上 下
140 / 151

【一三八】あなたの今日のお相手は私よ!

しおりを挟む
 徳田康代は側近の天女天宮静女から受け取った着物に着替えて、更衣室から出て来た。
かるた部かるた会の共同代表の安甲晴美あきのはるみ由良道江ゆらみちえ松山八重まつやまやえが部室の中央で由良の閻魔帳を囲み相談していた。
 宝田劇団のスター五人は、柿落こけらおとしの舞台稽古の隙間時間を利用して、競技かるたの練習に参加していた。

 安甲晴美は、部員と会員の底上げ課題に取り組むが、思うようにならず地団駄している自分を隠していた。

「安甲先生の仰る通り、会員と部員の実力差が埋まりません」
由良の指摘に松山が提案する。

「由良先生、ゲームをさせましょうか」

「ゲームですか。よくわからないけど、面白そうね」
二人の会話を聞いていた安甲が呟く。

「松山先生、どんなゲームですか」

「団体戦の変形です」

「意味が分からないわ」

松山が由良に説明する。
くじでチームを最初に決めるのよ。
ーー チームは二人にするわ。
ーー B級C級のペアとA級D級のペアよ。
ーー つまり、ハンデが生じるの」

松山の説明に安甲が興味を示す。

「で、先生、どうするの」

「安甲先生、同じかるたを交代しながら二人三脚のように取り合うのよ。
ーー D級とC級の対戦とB級とA級の対戦よ。
ーー C級有利、A級有利で展開するけど落とし穴があるの」

「先生、落とし穴ですか」

「かるたは、一人でするものでしょう。
ーー 二人がチグハグに並べるとハンデが生まれるわ」

「なるほど、そうね。難しくなるわね。
ーー どちらから見ても混乱するわね」

「あくまでも、ゲームですが」
と松山は安甲に付け加えた。

「分かったわ。今日以外の日に試してみましょう。
ーー と言うのは、選手にとってデメリットもありそうなので」

 元かるたクイーンの安甲晴美の言葉に部室内が緊張している。

「かるたってさ、ミスひとつでズルズル崩壊するのよね。
ーー モチベーションが崩れた瞬間、選手は負けてしまうの。
ーー そして、自分のスタイルがとても大事なのね。
ーー でも、松山先生の組み合わせカードは興味深いわね」

「安甲先生、ありがとうございます」



「松山先生の対戦カードを参考に、今日はランダムに組み合わせするわよ。
ーー 安甲、唐木田・・・・・・」

【対戦カード】
安甲、唐木田
徳田、森川
逢坂、姫乃
朝霧、和泉

 安甲は部室入り口の昇段ボードを見ながら、次々に部員と会員の名前を読み上げた。
そして、ハンデ戦の仕組みを発表する。

「同じランクの場合、ハンデは無いわよ。
ーー B級とA級の対戦の場合、
ーー B級がA級に札を三枚上げて下さい。
ーー その結果、B級が有利になるわよ」

「先生、D級も同じですか」

「D級の場合、C級に札二枚がいいわね。
ーー 四枚差になるわね」


 安甲の説明に、由良と松山も納得した表情を浮かべている。

 由良が手を上げて安甲に言った。
「読手は私が担当するわね」

「じゃあ、先生、あとで交代するわ」
松山だった。

「かるたは、運も左右するから、小さなハンデでも侮れないのよ」



 徳田康代が手を上げて言った。
『先生、たすきがないと着物では難しいですが』

「徳田さん、その言葉を待っていたわよ。
ーー 唐木田さん、森川さん、みんなに襷を渡して上げて下さい」

 唐木田葵が、更衣室兼倉庫に襷を取りに行く。

「先生、鉢巻はちまきもあるといいのですが」

逢坂おうさかさん、鉢巻きと襷はセットにしているから、唐木田さんが持ってくるわよ」

 唐木田葵がダンボール箱を抱えて更衣室兼倉庫から戻って来た。

「先生、鉢巻きも入っていますが」

「唐木田さんね、この場合、襷と鉢巻きはセットになるのよ」

「セットなんですか」

「そうよ。鉢巻きした方が格好いいでしょう」

「先生、そういうものですか」

「唐木田さん、安甲先生がそういうのだから
ーー なにか理由があるのでしょう」
由良が安甲を庇う。

「由良先生、ありがとうございます」
唐木田葵は、ぺこりと由良に頭を下げ、部員に配り始めようとした時、安甲が唐木田を呼び止める。

「唐木田さん、先日、ユニフォームを渡したでしょう。
ーー その時、A級の黄色以外は自由に選んだでしょう。
ーー 襷と鉢巻きも、その時の色に合わせて上げてください」

「分かりました。先生」

「唐木田さん、私もお手伝いしますね」
森川楓副部長が微笑みながら言った。

「森川さん、助かります」

 森川は、宝田劇団の朝川夏夜あさかわかよ夜神紫依やがみしより赤城麗華あかぎれいか大河原百合おおがわらゆりに前のユニフォームカラーを尋ね、襷と鉢巻きを手渡す。
 朝霧雫には、尋ねずに黄色の物を選んで手渡した。

「朝霧さん、私たちもあなたの黄色の襷を目指して頑張るわね」
負けん気の強い朝川だった。

「そうね。もっと頑張らないとね」
夜神が呟く。

 唐木田葵は、安甲晴美あきのはるみ、徳田康代、逢坂おうさかめぐみに順に黄色の襷と鉢巻きを渡し、部室と会員にユニフォームカラーを尋ねている。

「唐木田先輩、私たち中等部の三名は臙脂色えんじいろでお願いします」

「分かったわ。じゃあ、三人分ね」

 唐木田が中等部の滝沢愛たきざわあい瀬戸霞せとかすみ笹山夜空ささやまよぞらに手渡した時だった。
「唐木田さん、余ってるんですが」

「私は、余ってませんから、森川さんと私の分じゃないでしょうか。
ーー 唐木田さんと私の緑色を除いても余るわ」

「森川さん、それ、もしかして新人部員の予備じゃないでしょうか」

 安甲が、二人のやり取りを見て話し掛けた。
「森川さん、唐木田さんの言う通りよ」

「じゃあ、先生、新人ですか」

「いいえ、決まっていないわ。
ーー でもね。予感がするのよ。
ーー なんとなく」



 徳田康代と天宮静女は、安甲先生の言葉を聞いて呟く。
『安甲先生って、一葉知秋いちようちしゅうの処が陰陽師おんみょうじなのね』

「陰陽師は、一葉知秋でござるよ」

 極月ごくげつの、この日は前日の悪天候が嘘のように紺碧に近い澄んだ青空が広がっていた。
時より季節外れの風が部室の扉を叩いている。

 門田菫恋がかるた部の部室を叩く。
「先生、生徒会の門田さんがお見えですが」
「森川さん、お通しして。
ーー みんなに紹介するわ。
ーー 生徒会の門田菫恋さんよ」

 門田菫恋が挨拶をする。
「みなさん、初めまして、門田菫恋と申します。
ーー 中等部で、競技かるたをしていました」

「門田さんはなあ。
ーー 競技かるたB級だ。
ーー みんな、よろしくしてなあ。
ーー 唐木田、森川、姫乃、和泉と同じだな」
 安甲あきのは、時より男口調で話す癖があった。

「私・・・・・・ 競技かるた、ブランクありますので、
ーー お手柔らかにお願いします」

「門田さんは、怪我をされて遠ざかっていたそうです」
 安甲は、そう言って、門田に緑色のユニフォームと襷と鉢巻きを渡した。

「門田さん、練習用の袴と着物は次回にお渡しするので、
ーー 今日はこれで間に合わせて」

「先生、ありがとうございます」
 門田は、唐木田の案内で更衣室に消えた。



 由良先生は入り口の壁にある昇段ボードのB級の列に、門田菫恋の名札を入れて呟く。
「まあ、レギュラー争奪戦になるわね」

「神聖女学園は、かるた部とかるた会があるから、余裕よ」
松山が由良に呟く。

「もう反則の領域でござる」

『静女、人聞き悪いわよ』

「A級四名、B級五名でござるよ」

 極月の突風が部室の扉を叩いていた。



 門田菫恋がユニフォーム姿で戻り、安甲が言った。
「あなたの今日のお相手は私よ」

「先生、よろしくお願いします」

「練習会が始まるでござる」

 徳田康代大統領の女子高生警備の三人は、壁際で待機していた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,783pt お気に入り:1,167

プラグマ2 〜永続的な愛〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:306pt お気に入り:6

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,840pt お気に入り:1,447

森の愛し子〜治癒魔法で世界を救う〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:46

知識スキルで異世界らいふ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,478pt お気に入り:15

ボールド国年代記 史上初3D作戦誕生で世界は平和になる?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:221pt お気に入り:6

処理中です...