邪魔者は静かに消えることにした…

春野オカリナ

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約束

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 王都外れの小高い丘に大きなハシバミの木がある。

 その木の下に、二人掛けのベンチが置かれていた。誰が見ても職人の手によるものではなく素人が作った物。

 少し右斜めに傾いているその歪なベンチに腰を掛けながら、一人の青年は思い出していた。

 ほんの半年ぐらい前このベンチを置いた時には、自分の隣にはあの子がいたのに…。

 今日、ヘナーメン公爵家のお茶会に自分は呼ばれなかった。

 それは仕方がないことだ。今日のお茶会は極秘のもので、アイザックやモーガンらが恋人との関係修復することが目的なのだ。

 ダンスパーティーでシャルロットがアディーナをお茶会に誘おうとした時、既に彼女は帰った後だった。

 だから、彼女は知らないし、呼ばれない。

 今頃、アイザック達は相手の女性に謝罪して拗れた関係の修復が出来たのだろうか?

 そんな簡単に赦されるとは思ってもいない。でも、言い訳ぐらいは聞いてくれただろう。

 言い訳や謝罪できるだけまだましだ。

 自分の場合、その言い訳も謝罪も出来ない…。

 カインはアイザック達を羨ましく思った。

 何度か秘密に連絡を取ろうにもアディーナの伯母のガードが固くて手紙も返されるし、会わせてもくれない。

 それも仕方がない。

 アディーナと交際していた事実を彼女の伯母は知らない。

 知っているのは父親の侯爵だけ…。

 アディーナとの結婚を考えて、付き合い始めたことをクリステル侯爵には内密に手紙で断わりを入れている。しかし、最初から侯爵は良い顔をしなかった。何代も王命で何人もの令嬢令息たちを伴侶に送り込まれていたからだ。

 侯爵家が好むような人柄や容姿を調査してまで…。

 侯爵もそうだった。仕組まれた相手との愛などまやかしの様に感じているのかもしれない。

 それでも夫婦仲はいいと聞いている。きっと今まで沢山の努力をした結果なのだろう。

 でも、僕とアディーナの出会いは違う。

 本当に偶然だった。
 
 あのデビュタントの日に彼女に出会ったことは誰にも言っていない。

 言えば同じように勝手に王家によって仕組まれてしまう。

 互いの感情なんて関係が無い政略結婚として…。

 僕の中の大切な思い出を大人の政治の道具にされたくなくて、隠してきたのに…学園で彼女に再会した時は嬉しかった。

 僕を覚えてくれている事に…。綺麗になった彼女を見てまた胸の高鳴りを覚えた。それでもまだ不安な気持ちにさせられた。

 距離が近くなればなるほど…彼女は選ぶ側で、僕は選ばれる側だという事を現実に突き付けられたのは、

 『カイン、お前はよくやった。クリステル侯爵令嬢の心を射止めたそうだな。国王陛下から直々にお褒めの言葉を賜った。これからも令嬢の心をしっかりと掴んでおけよ。彼女は大切な存在なのだからな』
 『はい…』

 兄にしか興味が無い父がかけてくれた言葉は、僕の心を酷くえぐる。

 学園で公然と一緒にいれば親密な関係だという事は知られてしまうこてゃ分かっていたはずなのに…。僕は浮かれていた。

 彼女との大切な思い出を土足で踏みにじられたような気がした。

 このまま、彼女と付き合っていいのだろうか?

 僕よりも相応しい相手に出会ったてもアディーナは果たして僕を選んでくれるのだろうか?

 段々、不安と猜疑心が心を苛む様になった頃、アンネローゼが僕の前に現れた。

 僕は怖かった。あの日父に引きずられるように連れ帰られた時、血を流しながら倒れている少女を置き去りにしておいて、今の今まで思い出しもしなかった自分の醜くさや卑怯な行いを…アディーナに知られたくなかった。

 僕は醜くて卑怯な小心者だ。

 クリステル侯爵の出した条件もクリアできるかどうかも分からない。

 まだ決断もしていない。

 あの男…ジルベスターなら侯爵の出した条件を飲めるだろう。

 しかし、今の僕には無理だ…。今も親の脛をかじっている。まだまだ認めてもらえないだろう。その上、彼女を傷つけたてしまった。

 どんな言い訳も通用しない…。全て自分が蒔いた種なんだ。刈り取るのも自分でするしかない。

 『侯爵家のタウンハウスはないだろう?いつの日かここに小さな屋敷を建てて、二人で住もう』
 『でも、学園を卒業したら領地に帰らないと…』
 「直ぐにって訳ではないだろう?それに王都と侯爵領を一年に一回ぐらい行き来してもいいじゃないか。その方が色々な情報も入ってくるし、何より…その子供が出来たら喜ぶだろうし…』
 『ま…まだ気が早いわよ…後何年も先でしょう』
 『その何年も先に君の隣に僕が居られたら嬉しいよ』
 『そうね。ずっと一緒に満天の星を見ながら、夜のピクニックを楽しみましょう』
 『ああ、約束だ』

 そう言って、笑いながらベンチを置いた筈なのに…随分と昔の事の様に感じる。今のカインの隣には今はアディーナの姿はない。

 自業自得だとは分かっているが、一人虚しく晴れ渡った空に浮かぶ雲を眺めながら、

 ──一体今の自分に何が出来るだろうか…。

 と考えていた。

 カインは長期休みにアディーナに会う為、クリステル侯爵領に向かう事にした。
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