邪魔者は静かに消えることにした…

春野オカリナ

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何かが起きている

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 エルリックは、アディーナの方に近付き声をかけた。

 「やあ、クリステル侯爵令嬢。今日は一人かい?カインは…」

 エルリックは、態とアディーナに問いかけた。入場から見ていたのだから、今日のエスコートの相手が違っている事は分かっている。しかし、事情をアディーナの口から聞きたかった。

 アディーナは、エルリックとカインが幼馴染だという事は知っている。なのにこんな事を聞いてくるエルリックの考えに疑問を抱いた。

 それにアンネローゼに群がっている男性たちは皆エルリックの友人…。どうして殿下だけがあそこにいないのだろう?最近、王子の公務で忙しくしていたから知らないのだろうか?

 アディーナは首を傾げて不思議に思っていた。

 「いえ、今日は…」
 「今日は俺と一緒なんですよ」

 間髪入れずに隣にいたジルベスターが口を挟む。

 「カインとは…」
 「昨日、別れました」
 「失恋した彼女を慰めて付き合う事になったんです」
 「…そうなのか」

 エルリックの問いにアディーナは静かに頷く。

 偽装交際何だけど言わなくてもいいよね。

 アディーナはそんな事を考えていて、何か物言い気なエルリックの表情に気付かない。

 三人に静かに近寄ってきている人の気配にも気付かなかった。

 「あっ、アディーナさんじゃあないですか?今日は別の男性と来ているんですね。私にも紹介してください」

 話に割り込んできたのはアンネローゼだった。

 会ったこともないのに、アンネローゼは親しげにアディーナに話しかけて来た。

 その隣に立っているカインはアディーナから気まずそうに目線を外した。逆にアンネローゼの方は嬉しそうに熱い視線をエルリックに送っている。

 紹介もされていないのに、エルリックの方に近付いて何かを耳打ちし、一瞬エルリックの表情が強張った。

 とても貴族令嬢のする態度ではない。不敬罪に問われても仕方の行動をエルリックは咎めなかった。それどころか、アンネローゼたちを連れて会場を後にした。
 
 「……やっかいな女だな」

 ジルベスターが何かを口にしたがその小さな呟きは会場の喧騒と共にかき消された。

 本日のホストである生徒会長のエルリックが会場から姿を消した事で、その場は騒然となったが、それも別の人物の登場で直ぐに和やかな雰囲気に包まれる。

 その人物は第二王子エルリックの婚約者で、隣国リンドレン帝国から留学を終えて帰ってきたシャルロット・ヘナーメン公爵令嬢だった。

 彼女の登場でまたダンスが始まると、アディーナはシャルロットに挨拶に向かう。

 「お久しぶりね。クリステル侯爵令嬢。今日は別の素敵な人を連れているのね」
 「こちらに帰られているとは知りませんでした」
 「戻ったのは、一週間程前よ。編入届の事もあったから、学園に顔を出すのは今日が初めてよ」
 「そうなのですね。先ほど殿下は何が聞きたかったのでしょうか?」
 「心配なのよ。貴女とカインは仲が良かったのに一体何があったのかと…」
 「私にも分かりません。突然、別れを告げられましたから…」
 「そう、なら貴女の問題ではなく彼に問題があるという事なのね。そして、どうやらそれはエルリックにも関係しているようね」

 5人が向かった方向を見ながら、シャルロットは呟いた。

 ──彼らに問題・・・・・…。

 それが何を意味するのかアディーナには見当もつかなかった。

 シャルロットは、次々と別の女性徒と会話して言った。

 だが、会話した相手は何故か全て、アンネローゼを取り囲んでいた令息と噂のある女性徒だった。

 何かが起きている。自分の知らない内に何かに巻き込まれているのでは……。

 大きな不安が押し寄せてきて、知らず知らずに自分の両腕を擦っていた。

 「寒いのか?」
 「違うの?何か大変な事に巻き込まれているようで怖くなったのよ」
 「大丈夫だ。何も心配することはない」

 ほんの30分ほどでエルリックたちは会場に戻ってきた。

 そして、シャルロットの方に目配せをして軽く頷いた。

 アディーナがカインを見ると俯いて両手の拳を握りしめている姿が見えた。

 アンネローゼは至極満足そうな顔を見せて、エルリックの腕に縋りついている。

 その光景に会場からまたざわめきが起きる。

 「一体何があったんだ」
 「あの令嬢は殿下の何なんだ」
 「シャルロット様がいらっしゃるのに…」

 様々な憶測や中傷が飛び交う中、アディーナの手をジルベスターが引っ張って会場を後にした。

 「アディーナは拘わらない方がいい」
 「何があったんですか?知っているなら教えて下さい」
 「いや俺にも分からない。でもなんとなく巻き込まれる恐れがある様で心配なんだ」
 「巻き込まれる…?」
 「ああ…彼らは何かを隠している…それも共通の何かだ。だから…」
 「だから…?」

 その先は分からないといったままジルベスターは口を閉ざした。

 馬車の中でも一言も発せず、何か考え事をしているようだった。

 眉間に皺が寄っているわ。

 目の前に座るジルベスターを見つめながら、アディーナは伯母の待つ屋敷に帰って行った。


 
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