が漂うが。
 それら全てをあっさり無視して、スカーレットは気軽に手を振った。

「や、カイル兄」
「ああ、よく来たスカーレット。この前ぶり」

 と、男――カイルもまた、スカーレットと同じ気安さで手を掲げてみせた。
 騎士たちの警戒を感じ取っていないわけではないだろうが、毛ほども気にせず続けてくる。

「ケガもないようで何より。お前、聞いたぞ? コムニアの日、ならず者相手に大立ち回りやったんだって?」
「今回ばっかりは仕方なくだよ、ホントに仕方なく。おかげで死にかけたよ、いつもの斧持ってかなかったし」
「そらまあ、コムニアに斧持ってく奴はいないだろうな……ああ、その辺後で聞かせてもらうよ。ちょっと聞きたいことがあってさ」
「あいよ、りょーかい」

 事件の事情聴取とかだろう。調査への協力はやぶさかでないので、気安く応じる。
 と、そこでカイルはジークフリートたちを見やってから、

「ところで……被ってた猫、剥いでよかったのか? お客さんの前だろ?」
「あ、やっべ」

 とは思うが、時すでに遅し。既にこちらの本性を知っているツェツィーリアはともかくとして、明け透けな物言いに騎士たちがポカンとしている――何故か一緒にジークフリートまでポカーンとしていたが。
 が、すぐに忘我から覚める。
 そうしてジークフリートが最初にしたのは、何故かカイルをキッと睨んで、こう質問することだった。

「……お前も、メイスオンリーか?」

 何故そんな質問をしたのか、その意図はさっぱりわからなかったが。
 問われたカイルはふっと笑うと、肩をすくめて否定してみせた。

「いいえ。その縁戚の者です。国境警備隊員、カイル・デュオナックル。以後お見知りおきを」
「……デュオナックル?」
「ええ、はるか昔にメイスオンリーから分かれた分家です。“二撃決殺”のデュオナックル……なんて昔は名乗ってたそうですがね。まあうちの家系、そんな感じで物騒な家名が多いものでして」
「元がチンピラだから今更だよ。本家が本家だし」

 スカーレットが茶々を入れると、カイルもニヤリとノってくる。

「ああ、暴力一辺倒メイスオンリーだもんな。これよりひどいのは早々ない」
「……あるのか? それよりひどいのが」
「“地獄みてえなチンピラヘルローグ”家とかありますよ。戦場での暴れっぷりがひどかったそうで。当人たちはどの辺が地獄だったのか、わからないほど品行方正な一家ですけどね」
「…………」

 どう反応すればいいのか困ったらしく、ジークフリートは無言のままだが。
 そんな少年に人好きのする笑顔を浮かべ、カイルはカラっと微笑んだ。

「ま、事情はさっきジョドスンさんから軽く聞いたんで……何はともあれ、歓迎しますよ。面白いものは特にはありませんけどね」
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