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愛しの生真面目君主様 1

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 リロイは、実は、もうずっと不機嫌だった。
 ジョゼフィーネが、ファビアン・ソルローに目をつけられてから起きた出来事に、自分が正しく対処できなかったからだ。
 
 自分の魔術の腕には自信があった。
 さりとて、主の命に従い、ただ動くだけなら「自分でなくてもいい」ということになる。
 かと言って、リスほど頭の回転が良くないのもわかっていた。
 ディーナリアスからの指示をこなしてはいたものの、その意味や全体の筋道は、まったく見えないままだったからだ。
 
 断片的には、わかっていることもある。
 ディーナリアスが、リスに「奥の手」を使うよう頼まなかった理由も、そのひとつだった。
 
 リスは優秀な味方、けれど、宰相であるがゆえに、リス曰くの「オレらの秘密」が露見ろけんする危険性を考える。
 国王が「与える者」ではないだなんて知れば、どれほど民心が揺らぐか。
 だから、頼んだところで、リスは簡単にはうなずかない。
 
 わかっていたから、万が一の状況に備え、あらかじめディーナリアスは、リスに誤認させておく手を打っていた。
 魔術師であるリロイを制するには「奥の手」を使わざるを得ないので。
 
 アントワーヌがロズウェルドに2度目に来た時のことは、後になって、ようやくわかった。
 ジョゼフィーネを抱きかかえ宿から出てきたディーナリアスに指示されている。
 アントワーヌに「看髄かんずい」と「模画かたが」をかけておいたので、写真を回収するようにとのことだった。
 
 看髄は、かけられた相手が見ている者やその周りの景色が見える魔術で、それと模画を連動すると、その人物のいる景色を写真に撮れる。
 これは、リスが「後始末」で有効に使ったらしい。
 
「あー、体が痛え! あー、疲れた!」
 
 リロイの部屋の、リロイのカウチで、だらけているリスを見やる。
 目を細め、嫌な顔をした。
 どうせリスは、自分の機嫌になどおかまいなしだと知っていたけれども。
 
「あなたは頭は良いくせに、間が抜けていますよね」
「るっせえ! ディーンが、あんなに怒るとは思わなかったんだよ!」
 
 ジョゼフィーネの前でぶっ倒れさせられたことが、相当に頭にきたらしく、リロイの主はリスに報復している。
 そのせいで、リスはサビナに「制裁」されただけでなく、ここのところ、ほとんど眠れていないのだ。
 
「ところで、リロイ。オレ、ちょっと気になってんだけどサ。お前、どうやってリフルワンスの商人と仲良くなったんだ? あっちにも、“裏切者”だって思わせてたんだろ?」
「なぜそう思うんです?」
 
 聞くと、リスが軽く肩をすくめた。
 まるで、あたり前とばかりの態度に、イラっとする。
 リスにわかることが、自分にはわからないからだ。
 
「ロズウェルドからリフルワンスの直近の町まで、どのくらいかかると思ってんの? 馬車で丸々2日はかかるんだぜ?」
「だから、なんです?」
「だからあ、ディーンが馬車でリフルワンスまで行くわけねーって話だよ」
「……リス、そういう断片的な話しかたはやめてもらえませんかね」
 
 すぐに「解」を渡さないリスに、イライラする。
 リスにとっては簡単なことなのだと思わせられるのも、非常に嫌な気分だ。
 
「お前さー、魔術で行くのが当然って思ってない?」
「当然でしょう?」
「違う。普通はね、馬車で行くんですヨ。でも、ディーンは魔術を使った」
「当然でしょう? 我が君は魔術が使えるのですから」
「馬車で2日かかるとこを、あっという間に移動したわけですヨ」
 
 本当にイライラする。
 リスの口調から、面白がっているのが丸わかり。
 わざとなのだろうが、リロイには、そんなのは、ちっとも面白くない。
 軽く焦がしてやろうかと、物騒なことを考えたりしている。
 
「転移じゃ、そーいうわけにいかねーだろ?」
「そうですね。転移ですと、何回かに分けて繰り返し移動しなければなりません」
「そーいうこと。距離が長いとそうなる。つまり点門てんもんを使ったってことだ。点門を使ったってことは、あっちに“点”があったわけだろ? その“点”は、誰がいつ作って、ディーンに教えたんだ?」
 
 ここまできて、ようやくリロイにも話が飲み込めた。
 点門は、点と点を繋ぐ魔術だ。
 こちら側にだけ「点」があっても、門は開けない。
 
「オレはオーウェンに調べさせて、リフルワンスのファビアン・ソルローに行き着いてたわけだけど、ソイツ、もういねーよな? ディーンが始末したんだろ?」
「そのようですね」
「オーウェンが調べるのだって苦労したんだぜ? ファビアンって奴も、それなりに警戒してたはずだ。なのに、あっさり始末された。それは、お前がファビアンの居場所を把握してたから。それって懐に入ってなきゃ、無理なんじゃねーの?」
 
 むう…と、顔をしかめる。
 実のところ、リロイは、そういう理屈で動いてはいない。
 ディーナリアスの指示で動いていただけだ。
 
 王宮魔術師の中に裏切者がいるだろうこと。
 その裏切者と繋がっているリフルワンスの者の懐に入ること。
 その者の屋敷の場所を押さえて「点」を作っておくこと。
 一連の動きを、リスに悟らせないこと。
 
 リロイは理屈なしに、ディーナリアスの命に従って、実行をした。
 だから、リスに悟られていないか探りを入れつつも、時々は主の意向について確認していたのだ。
 リロイにはわからなかったから。
 
 なのに、リスは、そのことごとくをうまくかわしている。
 少しも「解」を渡さなかった。
 リスの頭の中にある「解」が、どれほどほしかったことか。
 
 主の命に疑問など持たないリロイだが、主の意向を知った上で動いたほうが、より役に立てるとも思っているのだ。
 
「ていうか、オレの問いに答えろよ」
「どうやって商人と仲良くなったか、でしたね」
 
 リスは頭の中で、すべてを見通す。
 それはリロイの主も同じだった。
 ただ、リスの場合は「身内」を計算に入れていないので、出遅れたりする。
 そこが経験値の差だろうと、リロイは思っていた。
 
 リスの優秀ささえ、ディーナリアスは計算に入れていたのだ。
 リロイが裏切っていると誤認をしたのも、リスの頭が良かったからだと言える。
 こそこそ動いているリロイは、さぞ「裏切者」くさかったに違いない。
 もちろん、そう「読む」ように仕組まれていたわけだけれども。
 
 リロイの主は、すべてを見通し、俯瞰する。
 空のかなたから地表を見るように。
 
「裏切者の王宮魔術師を通じ、あの商人と繋ぎを取りました。信頼させるために、いくつか情報は渡しましたが」
「どうやって裏切者を選別したんだ? そいつらだって警戒はしてただろ?」
「簡単なことです。王宮の全方位で、触言葉さわりことばを使いました」
「は? 全方位? 触言葉ってなんだよ?」
「伝達系の魔術を認識する魔術です。早言葉はやことばなどを使っている者を認識できますが、相手まではわからないのが未熟なところですね。王宮内で使われているのか、外に向かって使われているのかくらいしかわかりませんから」
「しかって……それを全方位……? お前……」
 
 呆れ顔のリスに、リロイは、また嫌な気分になる。
 リロイだって、もう少し「役に立つ」魔術を使えたら、と思ってはいるのだ。
 リスのように頭の回転が速ければ、狙いを絞れたかもしれないけれど。
 
「外に向かって伝達系魔術を使ってる奴……しかも、頻繁に使ってる奴にアタリをつけたってことか」
 
 全部を説明しなくても、リスにはわかっている。
 それが悔しい。
 ディーナリアスに仕える上で、どうしたってリスに頼らざるを得なくなるのも、腹立たしい限りだった。
 
「大雑把過ぎて、呆れるぜ、リロイ」
「あなたに言われたくありません」
「あーあ、聞くんじゃなかった」
「聞いておいて、その言い草は失礼ではありませんか」
「謎は謎のままのほうがいいことって、あるんだなー」
 
 リスには反省が見えない。
 それを理由に、やっぱりちょっと焦がしてやろうか、とリロイは思った。
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