別れてくれない夫は、私を愛していない

abang

文字の大きさ
30 / 53

30

しおりを挟む

一瞬、誰だか分からなかった。

包帯は取れているが男性のように短くてまだらな長さの髪に艶は無く、セレンの好きなフリルがたっぷりのドレスとはミスマッチだ。


片側が痛々しく裂けた口はまだ生々しい傷があって縫い跡がさらに痛そうに見えて怖い。


かなり泣いたのか腫れた瞼は擦り跡がついていて、目の下の隈とカサカサの唇がセレンのものだとは信じ難い。



「だ、誰?」

「アッシュ、私よ……」

「嘘だ……」

愛らしいセレンの顔はどこにも無いし、使用人が怖いのか湯浴みをした様子が無く臭う。



それでも彼女がセレンだと言うのなら放っておくわけにはいかないと歩み寄って「体調は、どう?」と尋ねた。


「交流会までには、ちゃんと治すわ」

「え……」

「見せつけてやるって決めてたもの!エレノアに!」


心まで醜くなってしまったのか、セレンの言葉がなかなか呑み込めない。



「なにを言ってるの、セレン」

「大体ずっと邪魔だったのよ、私のアッシュを奪うなんて」

「ちょっと、寝てた方がいいんじゃ……」

「どうして私を抱きしめてくれないの、アッシュ!?」

「いや……セレン、湯浴みはしたの?」

「……っ侍女が怖くて、着替えだって乱暴だったし、殺されたらって」



そう言って震える声で自分の身を抱くセレンに大切な幼馴染のセレンの面影が見えて同じようにしゃがみ込んだ。




「まずは、湯浴みして、髪を整えよう」

「いやよ!殺されるわ!」

「セレン」

「ご、御免なさい!嫌わないで!!」



アッシュの低い声に動揺するセレンの手首を引っ張って浴室に連れて行くとハサミを手に取って近くにいた気の弱そうなメイドを捕まえて髪を整えさせた。


その間に張らせた湯に泣きじゃくるセレンを入れて、言い聞かせる。


「気を確かに持って、セレン」

「アッシュの家に連れてってよぉ!」

「それは出来ないんだ」

「だって、ここじゃ私……っ」

「僕は、結婚する」

「……え?」

幾分かマシになった顔色に安心しつつ、変わり果てた顔にゾッとする。


それでも放っては置けないとせめてもの世話をした。



「僕たちの起こした事が、家門の名を傷つけた」


「だからってなんの関係が…….!」


「エレノアがいない今、同じように裕福では居られないだろう。拒否権が無いんだ」


「相手は誰なの?」


「アイリーン公爵令嬢だ」


セレンの癇癪が起こる、そう思った。


「許さないから!」


そう言って立ち上がったセレンに、あの事故が甦る。

硬直した僕の胸ぐらを両手で掴んで顔を近づけて来たセレンに驚いて肩を揺らした。


そしてセレンと目が合ってーー


「ひいっ!!」


思わずセレンを突き飛ばして、湯の中に押し返してしまった。


「きゃっ!!アッシュ……なんで……っ」

「ごめん、セレンっ……無理だよ」

「私よ?私だって事に変わりはないでしょう!?」

「今のセレンは、見た目も、心も醜いじゃないか!」



湯の中で尻餅をつくセレンを見るアッシュの瞳はまるで汚いものでも見ているかのようで、セレンは慌てて言い返す。


「こっ、交流会までには綺麗にするってば!」


「セレン、交流会に君は出られない」


「えっ……」


「この家の当主としては君の母君が、僕のパートナーとしてはアイリーンが出ることになってる」


「どう言う意味なの……」


「そのままだよ、今の君じゃ家門の恥になるだろう」


「ーっ、」


「それに君の身体が弱く無い事も聞いた……セレン」


「ちがうの!」


「君には本当にがっかりしたよ」








しおりを挟む
感想 286

あなたにおすすめの小説

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

処理中です...