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ローフェル編

身代わり

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 私は便利上、アスベスと名乗り公爵家の護衛の一人に混ざっていた。

 その傍ら、アリスティアやアデライトと家族として過ごしている。だが、アリスティアは私やアデライトと過ごした記憶は翌日には消えていて、孤独な毎日を過ごしていると信じていた。

 もう後一年すればデビュタントで社交界に華々しくデビューできるのだが、容姿の事に加えて記憶がないせいなのか酷く臆病な少女に成長していた。

 髪も態々、赤い色から地味な茶色に変え、分厚い眼鏡を好んでつけていた。

 「堂々としている君は美しいのに、私の前ではその姿を隠さないで欲しい」

 そう言って聞かせると、どうにか私達の前でだけ本当の姿でいてくれる様になっている。

 私は家族との空白の時間を埋めるべく、彼女らとできるだけ過ごすことにする。その傍らで、陛下からの課題である身代わりの様に死んだ男の身元の調査を進めていた。

 町の繁華街で偶然、大きな物音と共に外に置いてあった荷物が崩れて落ちてきた。その音と振動が原因で、私は記憶を取り戻したのだ。

 痛む頭を押さえて蹲った私を護衛達が公爵家に連れて帰った。

 二日ほど寝込んだ私を心配そうにアデライトが覗き込む。

 「あ…ミュゼ、私は一体…」

 その言葉にアデライトは

 「記憶が戻ったのですね。私が誰だか解るのですか?」

 「ああ、でも私は土砂崩れに巻き込まれたはずだ。誰がここへ連れて帰ってくれたのだ」

 「貴方は記憶を無くして隣国で7年も過ごしていたのですよ。帰って来たのは一年前です」

 「そんなに長く留守にいていたのか。色々と心配をかけてすまない。ミュゼ。所で、出かける時に話があると言っていたが、なんの話だったんだい」

 その問いかけにアデライトは暗く沈んだ表情で、子供を流産した事を私に告げたのだった。

 あの時、ちゃんと話を聞いていたらそんな目に遭わせなかったのに。後悔してもどうにもならないが、アデライトに辛い思いをさせてしまった事が悔やまれた。

 それと同時に私の代わりに墓地に眠る男の正体を思い出したのだ。

 「これで、私はローフェルに戻れるな」

 「それは出来ないわ。貴族法は知っているでしょう。貴方は既に7年前に死んでいる事になっている。今更、あれは別人でしたでは通らないわ。それに宗教上の教えに背く事になる」

 私がローフェルの戻れないのには2つ理由があった。

 一つは既に死んでいる事を公爵家が認め、国の機関に書類を提出している事。この国の貴族の法により一度死亡届を出した者は死者として扱われる。それは簡単に覆せばお家騒動になるからだ。しかも、私の時は状況が揃いすぎていた。逆に隣国に逃亡したと勘違いされてもおかしくない。そうなれば犯罪者として投獄される恐れがあるからだ。

 貴族の義務放棄は重罪だった。

 もう一つは、この国の宗教は死者が甦る事を嫌っている。死者が息を吹き返すと不幸を招くと信じられているから。

 そんな理由で私は元の名前を名乗る事を許されなかった。だが、もうそんな事より、生きて再び妻と子供と過ごせている事の喜びが勝っていた。

 一週間程は記憶の混濁があり、記憶喪失だった7年間の記憶が抜け落ちていたが、それも次第に思い出して元の自分に戻れた。

 体調が良くなり、身元不明の身代わりになった男の家族の元に向かったのだ。彼が会いたがっていた娘に会う為に下町の工房を訪ねて行った。

 その男はザイル商会の飾り職人で、隣国に装飾品を持って行った帰り、あの場所で荷馬車の車輪が泥濘に填まってしまったのだ。

 たまたま私達がそこに通りかかった。

 男には妻と二人の娘がいて幼い娘の為にお土産を買って帰る途中の事故。

 誰にも罪はない。運が悪かっただけなのだ。

 私が工房に娘を訪ねて行くと、娘は父の消息など知りたくないと言った。

 父が母と自分達を捨てて、若い女と駆け落ちしたと誰かに吹き込まれたらしい。

 巻き込まれた多くの人の遺体や遺留品が見つかっているのに、自分の父は見つからなかったから。

 それもそのはず、彼はローフェルとして公爵家の墓地に埋葬されているのだから。

 娘は最初は頑なに話を聞くことを拒んだが、次第に心を開いてくれた。

 事情を話すと娘は死んだ父親に涙を流して詫びていた。

 「父さんごめんなさい。私、酷い誤解をしていた。ごめんなさい、ごめんなさい」

 私は彼が娘に渡す筈だった壊れてぼろぼろの人形を彼女に渡した。

 そして、墓地を掘り返して、家族の元に遺体を帰したのだ。彼も10年近く別人となって違う人間の墓地に入っていた。

 全ては偶然で不幸な事故。

 その事故があったから、私はこの娘に出会った。彼女はランナといって、装飾品の飾りに於いては素晴らしい腕の持ち主。

 私とアデライトは彼女にある髪飾りを頼む事にした。そして、彼女の妹アナをアリスティアの侍女として迎え入れたのだ。

 私とアデライトはアリスティアのデビュタントの準備をしていた。

 あの日の出来事は今も目に焼き付いて忘れてはいない。

 
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