2 / 12
涙の学園祭
しおりを挟む──君の花は貰えない……。
あの頃は、彼の口からそんな言葉が紡ぎだされるとは思ってもいなかった……。
この国の結婚は恋愛結婚が多い。しかし、未だに高位貴族と王族だけは政略結婚を強いられている。
それには理由がある。
一番多いのはマナー、教養の問題。
そして、離婚率が多い事。一時の熱に浮かされても最後までその愛を貫く貴族は少ない。
貴族にとって重要なのは血を繋げていくことと信頼関係。
恋愛等という浮かれた感情では補えきれない責務がある。
何代か前に王族にも身分の低い令嬢と結婚した王子がいたが結局上手くいかなかった。
そこで学園は恋愛疑似体験として、学園祭の終わりに告白するイベントを催している。
意中の男性に白い花のコサージュを女性が渡し、男性は受け取るというもの。婚約者同士や恋人同士の場合は男性が持っている赤い花のコサージュを相手の女性に渡すという決まりがある。
制限の多い貴族達のほんのちょっとの遊び心だ。
学園に通う学生の良い思い出となればという趣向で行なわれている行事。だから相手の決まっていない男性・女性共にお互いのコサージュは礼儀としてもらうが、渡さない暗黙のルール。
だが、アディーナは断られた。
嫌な噂が飛び交う中、アディーナはそれを否定して欲しい一心で、カインにコサージュを渡そうとしたのだ。
「君のコサージュは受け取れない」
「どうして?私達付き合っていたでしょう?卒業したら婚約しようと言ってたじゃない。何があったの?説明して!!」
「話すことなどない。君とは終わったんだ。もう僕と拘わらないで欲しい」
「嘘でしょう…私の何がいけなかったの?悪いところは直すわ。だから…」
「何を言っても無駄だ。僕の決心は変わらない。君とはお別れだ」
そう言われ、アディーナは愕然となった。
ふらふらと夢遊病者のように学園祭を楽しんでいる学生の中を彷徨いながら、いつのまにかカインと一緒に過ごしていた天文学の教室に来ていた。
教室には男女の姿があった。
男性はカインで女性はアンネローゼだった。
アンネローゼが嬉しそうに白いコサージュを渡し、カインがそれを受け取った。カインも自分の赤いコサージュを渡し、アンネローゼもそれを受け取ったのだ。二人は熱い抱擁をしていた。
その光景をアディーナは呆然と見ていた。
あの赤いコサージュは私がもらうはずだった。白いコサージュは私が渡すはずだった。なのにどうして…私の何がいけなかったの?デビュタントで出会って、再会した時は嬉しかった。きっとこれは運命の恋なんだとそう思った。カインに相応しい女性になる為に痩せて美しくなる努力もした。でも結局は無駄だったってこと。何もかもどうでもいい…疲れた……。
アディーナは、教室をそっと出て行くと一人で泣ける場所を探していた。
取り壊し予定の旧校舎の地形学の教室に入ると一人の男子生徒が机に腰かけて窓から外を眺めている。
男子生徒はアディーナに気が付くと、
「ここは俺専用の秘密基地だ。勝手に入って来るなよ」
「学園は貴方のものじゃあないわ。それに私がここに来たっていいじゃない」
「ふん、勝手にしろ!なら俺が出て行く」
そう言って、男子生徒は出て行った。
アディーナは窓辺の椅子に座って、お祭りを楽しんでいる景色を見ながら、本当なら自分もあの場所で皆と楽しんでいたはずだった。
どうしてこんな事になったのか分からない。
いつもと同じ様にカインと接していた。変わったのは私なのか彼なのか。
あの子さえ学園に来なければ…。
そんな醜い嫉妬の炎がここの底から湧きあがてくるのをアディーナは抑えられなかった。
今すぐに二人を探して怒鳴り込んでやりたい。
どす黒い感情の渦とほんの少しの理性がアディーナの中でせめぎ合っていた時、教室の扉が開く音がした。
その人物は、私の前に来ると、
「ほらやるよ。お腹空いてないか?食えよ」
ぶっきらぼうに言いながら、携帯ドリンクとサンドウィッチを机の上に置いて、前の席の椅子に座った。
「ありがとう。美味しい」
ほんの一口サンドウィッチを口にした途端、頬を滴が伝うのを感じた。
私…泣いてる…?
「お…おい泣くなよ。俺が泣かせたみたいじゃないか」
「ち…違う。勝手に涙が…ふ…うっく…」
声を押し殺して泣き始めたアディーナを男子生徒はおろおろしながら、なんとか宥めようとした。
「なあ、泣くなよ。何があったんだよ。聞いてやるからさ」
アディーナは、ぽつぽつと自分の事情を話し始めた。
話し終わると、アディーナは何だか心につかえていた物が無くなった様に感じたのだ。
男子生徒は、少し考えるような素振りを見せると、
「なあ、こういうのはどうだ。お前と俺のコサージュを交換して、明日の後夜祭に出るのは、確か後夜祭にはダンスパーティーがあっただろう。その際に『もうあんたのことなど興味が無い』と思わせるんだ。面白いと思わないか」
「でも、そんな事をしたら貴方と噂になるわよ」
「別にかまわない。それに学園を卒業したら、分かれた事にすればいいし、学園にいる間の女避けにもなるから、俺の方にもメリットはある」
アディーナは男子生徒の提案に渋々ながら頷いた。
その日、アディーナは伯母の家に帰ってから中々寝付けなかった。
男子生徒の提案に乗ってしまった事を少し後悔していたからだ。
軽率ではなかったかしら…。あんな提案に乗るなんて、私まで尻軽女に見られるかもしれない。彼にも迷惑がかかるのに…。
アディーナは気付いていなかった。今の彼女の頭の中を支配しているのは、元恋人のカインではなく、見知らぬ男子生徒だという事に……。
翌日、迎えの馬車が到着するとアディーナは更に驚くことになるのだった。
86
あなたにおすすめの小説
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
婚約破棄されましたが気にしません
翔王(とわ)
恋愛
夜会に参加していたらいきなり婚約者のクリフ王太子殿下から婚約破棄を宣言される。
「メロディ、貴様とは婚約破棄をする!!!義妹のミルカをいつも虐げてるらしいじゃないか、そんな事性悪な貴様とは婚約破棄だ!!」
「ミルカを次の婚約者とする!!」
突然のことで反論できず、失意のまま帰宅する。
帰宅すると父に呼ばれ、「婚約破棄されたお前を置いておけないから修道院に行け」と言われ、何もかもが嫌になったメロディは父と義母の前で転移魔法で逃亡した。
魔法を使えることを知らなかった父達は慌てるが、どこ行ったかも分からずじまいだった。
【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜
白崎りか
恋愛
「これは政略結婚だ。おまえを愛することはない」
初めて会った婚約者は、膝の上に女をのせていた。
男爵家の者達はみな、彼女が見えていないふりをする。
どうやら、男爵の愛人が幽霊のふりをして、私に嫌がらせをしているようだ。
「なんだ? まさかまた、幽霊がいるなんて言うんじゃないだろうな?」
私は「うそつき令嬢」と呼ばれている。
幼い頃に「幽霊が見える」と王妃に言ってしまったからだ。
婚約者も、愛人も、召使たちも。みんな私のことが気に入らないのね。
いいわ。最後までこの茶番劇に付き合ってあげる。
だって、私には見えるのだから。
※小説家になろう様にも投稿しています。
君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった
白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる