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愛しの生真面目君主様 2

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 ジョゼフィーネは、ちらりと隣に視線を投げる。
 あと半月ほどで婚姻の儀だ。
 不安や緊張はあるが、それ以上に嬉しかった。
 
(本当に……ディーンの、お嫁さんに……なるんだ……)
 
 ふわんと、頬が熱くなる。
 未だに自分なんかでいいのかと思わなくもない。
 が、ディーナリアスが、自分でいいと言ってくれている。
 もっと言えば「ジョゼがいい」と言ってくれているのだ。
 
(が、頑張ろう……勉強して……会話、もっとできるように、頑張る……)
 
 貴族と同じで、正妃にも、いわゆる「専業主婦」としての役目がない。
 家事に準ずることは、侍従や侍女がしてくれる。
 それは彼らの仕事であり、口を差し挟めないところでもあった。
 手出しをすることは、すなわち、彼らの仕事ぶりが気に入らない、と示すようなものだからだ。
 
 前世の記憶にある食事に惹かれたりはする。
 もしかすると、こんな感じのものを作ってほしいと頼めば、作ってもらえる物もあるのかもしれない。
 されど、王宮の食事は、屋敷にいた頃より格段に良くなっていた。
 あれこれと注文をつけるほどの不満はないのだ。
 だから、よほどのことがない限り、お任せすると決めている。
 
「俺の顔に、なにかついておるか?」
「え……?」
「さっきからジョゼは、俺の顔をじっと見ておろう?」
「え、えと……あの……」
 
 2人で、あの「迷宮庭園」を散歩中。
 手を繋いで歩きつつ、ついついディーナリアスの顔を見つめていた。
 手を繋いでいないほうの手で、ディーナリアスが顎にさわっている。
 その仕草に、あれ?と思った。
 
「ディーン、ヒゲ、ないね」
 
 この世界は、前世と、なにかと体質が違う。
 とはいえ、髭は生えるのだ。
 ただし、男性限定であり、女性には生えない。
 女性の場合、顔剃りも必要なかった。
 
「あれは嗜好によるのでな。俺は、好まぬので生えぬのだ」
「し、嗜好……そ、そういうもの、だったんだ」
「ジョゼは、髭が好みか?」
 
 ちょっと考える。
 好みかと問われても、あまりピンとこない。
 そもそも、男性に対しての好みすら、うすぼんやりしていた。
 なにしろ彼女は引きこもりだったので。
 
(あんまり、人の顔、見てなかったかも……テレビは、見てたけど……)
 
 テレビで男性の俳優をカッコいいと思うことはあった。
 だからといって、それが好みかというと、違う気もする。
 ジョゼフィーネには、ものすごく好きな俳優もいなかった。
 むしろ、あまり好きではない雰囲気のほうが明確に言えるくらいだ。
 
「……ディーンなら、似合いそう、だけど……ないのも、いいから……どっちも、カッコいいと思う、よ?」
 
 答えが微妙にズレている。
 ジョゼフィーネに自覚はないが「ディーナリアスが好み」と、言っているようなものだった。
 ディーナリアスは正しく理解したらしい。
 ジョゼフィーネの頭を、軽くぽんぽんとする。
 
「ジョゼは、俺のことを好いておるのだな」
「う……うん……」
 
 ジョゼフィーネは、こくりと、うなずいた。
 恥ずかしくはある。
 それでも事実だし、知られていることだし、否定する理由もないし。
 
 すいっと、ディーナリアスが体をかがめ、ジョゼフィーネの額にキスを落とす。
 心臓が、どきどきと鼓動を速めた。
 キスもなのだが、ディーナリアスの顔が近づくと、どきどきするのだ。
 好みかはさておき、彼をカッコいいと、いつも思う。
 
「俺は、お前のそういうところが愛しい」
 
 微笑むディーナリアスに、さらに心拍数が上がった。
 そういうところ、については、理解が及ばなかったけれど、それはともかく。
 
(あばたも、えくぼ? たで食う虫も、好き好き、って言うのかな……ディーン、変わってる、よね……)
 
 そんなふうに考えつつ、ディーナリアスの好みに引っ掛かっているなら、それでかまわない、と思えた。
 以前の彼女に比べると「どうせ」の数は、ずいぶんと減っている。
 ディーナリアスの言葉を前向きに捉えられるようにもなっていた。
 いつか彼が、えくぼではなく痘痕あばただと気づいたらどうしよう、とは、もう思わない。
 
 ちょっぴり気恥ずかしくて、えへへと小さく笑う。
 好きな人がいて、相手からも同じ気持ちを返してもらえるのが嬉しかった。
 
「俺の嫁は、本当に愛らしいな」
 
 思えば、彼とは14も歳に差がある。
 見た目が30歳に見えないので気にならなかったが、実際、生きてきた年数には、それだけの差があるのだ。
 ディーナリアスは初めて会った時から優しくしてくれている。
 年下だから甘やかしてくれているのかもしれない。
 
 この半年は、それでもよかった。
 世の中は怖いことばかりで、外を向く余裕なんてなかったからだ。
 部屋に引きこもっていたい気持ちのほうが強かった。
 
 けれど、これからは、そうはいかない。
 ジョゼフィーネ自身が「なにかしたい」と思っている。
 ディーナリアスに甘やかされるだけではなく、ちゃんと必要とされるようになりたいのだ。
 
 誰から認められなくてもいい。
 単純に、ディーナリアスを喜ばせたいと思う。
 そうでなくとも、ディーナリアスは、よく褒めてくれるのだから。
 
(王宮、王族……知らないこと、たくさんあるし、まずは勉強して……ダンスも、もっとうまく、なりたいな……)
 
 やらなくてはならないこと、というより、やりたいことがいくつも見つかる。
 意識しているわけではないが、この先のディーナリアスとの人生を、より豊かにしたいがためだった。
 無理なことや、できないこともあるだろうけれども。
 
(やってみないと、だよね……やらなきゃ……ゼロだもん……)
 
 満足できるほどの結果が得られないとしても、ゼロよりはマシに違いない。
 そう思える。
 
「ディーン……私ね……ずっと、ディーンと一緒が、いいな……」
 
 足を止め、ディーナリアスがジョゼフィーネを抱き寄せた。
 手で、頬を撫でてくる。
 
「一緒に決まっておろう。お前は、俺の嫁なのだぞ」
 
 その言葉を疑うことはない。
 婚姻の儀はまだ先だけれど、誓うように、ディーナリアスの唇が落ちてくる。
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