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第2章 キングスロード
43話 風の精霊
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冒険者ギルドから出ると、馬6頭で引く大型の幌付き馬車が2台用意されていた。
急な話だったと思うのだが、さすが冒険者ギルドだ。
大急ぎで、職員たちがそれに、水や食料を積み込んでいる。
ふと見ると、かあさんと七瀬さんが、少し離れた場所で俺を見ていた。
2人とも心配そうな顔をしているけど、大ぴらに話せない事もあるし、念話で話しておこう。
『かあさん、七瀬さん、俺はしばらく帰れなくなったけど、ちゃんとナナイロたちの言う事を聞くんだよ?』
『ほんと大丈夫なの?』
『私も心配です~、安西先輩、ちゃんと帰ってきて下さいね』
『いざって時は転移して帰るから心配無用』
この2人は、エスメラルダに来たばかりなのに、まるで動じていない。
俺の心配をしている場合じゃ無いのにな。
そう考えていると、2人ともナナイロ達に念話を飛ばし始めた。
『ナナイロちゃんたち、真一を頼むわよ!』
『安西先輩を、よろしくね!』
『『『は~い!』』』
どう言う訳なのか、ナナイロ、ツバキ、サクラの3人は、俺と一緒に王都へ向かうそうだ。
肩の上で、宇宙服に着替えているので、今のうちに聞いておこう。
『ナナイロは、何で俺についてくるんだ?』
『お外楽しいし、ダンジョンを広げる事が出来るし、いいことずくめ~』
『……ダンジョンを広げるか。意外と野心もあるんだな』
『えへへ~』
『ツバキとサクラも同じなの?』
『そうだよ~!』
まあ、悪い事しなければいいのか。
俺はフィギュアたちと、まったりと会話をしていたのだが、騎士の人たちは、かなり急いでいるようだ。俺やアビゲイルさんたちが、馬車に乗り込むと、すぐに出発となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マイヤーを出て2時間。
畑を抜け、草原を抜け、現在は森の中。馬車が走る街道は王の道。
キングスロードという、大層な名前が付いていた。
そして、これをこのまま北上していけば、リンデンバーグの王都に到着できるのだ。
キングスロードには、馬の休憩所がいたる所に設置されており、夕方になると、ちょうど宿場村に到着するように、計算されて作られている。
ナナイロ、ツバキ、サクラは宇宙服を着て俺の肩の上に乗っている。
先頭の馬車に、騎士たちが乗っており、俺たちは後ろだ。
「また止まったにゃ」
「何度魔物に出くわすんだよ」
リリさんとアビゲイルさんは、少しウンザリとした顔で言う
それもそのはず、魔物からの襲撃は、すでに10回を超えているのだ。
俺は先日、北上している魔物の数を、かなり減らしたはずだが、ダドリーとポートンの、横断城壁は壊れたままであった。
現在、壊滅した街の奪還作戦を、マイヤー、ダドリー、ポートンのクランが合同で行っているのだが、まだ時間がかかりそうだと聞いている。
つまり、そこから魔物が侵入してきているのだ。
平時であれば、ここは商人たちの馬車がたくさん通行している街道なのだが、今は1台も見かけない。
「アビゲイル、このペースだと、お昼に到着する休憩所に間に合わないわ」
エマさんは、そう言うけど、俺はここがどこなのかさっぱりだ。
ただ、エマさんたちは、元々リンデンバーグ王国の冒険者なので、ここがどの辺なのか分かるのだろう。
「おい冒険者、ゴブリンが1体後ろに抜けた。任せるぞ!」
騎士のデビッドがそう言ってくる。
これはちょっとまずいかもしれない。
襲ってきているのは、終端の森に生息している、Aランクの強いゴブリンで、ここにいる10体以上の数になると、災害級の脅威度がある一団なのだ。
「――《サンダームーブ》」
しかし、馬車を飛び降りたリリさんが、スキルを使って、あっという間に、そのゴブリンを倒してしまった。
「1体倒しても意味がないにゃ~。全部任せてくれたらいいにゃ~」
「これじゃあ進めないわね」
リリさんとエマさんがそう言う。
実は、今戦っている騎士様が、意外と弱かったのだ。
怪我こそしてないが、ゴブリンを倒す速度が遅すぎて、中々先に進めないのである。
俺も「マイヤーの人たちと比べるとなあ」と、思わず口に出してしまうと、アビゲイルさんが、俺にこっそり教えてくれた。
「マイヤーから南は、異常に魔素が濃いんだ。だから、あの辺りの魔物が強いのは当たり前だ。北の国々の魔素はそこまで濃くないし、そこの魔物を相手にしてる冒険者や騎士たちは、そんなに強くないんだ」
「なるほど」
かと言って、アビゲイルさんたちが、前に出て戦おうとすると「邪魔になるから下がっていろ」と言われてしまうのだ。
「こりゃ10日で、王都に到着するのは無理っぽいですね」
「そう言うな、シンイチ」
大人なアビゲイルさんが、そう言ってくる。
身分がどうとかは知らないし、口だけ番長というのは扱いづらい。
第3騎士団の3人は、長い時間をかけ、へとへとになりつつ、どうにかこうにか、Aランクのゴブリンを、全滅させる事が出来た。
「出発するぞ」
それが悔しいのだろうか、第3騎士団の団長、キースは、疲れている素振りを見せないように、痩せ我慢をしながら馬車を前に進めだした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう夕方にゃ!」
「しーっ、聞こえるわよリリ!」
「まあ、食料は、倍の量が積み込んであったし、大丈夫だろ」
俺を除いた冒険者3名が、そんな事を言っている。
現在、お昼に休憩する予定の場所に、夕方になってようやく到着したところだ。
あの後、何度もゴブリンの襲撃を受け、こんな時間になってしまった。
つまり、今日はここで夜営となる。
マイヤーでは、ダンジョン産の光石が使われており、夜でも明るかったのだが、街道に関しては、そういったものが整備されていなかった。
まあ、暗くなる前に、宿場村に到着するので、元々想定され無かったのだろう。
「広いなあ。俺たちしか居ないから、余計に広く見えるのかもしれないけど」
「シンイチくんも、余計な事は言わない」
エマさんはそう言うけど、休憩所にいるのは俺たちだけだ。
ここは、きれいにならされた陸上競技場くらいの広さがあり、雑草すら生えていない。
馬車を引く馬12頭は、ここにある水飲み場へ連れて行かれ、俺たちはこれから魔除けの香を焚くのだ。
「……うん?」
「何見てるにゃ?」
街道の先の森の上に、何かが透けて見えている。
完全に透明ではないので、俺はそれを見ているのだが、リリさんには見えてないようだ。
『ナナイロ、あれなに?』
『あれは風の精霊だよ~』
『ふ~ん、でかいんだな』
正確には分からないが、高さ50メートルは超えていそうだ。
ゆっくりと歩くそれは、夕日を跳ね返し、キラキラと光りながら、俺たちの近くで立ち止まった。
そしてそいつは、また歩き出し、立ち止まっては振り返る。そんな行動を取りだした。
「なんだろ? 付いてこい、って言いたいのかな?」
「何かいるにゃ?」
「ああ、いや風の精霊が居るみたいです」
「シンイチは、精霊が見えるにゃ!?」
「シンイチくん、何かのスキルで見てるの?」
「おいおい、そうやって聞き出そうとするな。2人とも、冒険者のマナーを忘れるんじゃない」
黙っていた方がよかったのかな。リリさんとエマさんが、アビゲイルさんに窘《たしな》められている。
そもそもこれは、俺の閾下知覚や、ダンジョン化の影響があると思う。
3人とも俺が見ている方向に顔を向けているが、風の精霊は見えていないようだ。特に何かしてくる様子でも無いし、あのまま行かせてあげればよかったかな。
ただ、こっちに付いてこい、とでも言いたげな、あの行動は何なのだろう。
『行っても平気かな?』
『う~ん、平気だと思うよ~』
『『わたし、風の精霊って初めて見た~』』
ナナイロは、終端の森で見た事がありそうだが、ツバキとサクラは、知らなかったようだ。
「ちょっと、あっちを見てきます」
アビゲイルさんたち3人にそう言って、風の精霊が居る方に向かおうとすると、騎士団長のキースに声をかけられた。
「脱走はしないと思うが、俺も同行しよう」
疲れた顔で、そんな事を言ってくる。
ダンディーなイケオジが台無しだ。
「はい」
俺はキースと2人で、森の中へ入っていく。
低木をかき分け、しばらく進むと、森が開けた。そこには木が生えておらず、円形の広場があった。
「これ、なんでしょう?」
「シンイチ、あれが見えぬか」
キースが指差しているのは、生い茂った草。
そこをよく見ると、赤黒い線が見える。
「血ですか?」
「そうだ。これは魔法陣だ。ここで暴食の禁呪が使われている」
キースはそう言うが早いか、赤の信号弾を打ち上げた。
急な話だったと思うのだが、さすが冒険者ギルドだ。
大急ぎで、職員たちがそれに、水や食料を積み込んでいる。
ふと見ると、かあさんと七瀬さんが、少し離れた場所で俺を見ていた。
2人とも心配そうな顔をしているけど、大ぴらに話せない事もあるし、念話で話しておこう。
『かあさん、七瀬さん、俺はしばらく帰れなくなったけど、ちゃんとナナイロたちの言う事を聞くんだよ?』
『ほんと大丈夫なの?』
『私も心配です~、安西先輩、ちゃんと帰ってきて下さいね』
『いざって時は転移して帰るから心配無用』
この2人は、エスメラルダに来たばかりなのに、まるで動じていない。
俺の心配をしている場合じゃ無いのにな。
そう考えていると、2人ともナナイロ達に念話を飛ばし始めた。
『ナナイロちゃんたち、真一を頼むわよ!』
『安西先輩を、よろしくね!』
『『『は~い!』』』
どう言う訳なのか、ナナイロ、ツバキ、サクラの3人は、俺と一緒に王都へ向かうそうだ。
肩の上で、宇宙服に着替えているので、今のうちに聞いておこう。
『ナナイロは、何で俺についてくるんだ?』
『お外楽しいし、ダンジョンを広げる事が出来るし、いいことずくめ~』
『……ダンジョンを広げるか。意外と野心もあるんだな』
『えへへ~』
『ツバキとサクラも同じなの?』
『そうだよ~!』
まあ、悪い事しなければいいのか。
俺はフィギュアたちと、まったりと会話をしていたのだが、騎士の人たちは、かなり急いでいるようだ。俺やアビゲイルさんたちが、馬車に乗り込むと、すぐに出発となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マイヤーを出て2時間。
畑を抜け、草原を抜け、現在は森の中。馬車が走る街道は王の道。
キングスロードという、大層な名前が付いていた。
そして、これをこのまま北上していけば、リンデンバーグの王都に到着できるのだ。
キングスロードには、馬の休憩所がいたる所に設置されており、夕方になると、ちょうど宿場村に到着するように、計算されて作られている。
ナナイロ、ツバキ、サクラは宇宙服を着て俺の肩の上に乗っている。
先頭の馬車に、騎士たちが乗っており、俺たちは後ろだ。
「また止まったにゃ」
「何度魔物に出くわすんだよ」
リリさんとアビゲイルさんは、少しウンザリとした顔で言う
それもそのはず、魔物からの襲撃は、すでに10回を超えているのだ。
俺は先日、北上している魔物の数を、かなり減らしたはずだが、ダドリーとポートンの、横断城壁は壊れたままであった。
現在、壊滅した街の奪還作戦を、マイヤー、ダドリー、ポートンのクランが合同で行っているのだが、まだ時間がかかりそうだと聞いている。
つまり、そこから魔物が侵入してきているのだ。
平時であれば、ここは商人たちの馬車がたくさん通行している街道なのだが、今は1台も見かけない。
「アビゲイル、このペースだと、お昼に到着する休憩所に間に合わないわ」
エマさんは、そう言うけど、俺はここがどこなのかさっぱりだ。
ただ、エマさんたちは、元々リンデンバーグ王国の冒険者なので、ここがどの辺なのか分かるのだろう。
「おい冒険者、ゴブリンが1体後ろに抜けた。任せるぞ!」
騎士のデビッドがそう言ってくる。
これはちょっとまずいかもしれない。
襲ってきているのは、終端の森に生息している、Aランクの強いゴブリンで、ここにいる10体以上の数になると、災害級の脅威度がある一団なのだ。
「――《サンダームーブ》」
しかし、馬車を飛び降りたリリさんが、スキルを使って、あっという間に、そのゴブリンを倒してしまった。
「1体倒しても意味がないにゃ~。全部任せてくれたらいいにゃ~」
「これじゃあ進めないわね」
リリさんとエマさんがそう言う。
実は、今戦っている騎士様が、意外と弱かったのだ。
怪我こそしてないが、ゴブリンを倒す速度が遅すぎて、中々先に進めないのである。
俺も「マイヤーの人たちと比べるとなあ」と、思わず口に出してしまうと、アビゲイルさんが、俺にこっそり教えてくれた。
「マイヤーから南は、異常に魔素が濃いんだ。だから、あの辺りの魔物が強いのは当たり前だ。北の国々の魔素はそこまで濃くないし、そこの魔物を相手にしてる冒険者や騎士たちは、そんなに強くないんだ」
「なるほど」
かと言って、アビゲイルさんたちが、前に出て戦おうとすると「邪魔になるから下がっていろ」と言われてしまうのだ。
「こりゃ10日で、王都に到着するのは無理っぽいですね」
「そう言うな、シンイチ」
大人なアビゲイルさんが、そう言ってくる。
身分がどうとかは知らないし、口だけ番長というのは扱いづらい。
第3騎士団の3人は、長い時間をかけ、へとへとになりつつ、どうにかこうにか、Aランクのゴブリンを、全滅させる事が出来た。
「出発するぞ」
それが悔しいのだろうか、第3騎士団の団長、キースは、疲れている素振りを見せないように、痩せ我慢をしながら馬車を前に進めだした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう夕方にゃ!」
「しーっ、聞こえるわよリリ!」
「まあ、食料は、倍の量が積み込んであったし、大丈夫だろ」
俺を除いた冒険者3名が、そんな事を言っている。
現在、お昼に休憩する予定の場所に、夕方になってようやく到着したところだ。
あの後、何度もゴブリンの襲撃を受け、こんな時間になってしまった。
つまり、今日はここで夜営となる。
マイヤーでは、ダンジョン産の光石が使われており、夜でも明るかったのだが、街道に関しては、そういったものが整備されていなかった。
まあ、暗くなる前に、宿場村に到着するので、元々想定され無かったのだろう。
「広いなあ。俺たちしか居ないから、余計に広く見えるのかもしれないけど」
「シンイチくんも、余計な事は言わない」
エマさんはそう言うけど、休憩所にいるのは俺たちだけだ。
ここは、きれいにならされた陸上競技場くらいの広さがあり、雑草すら生えていない。
馬車を引く馬12頭は、ここにある水飲み場へ連れて行かれ、俺たちはこれから魔除けの香を焚くのだ。
「……うん?」
「何見てるにゃ?」
街道の先の森の上に、何かが透けて見えている。
完全に透明ではないので、俺はそれを見ているのだが、リリさんには見えてないようだ。
『ナナイロ、あれなに?』
『あれは風の精霊だよ~』
『ふ~ん、でかいんだな』
正確には分からないが、高さ50メートルは超えていそうだ。
ゆっくりと歩くそれは、夕日を跳ね返し、キラキラと光りながら、俺たちの近くで立ち止まった。
そしてそいつは、また歩き出し、立ち止まっては振り返る。そんな行動を取りだした。
「なんだろ? 付いてこい、って言いたいのかな?」
「何かいるにゃ?」
「ああ、いや風の精霊が居るみたいです」
「シンイチは、精霊が見えるにゃ!?」
「シンイチくん、何かのスキルで見てるの?」
「おいおい、そうやって聞き出そうとするな。2人とも、冒険者のマナーを忘れるんじゃない」
黙っていた方がよかったのかな。リリさんとエマさんが、アビゲイルさんに窘《たしな》められている。
そもそもこれは、俺の閾下知覚や、ダンジョン化の影響があると思う。
3人とも俺が見ている方向に顔を向けているが、風の精霊は見えていないようだ。特に何かしてくる様子でも無いし、あのまま行かせてあげればよかったかな。
ただ、こっちに付いてこい、とでも言いたげな、あの行動は何なのだろう。
『行っても平気かな?』
『う~ん、平気だと思うよ~』
『『わたし、風の精霊って初めて見た~』』
ナナイロは、終端の森で見た事がありそうだが、ツバキとサクラは、知らなかったようだ。
「ちょっと、あっちを見てきます」
アビゲイルさんたち3人にそう言って、風の精霊が居る方に向かおうとすると、騎士団長のキースに声をかけられた。
「脱走はしないと思うが、俺も同行しよう」
疲れた顔で、そんな事を言ってくる。
ダンディーなイケオジが台無しだ。
「はい」
俺はキースと2人で、森の中へ入っていく。
低木をかき分け、しばらく進むと、森が開けた。そこには木が生えておらず、円形の広場があった。
「これ、なんでしょう?」
「シンイチ、あれが見えぬか」
キースが指差しているのは、生い茂った草。
そこをよく見ると、赤黒い線が見える。
「血ですか?」
「そうだ。これは魔法陣だ。ここで暴食の禁呪が使われている」
キースはそう言うが早いか、赤の信号弾を打ち上げた。
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