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3 ノアールの想い 挿絵あり
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かたんかたんと微かな音を響かせながら、列車は夜の闇の中を走り続ける。
膝の上を枕にして眠るセチアを起こさないように気をつけながら、ノアールはそっと柔らかな金の髪を撫でた。両耳の横を彩る星のような形をした赤い髪飾りは、彼女の名前にちなんだ植物のデザインで、以前にノアールが贈ったものだ。他にもたくさんの髪飾りを持っているのに、こうして毎日身につけてくれることが、嬉しくてたまらない。顔にも、口にも出したことはないけれど。
彼女に自覚はないだろうけど、こうしてセチアに触れるだけで、ノアールはいつだって癒されている。
とある事情により呪いを受けた左目は色を失って、少しずつノアールの身体を蝕んでいた。傷跡を気味悪がられてまわりには誰もいなくなったし、身体はだんだんと重たく動かなくなっていく。いずれこのまま一人寂しく死ぬのだろうと半ば諦めていたところに出会ったのが、セチアとキラだった。
浄化の力を持つキラは、所謂聖獣と呼ばれる存在。そんなキラをまるで愛玩動物のように可愛がるセチアに、ノアールは最初、酷く驚いた。だって、聖獣といえば目にすることさえ稀な、ほとんどお伽話のような存在だったから。
だけど、彼女の願いに応えてキラはノアールの傷跡を浄化してくれた。恐らくまだ幼獣であるキラの力では、呪いの全てを浄化するには足りなかったけれど、それでも驚くほどに身体は楽になった。
そして聖獣を手懐け、呪いを視ることのできるセチアは、癒しの力を持っている。ただ、彼女の力は望んで使えるものではなくて、触れた相手に無意識に施される。その力を求めてセチアを狙う者は多く、キラと出会うまでは幾度となく攫われそうになっていたという。
垂れ流し状態の癒しの力を止めるためには、蠍火の魔女と呼ばれる人物に会って、その力を封印してもらう必要がある。
そして、ノアールの呪いを解くことのできる唯一の存在も、蠍火の魔女だ。
どこにいるのかも、その風貌すら謎に包まれた存在。だけど、セチアもノアールも、蠍火の魔女を探している。
二人の旅の目的は一致しており、ノアールはキラに定期的に呪いの浄化をしてもらう代わりに、セチアを守ると約束している。もっとも、聖獣に愛されたセチアは、ノアールが守らなくてもキラの力によって、邪悪な思いを抱く者は近づけないのだけど。
だから、ノアールの役目はセチアに近づく虫を排除することがほとんどだ。必要以上に凄んで追い払ってしまうのは、個人的な事情によるものだけど、きっとセチアは気づいていない。
明るく慕ってくれるのは嬉しいものの、セチアがノアールに向ける信頼した眼差しは、ほとんど兄に向けるようなもので、ほんの少しだけ複雑な気持ちだ。
――いつか、蠍火の魔女に会えて、この呪いが解けたなら。
その時は、胸に秘めたこの想いを伝えようと決めている。その日までノアールは、セチアに群がる虫を追い払いながら、一番そばで、彼女を守り続ける。
◇
すうすうと気持ちよさそうに眠るセチアの頬をそっと指先でつつくと、ふにゃりと表情が緩んだ。無防備に眠るその身体を抱き寄せて、口づけのひとつでも落としてやろうかと一瞬思うけれど、彼女の信頼を失うわけにはいかない。
次の目的地に着くまでは、まだ時間がある。この小さな頭を膝枕できるだけでも充分だと自分を納得させて、ノアールは読みかけの本を開いた。内容なんて、全然頭に入ってこないけれど。
紺碧の空の中、星の海を縫うように列車は進む。
まだ少しだけ邪な思いと戦うノアールを笑うかのように、窓の外を流れ星が光って消えた。
膝の上を枕にして眠るセチアを起こさないように気をつけながら、ノアールはそっと柔らかな金の髪を撫でた。両耳の横を彩る星のような形をした赤い髪飾りは、彼女の名前にちなんだ植物のデザインで、以前にノアールが贈ったものだ。他にもたくさんの髪飾りを持っているのに、こうして毎日身につけてくれることが、嬉しくてたまらない。顔にも、口にも出したことはないけれど。
彼女に自覚はないだろうけど、こうしてセチアに触れるだけで、ノアールはいつだって癒されている。
とある事情により呪いを受けた左目は色を失って、少しずつノアールの身体を蝕んでいた。傷跡を気味悪がられてまわりには誰もいなくなったし、身体はだんだんと重たく動かなくなっていく。いずれこのまま一人寂しく死ぬのだろうと半ば諦めていたところに出会ったのが、セチアとキラだった。
浄化の力を持つキラは、所謂聖獣と呼ばれる存在。そんなキラをまるで愛玩動物のように可愛がるセチアに、ノアールは最初、酷く驚いた。だって、聖獣といえば目にすることさえ稀な、ほとんどお伽話のような存在だったから。
だけど、彼女の願いに応えてキラはノアールの傷跡を浄化してくれた。恐らくまだ幼獣であるキラの力では、呪いの全てを浄化するには足りなかったけれど、それでも驚くほどに身体は楽になった。
そして聖獣を手懐け、呪いを視ることのできるセチアは、癒しの力を持っている。ただ、彼女の力は望んで使えるものではなくて、触れた相手に無意識に施される。その力を求めてセチアを狙う者は多く、キラと出会うまでは幾度となく攫われそうになっていたという。
垂れ流し状態の癒しの力を止めるためには、蠍火の魔女と呼ばれる人物に会って、その力を封印してもらう必要がある。
そして、ノアールの呪いを解くことのできる唯一の存在も、蠍火の魔女だ。
どこにいるのかも、その風貌すら謎に包まれた存在。だけど、セチアもノアールも、蠍火の魔女を探している。
二人の旅の目的は一致しており、ノアールはキラに定期的に呪いの浄化をしてもらう代わりに、セチアを守ると約束している。もっとも、聖獣に愛されたセチアは、ノアールが守らなくてもキラの力によって、邪悪な思いを抱く者は近づけないのだけど。
だから、ノアールの役目はセチアに近づく虫を排除することがほとんどだ。必要以上に凄んで追い払ってしまうのは、個人的な事情によるものだけど、きっとセチアは気づいていない。
明るく慕ってくれるのは嬉しいものの、セチアがノアールに向ける信頼した眼差しは、ほとんど兄に向けるようなもので、ほんの少しだけ複雑な気持ちだ。
――いつか、蠍火の魔女に会えて、この呪いが解けたなら。
その時は、胸に秘めたこの想いを伝えようと決めている。その日までノアールは、セチアに群がる虫を追い払いながら、一番そばで、彼女を守り続ける。
◇
すうすうと気持ちよさそうに眠るセチアの頬をそっと指先でつつくと、ふにゃりと表情が緩んだ。無防備に眠るその身体を抱き寄せて、口づけのひとつでも落としてやろうかと一瞬思うけれど、彼女の信頼を失うわけにはいかない。
次の目的地に着くまでは、まだ時間がある。この小さな頭を膝枕できるだけでも充分だと自分を納得させて、ノアールは読みかけの本を開いた。内容なんて、全然頭に入ってこないけれど。
紺碧の空の中、星の海を縫うように列車は進む。
まだ少しだけ邪な思いと戦うノアールを笑うかのように、窓の外を流れ星が光って消えた。
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