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第1章 中洲ダンジョン

39話 人がいない

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 結局金属バットは使わなかった。
 転移して部屋に戻ると、フィギュアの3人組は、ベッドで寝ていたマキノコと遊びだした。

 靴を脱いでいると、俺に抱きついたまま転移した七瀬さんが、突然再起動した。

『うわっ!? ここ安西先輩のお家ですか~!? あっ!? このパソコンわたしのと同じ!! ちょっとさわっていいですか?』
「ダメに決まってるだろ! あと念話はもう話さなくてもいいぞ」
『念話?』

 首を傾げる七瀬さん。もしかして念話を使っている事に、気付いていなかったのだろうか?

「真一? ナナイロちゃんとツバキちゃんも、急にいなくなって心配したのよ?」

 かあさんの声だ。部屋のドアがそろそろと開かれていく。

「かあさん、ごめん。ちょっと出てた」
「んまっ!! 朴念仁《ぼくねんじん》の真一が、女の子を連れ込んでるわ!! 彼女いない歴17年の真一に、こんなにかわいい彼女が出来たのねえ!!」
「は? ちょっと、なんか勘違いしてない?」

 かあさんは俺の話も聞かず「お赤飯を温めなきゃ~」と言って、リビングへ行ってしまった。
 俺は黙って外出した事を謝りたかったのに。
 あと赤飯ってなんだよ? 缶詰の赤飯だと思うけど。

「ごめんな、七瀬さん。うちのかあさん、ちょっとせっかちでさ」

 七瀬さんは正座をして、真っ赤な顔でモジモジしている。
 彼女って言われて、こうなったのかもしれないが、そんなことより、こっちの3人に聞かなければいけない事がある。

「ナナイロ、ツバキ、サクラ、いくつか聞きたい事があるんだけど、いい?」
『『『は~い。なあにシンイチ』』』
「念話は使わなくていいぞ。それと、これは今気付いたんだけど、話すときに、そうやってシンクロするのは何で?」
「「「3人とも繋がってるから~」」」
「ふむ。前に言ってたやつね。と言う事は、エスメラルダのナナイロとツバキは、ここに居る3人とも情報を共有してるって事?」
「「「そうだよ~」」」
「なるほどな……んじゃ、本題なんだけど、この街の人が減っている原因は分かる? たぶん魔物のせいだと思うけど」

 七瀬さんの事もあるので、少し小さめの声で話してみた。チラ見してみると、七瀬さんは、まだ真っ赤な顔で上機嫌なので、聞いていないかもしれない。
 心の中で胸をなで下ろしつつ、俺は3人のフィギュアに向き直る。
 するとサクラが話し出した。

「んとね、天神《てんじん》ダンジョンと、百道《ももち》ダンジョンに、犬の魔物がたくさん居るんだって~」
「……天神《てんじん》と百道《ももち》? それ、俺が知ってる地名なら、さっき居た中洲《なかす》ダンジョンから近いな。そこの魔物が人を喰ってるのなら、この辺りに人が少ないのも筋が通る。でも、サクラはその話をどこで?」
「わたしのダンジョンに入ってくる、人間の会話をこっそり聞いてたの~」
「わかった。んじゃ、その魔物たちは、今どこに居るのか分かる?」
「わかんない~、この世界は魔素があるから、濃い場所には魔物もダンジョンコアも湧くよ~」
「あれ? ちょっと待って。地球に、魔素があるのなら……」

 そう考えて気付く。俺の身体が、魔素を魔力に変換している事を。
 俺がダンジョンになっている事は、受け入れた。しかし、感覚的なものが、今までと変わらないので、忘れがちなのは否めない。
 まさかとは思うけど、物語に出てくる妖怪や化け物が、実話でしたって事になるのかな?
 ナナイロに聞いてみよう。

「なあ、地下にある竜脈が魔素を放出してるって、前に言ってたよね」
「そうだよ~、ここの地下にも太い竜脈があるよ~」
「そっか、つまりダンジョンコアが、この辺りの魔素を吸って、魔力を作ってるんだな」
「そのと~り~」

 元々地球に魔物がいたり、ダンジョンがあった可能性は残るが、魔力があるのは、中洲《なかす》や天神《てんじん》に百道《ももち》といった場所に、ドールの子供たちがダンジョンコアを転移させたからだろう。

「あっ!?」
「「「どうしたの~?」」」

 SNSの画像で転移したのは、あのバスだけでは無いのかもしれない。
 となると、スマホであの画像を見ていた人たちが、大勢転移していることになる。

「ナナイロ、この磁器符の図柄と同じなら、スマホ別の画像でもでエスメラルダに転移出来る?」
「スマホ? それなに~? でもね、紙に描いても転移出来るよ~。そこそこの魔力が必要だけど~」

 俺が乗っていたバスは満車に近かったな。

「そこそこの魔力。つまり、ある程度の人数が必要って事か」
「そうだよ~、あの魔法陣は、近くの人の魔力を吸い取ってでも転移するやつなの~」

 となると、バスに乗っていた人たちの魔力を使って、俺たちはエスメラルダに転移したことになる。
 つまり、魔素だけでは無く、魔力が元々地球にあった?
 そうなると、魔素を魔力に変換するダンジョンコア、魔素から生まれる魔物も、元々地球に居たことになる。
 地球上の、神話や昔話が、現実だという可能性が、かなり高くなった。

「ナナイロ、俺が同郷の人たちを埋葬したのは覚えてるよね?」
「うん~。ちゃんと毎日お墓参りに行ってるよ~」
「ああ、ありがと。それでさ、終端の森に、他に転移してきてた人は居なかった?」
「う~ん、地上のことはよく分からない~」

 そういえばそうだった。

「それじゃあ、3人に聞きたいんだけど、この転移魔法陣は、行先が決まってるの?」
「「「この磁器符は、地球とエスメラルダで、座標が固定されてるよ~」」」
「んじゃスマホの画像……じゃなくて。例えば、磁器符と同じ転移魔法陣を、紙に描いて使うと、エスメラルダのどこかに転移出来るんだよね?」
「「「そだよ~」」」

 ということは、バスが転移した場所には、地球から転移してきた人たちが、大勢居たはずだ。しかしあの場所には、バスに乗っていた人たちしか居なかった。
 そうなると、俺が乗っていたバスだけが、別の場所に転移したことになる。

 かあさん、涼音と父さんが、エスメラルダにいる可能性が出てきたぞ。

「安西先輩!」
「うおっ!?」

 俺の背後から、七瀬さんが抱きついてきた。

「その転移について、詳しく教えて下さい!!」
「あ、ああ。聞いていたんだね」
「私の両親は、地下鉄ごと消えたんです!!」
「えっ?」
「ニュースが出てたんです! 世界中で人が消えてるって!」
「……」
「でも、すぐ停電になっちゃって、わたし、ママとパパに連絡したんですけど、もう繋がらなくなって」
「……なるほど」
「わたし地下鉄の線路まで調べたんですよ? でも!!」

 七瀬さんは泣き出してしまった。
 彼女は、両親が乗った地下鉄を探しに行って、それでも見つからなかったのだろう。
 俺がバスで転移したのは、朝の混む時間帯だ。
 つまり、人が集まる乗物などで、SNSのあの画像を見た人たちがトリガーになり、転移してしまったのだ。

「七瀬さん、俺たちの話を聞いてたのなら、何となく解ると思うんだけど」
「解ります!! わたしはエスメラルダに、ママとパパを探しに行くんです」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「先輩が持ってる、磁器符というやつで転移出来るんですよね?」
「そうだけど、ちょっと話を聞いて?」
「はい!!」
「あと、当たってるから離れて」
「嫌です!!」
「……」
「怒った顔が見たいですけど、ここからじゃ見えません!!」
「だから離れればいいでしょ?」
「い~や~です!!」
「はあ……んじゃ、そのままでいいや」

 今泣いた烏《カラス》がもう笑う、とはこの事だろう。やはりこの子は絶妙に鬱陶しい。

「はっきり言っておく。俺は通学中のバスで、エスメラルダに転移したんだけど、乗客はみんな死んでしまった」
「えっ!?」
「まあ、転移した場所が、良くなかったとは思うけど、他に地球から転移している人たちが、生きているとは限らないんだ」
「それでも――それでも、わたしは行きます!!」

 ナナイロたちを見てみると、3人とも大きくうなずいている。
 こいつら他人事だと思って、軽く考えてるんじゃ無いだろうな。
 簡単に人が死ぬ世界だぞ?

「でも、転移するにしても、結構な魔力が必要になるから、無理だと思うよ?」
「わたしが手伝うよ~」

 そう言って、サクラが七瀬さんの肩に飛び乗った。

「えっ!? サクラちゃん?」
「わたしはずっと見てたの。コトハ琴葉のことを」
「ええっ!! もしかして地下鉄の線路のこと?」
「そうだよ~」

 何があったのか知らないが、サクラが七瀬さんに懐いて、自ら手伝うというのなら、それはそれでいいのだろう。
 七瀬さんは、サクラを見て話しを続ける。

「サクラちゃん、わたし、今日は安西先輩のおうちに泊まって、明日、エスメラルダに行くつもりなの! またこっちに帰ってこれるよね?」
「大丈夫だよ、コトハちゃん。えっと磁器符は~」

 サクラがナナイロを見る。

「じゃーん! 磁器符を複製したのだ~!」
「おいおい、バックアップ体制が整ってんな! というか七瀬さん、危ないから――」

 あんな世界に行くなんて、止めるべきだ。
 しかし、七瀬さんは、両親を捜しにエスメラルダへ行く、と言っているのだ。

「――ゆっくりしてってね」

 俺はそう言うしかなかった。
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