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7.

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「俺の連絡先入れておいたから、連絡したらすぐ来い」

「………あぁ」
長い間を置いてから渋々頷く。

「逃げたら分かってんな?」

「分かってるっつってんだろ」
しつこく念を押してくる男に腹が立ち、男の腕を払い除け、力強くドアを閉めて家を出た。
エレベーターで一階まで下り、外に出てから振り返ってマンションの外観を眺めて顔が引き攣る。

こんな立派な高層マンションの最上階に住んでるのがあの度を超えた変態だなんて世も末だな。
あいつはこんな所じゃなくて豚小屋にでもぶち込まれるべきなのに。
いや、やめだ。やっとあのおぞましい場所から出られたんだから、あいつのことなんて考えるべきじゃない。

散々な目に合ったせいで体はまだ重たい。
鉛みたいだ。


兎に角家に帰ってゆっくり休みたかった俺は、スマホで帰り道を調べて最寄りのバス停でバスに乗り込んだ。


時折ボソボソとした運転手のアナウンスが聞こえてくるだけの静かな車内に、エンジン音だけが微かに響く。
今まで緊張しっ放しだった亮は、バス内の落ち着く雰囲気にうとうとし始め、ついには瞼を開けていられなくなり少しの間だけ眠るつもりで車窓に頭を預けて目を閉じた。


数分経った頃にふと目を覚ますと、本来降りる予定だったバス停を一つ乗り過ごしていた。俺は慌てて立ち上がりバスから降りた。

次のバスを待とうかとも考えたが、それまでは後30分近くも待っていなければならない。それならば歩いて帰った方が早いので、多少面倒だが自分の足で帰ることにした。

一刻も早く自分の布団で眠りたい。


重たい瞼をなんとか開けて家に向かっていると、聞き覚えのある幼い子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
目を擦って声のする方を見やると、矢田の妹たちがシャボン玉を吹いて楽しそうに遊んでいた。

いつもなら声をかけるのだが、今のこの状況で三人もの遊び盛りの子供を相手するのは荷が重いため、別の道から帰ろうと帰路を変更した。

すると、買い物袋を提げた矢田と鉢合わせた。

この間のことがあるせいか、矢田の顔を見ただけで無性に苛ついた。

「よ、よう…!奇遇だな」
矢田は引き攣った笑顔でこちらに笑いかけてくる。いつもの様に明るく振舞おうとしているのだろうが、突然の俺との遭遇に動揺しているのが全面に出ていた。

矢田の傷の具合は気になるが、見たところ大丈夫そうなので返事もせずに横を通り過ぎた。
すると、「岩田…!!」と後ろから大きな声で名前を呼ばれて振り返る。

「…なんだようるせーな」

「その………ご、ごめん…!!」
矢田は腰の角度が直角なんじゃないかと思うほど深く頭を下げた。買い物袋も地面に置いている。
この無駄に礼儀正しい所以は元野球部だからなのだろう。

「二人であの人数に勝てるわけないと思って……リンチされるよりかは………その…言われた通り殴りあった方が、得策…かと思ったんだ…」

「……」

「こんなのただの言い訳だよな……お前のこと殴ったりして、本当に悪かったと思ってっ!?」
矢田が見当違いなことで謝るので、ムカついて矢田の元まで戻り、頭を思い切りはたいた。

「うざい。何回謝んだよ」

「なっ…!人が謝ってんのにそんな言い方ないだろ!?」

「ていうかダサいんだよ。なんだリンチされるくらいなら殴りあった方がいいとか。俺はお前を殴るくらいなら、ボコられた方が余っ程ましだった!」
俺は感情に任せて道のど真ん中で矢田に向かって怒鳴った。けれど、俺は矢田に殴られたことに声を荒らげている訳では無い。あんな覇気のない拳なんて、何発くらったところで痛くも痒くもない。

あの弱った状態で俺と殴りあったところで、勝ち目がないことくらい馬鹿な矢田でも理解出来ていたはずだ。つまり、矢田は俺と殴りあって自分が負けることで、自分だけが三年生たちに殴られようとしたんだ。
自分がリンチに合うのが嫌で俺を殴ったのなら、俺が三年生たちに殴られていた時大人しく逃げればよかったんだ。
だけど、矢田は逃げるわけでもただ見ている訳でもなく、止めに入った。(結局殴り飛ばされて終わってたけど)

俺は矢田が自分を犠牲にしようとしていたことと、それを俺が受けいれると思っていたことに腹を立てている。

けれど口下手な亮は、それを上手く伝えられずただ怒りをぶつけることしか出来ない。

「うっ……ごめん…」

「謝んなよ鬱陶しい。玉なしの話なんてこれ以上聞きたくねぇ」
亮はそう吐き捨てると、矢田に背を向けて足早に歩き出した。



そしてやっとの思いで家にたどり着くと、亮はソファに腰を下ろして罪悪感で頭を抱えた。

変態のこともあって苛ついていたせいか、思わず言い過ぎてしまった。思い返してみると、あれはほとんどただの八つ当たりだったなと反省する。

公園でのことは矢田が悪いにしても、あんなに謝っていたのだから素直に許してやるべきだった。

普段の俺だったら一つ二つ文句を言って許していたはずだ。それがあんな風になってしまったのは、何もかもあのイカれたおっさんのせいだ。

あいつは一体俺をどうしたいんだ。

復讐か…?
あんな奴関わりすら無いはずなんだが。

そこで俺はハッとして頭を左右に振り、邪念を追い払った。

今はあいつの事は考えるな。
ストレスで死んじまう。


亮はとりあえず体を休めるため、重い足を上げて階段をゆっくり上って行き、自室の布団の上に横になった。
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