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お礼、しなきゃね
しおりを挟む近頃、時代に似合わず物騒なことが多い。
やけに身辺が騒がしいと警戒を強めていた時だった。
まだ組で世話をして日が浅い、若い青年、慎二が亡くなったーー
とある施設で虐待を受けていた慎二が、身体の成長ともに反発し問題を起こしたことで留置所に居るところを別件で訪れていた仲間が見つけ、愛慈が保護したのだ。
まだ十六歳の慎二は施設に残して来た妹が心配だと、我儘はそれひとつだけしか言わなかった。
学校へも行き、庭の掃除だって真面目にしているような子だった。なのに……慎二は薬物の中毒で死亡した。
見つかった時にはもう助からなかったらしく、死因は妹の雪には伏せた。
「愛慈、しんちゃんはこんな事しないよ」
「お嬢……、分かってます。俺を信じて」
一つ下の妹と慎二には家の裏手にある所有するアパートの部屋を貸しているが勿論、薬物を使用した形跡も組員しか住まないそのアパート内で疑うべき目撃情報すら無かった。
何かある。
そう思っているのは天音だけじゃなかったようで、まだ知り合って浅いとはいえ、家族に手を出された組の者たちの目は底がみえぬほど真っ黒だった。
それほどに慎二はひどい状態だった。
「雪ちゃんのことは私に任せて」
「お嬢、悪いけど一人で行動させらんねぇわ。それに親父からも理人さんからも常にそばに居るように言われてるんで」
「わかってる、けど……」
「何もすんなとは言いません、でも離れないで」
「おい、プロポーズか?俺妬けちゃう」
「「玲」」
「ふざけてる訳じゃないよ、心配しなくてももう動いてる」
玲が天音の方にスマホを向けて、愛慈もそれを覗き込む。
現場周辺の防犯カメラに映るのは慎二らしき青年で、それはどうみても誰かを探している様子だった。
「探してる、というよりは警戒しているわね」
「いや……これは、追われてんだよ」
「さすが愛慈、俺もそう思った」
ほんの一瞬、何かに反応して走り去った慎二が防犯カメラから見切れたのを確認して動画を閉じた玲は「臆測だけど」と付け加えた。
「こないだから大森組の動きが活発になってる。けど別にあそこが黒幕じゃねえと俺は踏んでる」
愛慈がそう言ったのに頷いた玲と天音。
今まで均衡を保ち、時代の流れに沿うように静かに過ごしてきた各組が急激に活発に動き出す背景には何か理由がある。
そう考えるのが自然だと天音も愛慈も思っている。
追われているのが慎二だったことに理由なんて無いかもしれないとも考えていた。
これはまるで、古典的なーー
「火種……」
天音の呟きを拾った愛慈が天音を引き寄せる。
そして玲と天音に言い聞かせるように言った。
「可能性はある、だから暫くはお嬢を一人にはできねぇ」
「じゃあ親父もそう考えてんだね」
「ああ。俺もお前もだよ。なるべく誰かと、それか俺らと行動しろとこれは勅令だかんな」
頷いた玲も、天音も、愛慈がここまで言えば気付いてしまう。
慎二が狙われたのはあくまで偶然だった、と言うわけではない。
けれど慎二じゃなくてもよかったのだ。
「周囲は何故かウチの組を動かすことに執着してる。だからこそ確実な火種を狙ってる。慎二はあくまでその一歩だ」
愛慈の言葉に天音はハッとして両手で口元を覆う。
自分を責めるように眉間を寄せて静かに涙を溢した。
「確実な火種?」
「お嬢だよ。即ち俺達と言う意味でもある」
仲の良い組員や、歳の近い新人組員、次々と嫌がらせや目的の分からない襲撃が続く。
なるべく三人以上での行動を常に守り、人目につく場所で行動した。
不満を口にする者は居たが、全員が家族を守る為の行動を優先し相手の我慢が切れるのを待った。
「必ず焦って尻尾を出す」
「おとりは私達よ」
「心配しないで俺たち三人は大丈夫」
そう言った三人に組の者たちは不安げな表情を見せたが、愛慈の言葉でその表情はガラリと変わった。
「お嬢だけは、死んでも守る」
天音の父や祖父、彼女自身に恩義あってこの組に来た者がほとんどで、最近では愛慈に惚れ込んだり恩義を持って入る者も居た。
勿論、誰かに憧れて来た者だって居たが、ここには中途半端な気持ちで居る奴は居ない。それがこの組の強みだ。
雰囲気ががらりと変わり、玲はビリビリと身体が痺れるような感覚がした。
自分だって、天音の父や祖父に救われた一人だから。
「愛慈のだけで足りんの?俺の命も一緒に懸けてよ」
「! ……あぁ、そうだな玲」
天音は何か言いたそうな顔をしていたが、それは飲み込んだ様子だった。けれど一言だけ、よく通る声で言った。
「うちは誰も欠けない。家族にはこれ以上手を出させない」
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