7 / 12
約束
しおりを挟む
王都外れの小高い丘に大きなハシバミの木がある。
その木の下に、二人掛けのベンチが置かれていた。誰が見ても職人の手によるものではなく素人が作った物。
少し右斜めに傾いているその歪なベンチに腰を掛けながら、一人の青年は思い出していた。
ほんの半年ぐらい前このベンチを置いた時には、自分の隣にはあの子がいたのに…。
今日、ヘナーメン公爵家のお茶会に自分は呼ばれなかった。
それは仕方がないことだ。今日のお茶会は極秘のもので、アイザックやモーガンらが恋人との関係修復することが目的なのだ。
ダンスパーティーでシャルロットがアディーナをお茶会に誘おうとした時、既に彼女は帰った後だった。
だから、彼女は知らないし、呼ばれない。
今頃、アイザック達は相手の女性に謝罪して拗れた関係の修復が出来たのだろうか?
そんな簡単に赦されるとは思ってもいない。でも、言い訳ぐらいは聞いてくれただろう。
言い訳や謝罪できるだけまだましだ。
自分の場合、その言い訳も謝罪も出来ない…。
カインはアイザック達を羨ましく思った。
何度か秘密に連絡を取ろうにもアディーナの伯母のガードが固くて手紙も返されるし、会わせてもくれない。
それも仕方がない。
アディーナと交際していた事実を彼女の伯母は知らない。
知っているのは父親の侯爵だけ…。
アディーナとの結婚を考えて、付き合い始めたことをクリステル侯爵には内密に手紙で断わりを入れている。しかし、最初から侯爵は良い顔をしなかった。何代も王命で何人もの令嬢令息たちを伴侶に送り込まれていたからだ。
侯爵家が好むような人柄や容姿を調査してまで…。
侯爵もそうだった。仕組まれた相手との愛などまやかしの様に感じているのかもしれない。
それでも夫婦仲はいいと聞いている。きっと今まで沢山の努力をした結果なのだろう。
でも、僕とアディーナの出会いは違う。
本当に偶然だった。
あのデビュタントの日に彼女に出会ったことは誰にも言っていない。
言えば同じように勝手に王家によって仕組まれてしまう。
互いの感情なんて関係が無い政略結婚として…。
僕の中の大切な思い出を大人の政治の道具にされたくなくて、隠してきたのに…学園で彼女に再会した時は嬉しかった。
僕を覚えてくれている事に…。綺麗になった彼女を見てまた胸の高鳴りを覚えた。それでもまだ不安な気持ちにさせられた。
距離が近くなればなるほど…彼女は選ぶ側で、僕は選ばれる側だという事を現実に突き付けられたのは、
『カイン、お前はよくやった。クリステル侯爵令嬢の心を射止めたそうだな。国王陛下から直々にお褒めの言葉を賜った。これからも令嬢の心をしっかりと掴んでおけよ。彼女は大切な存在なのだからな』
『はい…』
兄にしか興味が無い父がかけてくれた言葉は、僕の心を酷くえぐる。
学園で公然と一緒にいれば親密な関係だという事は知られてしまうこてゃ分かっていたはずなのに…。僕は浮かれていた。
彼女との大切な思い出を土足で踏みにじられたような気がした。
このまま、彼女と付き合っていいのだろうか?
僕よりも相応しい相手に出会ったてもアディーナは果たして僕を選んでくれるのだろうか?
段々、不安と猜疑心が心を苛む様になった頃、アンネローゼが僕の前に現れた。
僕は怖かった。あの日父に引きずられるように連れ帰られた時、血を流しながら倒れている少女を置き去りにしておいて、今の今まで思い出しもしなかった自分の醜くさや卑怯な行いを…アディーナに知られたくなかった。
僕は醜くて卑怯な小心者だ。
クリステル侯爵の出した条件もクリアできるかどうかも分からない。
まだ決断もしていない。
あの男…ジルベスターなら侯爵の出した条件を飲めるだろう。
しかし、今の僕には無理だ…。今も親の脛をかじっている。まだまだ認めてもらえないだろう。その上、彼女を傷つけたてしまった。
どんな言い訳も通用しない…。全て自分が蒔いた種なんだ。刈り取るのも自分でするしかない。
『侯爵家のタウンハウスはないだろう?いつの日かここに小さな屋敷を建てて、二人で住もう』
『でも、学園を卒業したら領地に帰らないと…』
「直ぐにって訳ではないだろう?それに王都と侯爵領を一年に一回ぐらい行き来してもいいじゃないか。その方が色々な情報も入ってくるし、何より…その子供が出来たら喜ぶだろうし…』
『ま…まだ気が早いわよ…後何年も先でしょう』
『その何年も先に君の隣に僕が居られたら嬉しいよ』
『そうね。ずっと一緒に満天の星を見ながら、夜のピクニックを楽しみましょう』
『ああ、約束だ』
そう言って、笑いながらベンチを置いた筈なのに…随分と昔の事の様に感じる。今のカインの隣には今はアディーナの姿はない。
自業自得だとは分かっているが、一人虚しく晴れ渡った空に浮かぶ雲を眺めながら、
──一体今の自分に何が出来るだろうか…。
と考えていた。
カインは長期休みにアディーナに会う為、クリステル侯爵領に向かう事にした。
その木の下に、二人掛けのベンチが置かれていた。誰が見ても職人の手によるものではなく素人が作った物。
少し右斜めに傾いているその歪なベンチに腰を掛けながら、一人の青年は思い出していた。
ほんの半年ぐらい前このベンチを置いた時には、自分の隣にはあの子がいたのに…。
今日、ヘナーメン公爵家のお茶会に自分は呼ばれなかった。
それは仕方がないことだ。今日のお茶会は極秘のもので、アイザックやモーガンらが恋人との関係修復することが目的なのだ。
ダンスパーティーでシャルロットがアディーナをお茶会に誘おうとした時、既に彼女は帰った後だった。
だから、彼女は知らないし、呼ばれない。
今頃、アイザック達は相手の女性に謝罪して拗れた関係の修復が出来たのだろうか?
そんな簡単に赦されるとは思ってもいない。でも、言い訳ぐらいは聞いてくれただろう。
言い訳や謝罪できるだけまだましだ。
自分の場合、その言い訳も謝罪も出来ない…。
カインはアイザック達を羨ましく思った。
何度か秘密に連絡を取ろうにもアディーナの伯母のガードが固くて手紙も返されるし、会わせてもくれない。
それも仕方がない。
アディーナと交際していた事実を彼女の伯母は知らない。
知っているのは父親の侯爵だけ…。
アディーナとの結婚を考えて、付き合い始めたことをクリステル侯爵には内密に手紙で断わりを入れている。しかし、最初から侯爵は良い顔をしなかった。何代も王命で何人もの令嬢令息たちを伴侶に送り込まれていたからだ。
侯爵家が好むような人柄や容姿を調査してまで…。
侯爵もそうだった。仕組まれた相手との愛などまやかしの様に感じているのかもしれない。
それでも夫婦仲はいいと聞いている。きっと今まで沢山の努力をした結果なのだろう。
でも、僕とアディーナの出会いは違う。
本当に偶然だった。
あのデビュタントの日に彼女に出会ったことは誰にも言っていない。
言えば同じように勝手に王家によって仕組まれてしまう。
互いの感情なんて関係が無い政略結婚として…。
僕の中の大切な思い出を大人の政治の道具にされたくなくて、隠してきたのに…学園で彼女に再会した時は嬉しかった。
僕を覚えてくれている事に…。綺麗になった彼女を見てまた胸の高鳴りを覚えた。それでもまだ不安な気持ちにさせられた。
距離が近くなればなるほど…彼女は選ぶ側で、僕は選ばれる側だという事を現実に突き付けられたのは、
『カイン、お前はよくやった。クリステル侯爵令嬢の心を射止めたそうだな。国王陛下から直々にお褒めの言葉を賜った。これからも令嬢の心をしっかりと掴んでおけよ。彼女は大切な存在なのだからな』
『はい…』
兄にしか興味が無い父がかけてくれた言葉は、僕の心を酷くえぐる。
学園で公然と一緒にいれば親密な関係だという事は知られてしまうこてゃ分かっていたはずなのに…。僕は浮かれていた。
彼女との大切な思い出を土足で踏みにじられたような気がした。
このまま、彼女と付き合っていいのだろうか?
僕よりも相応しい相手に出会ったてもアディーナは果たして僕を選んでくれるのだろうか?
段々、不安と猜疑心が心を苛む様になった頃、アンネローゼが僕の前に現れた。
僕は怖かった。あの日父に引きずられるように連れ帰られた時、血を流しながら倒れている少女を置き去りにしておいて、今の今まで思い出しもしなかった自分の醜くさや卑怯な行いを…アディーナに知られたくなかった。
僕は醜くて卑怯な小心者だ。
クリステル侯爵の出した条件もクリアできるかどうかも分からない。
まだ決断もしていない。
あの男…ジルベスターなら侯爵の出した条件を飲めるだろう。
しかし、今の僕には無理だ…。今も親の脛をかじっている。まだまだ認めてもらえないだろう。その上、彼女を傷つけたてしまった。
どんな言い訳も通用しない…。全て自分が蒔いた種なんだ。刈り取るのも自分でするしかない。
『侯爵家のタウンハウスはないだろう?いつの日かここに小さな屋敷を建てて、二人で住もう』
『でも、学園を卒業したら領地に帰らないと…』
「直ぐにって訳ではないだろう?それに王都と侯爵領を一年に一回ぐらい行き来してもいいじゃないか。その方が色々な情報も入ってくるし、何より…その子供が出来たら喜ぶだろうし…』
『ま…まだ気が早いわよ…後何年も先でしょう』
『その何年も先に君の隣に僕が居られたら嬉しいよ』
『そうね。ずっと一緒に満天の星を見ながら、夜のピクニックを楽しみましょう』
『ああ、約束だ』
そう言って、笑いながらベンチを置いた筈なのに…随分と昔の事の様に感じる。今のカインの隣には今はアディーナの姿はない。
自業自得だとは分かっているが、一人虚しく晴れ渡った空に浮かぶ雲を眺めながら、
──一体今の自分に何が出来るだろうか…。
と考えていた。
カインは長期休みにアディーナに会う為、クリステル侯爵領に向かう事にした。
64
あなたにおすすめの小説
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
婚約破棄されましたが気にしません
翔王(とわ)
恋愛
夜会に参加していたらいきなり婚約者のクリフ王太子殿下から婚約破棄を宣言される。
「メロディ、貴様とは婚約破棄をする!!!義妹のミルカをいつも虐げてるらしいじゃないか、そんな事性悪な貴様とは婚約破棄だ!!」
「ミルカを次の婚約者とする!!」
突然のことで反論できず、失意のまま帰宅する。
帰宅すると父に呼ばれ、「婚約破棄されたお前を置いておけないから修道院に行け」と言われ、何もかもが嫌になったメロディは父と義母の前で転移魔法で逃亡した。
魔法を使えることを知らなかった父達は慌てるが、どこ行ったかも分からずじまいだった。
【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜
白崎りか
恋愛
「これは政略結婚だ。おまえを愛することはない」
初めて会った婚約者は、膝の上に女をのせていた。
男爵家の者達はみな、彼女が見えていないふりをする。
どうやら、男爵の愛人が幽霊のふりをして、私に嫌がらせをしているようだ。
「なんだ? まさかまた、幽霊がいるなんて言うんじゃないだろうな?」
私は「うそつき令嬢」と呼ばれている。
幼い頃に「幽霊が見える」と王妃に言ってしまったからだ。
婚約者も、愛人も、召使たちも。みんな私のことが気に入らないのね。
いいわ。最後までこの茶番劇に付き合ってあげる。
だって、私には見えるのだから。
※小説家になろう様にも投稿しています。
君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった
白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる