転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟

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第12章 マムーチョ辺境侯爵領

第16話 追い詰められる皇帝

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お忍びから宿舎の迎賓館に皇帝たちは戻ってくると、ノーマンは初めて見る皇帝の表情に戸惑っていた。

今回のお忍びでは罰せられるような言動もあったと彼も自覚はあった。皇帝が自分をどのような罰を与えるのか不安を感じていた。

応接間ではグリード侯爵が食べ過ぎた腹を擦りながら唸っていた。そんな彼の姿を見てノーマンは腹を立てながらも、先ほど見たハルのことを思い出していた。

「陛下、どこへ行ってらしたのですか? 私は勇者の遺産である料理を無理して一通り食べてきました。やはり帝国で再現は難しいですね」

グリード侯爵はやりきったと満足そうに話していた。ノーマンは能天気な彼の姿はやはりハルに重なると思ったが、やはり腹が立った。

(なんでこんな奴が外交担当の大臣なんだ!?)

ノーマンは自分の境遇を思い出して悲しくなった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


ローゼン帝国の皇帝は内政重視であった。国力が強くなければ世界を統一できないと考えたからだ。

国内を安定させるのに戦力も必要で、戦力を拡大、維持するためにも経済が安定して税収が多くないといけない。もちろん貴族をまとめる指導力と政治力も必要になる。

何十年もかけて国内を安定させたが、ヴィンチザード王国との戦争で敗れ、その努力も半分が消えてしまった。

皇帝は敗戦したが基本方針に間違いはなかったと考えた。
戦争に敗れたのは油断と戦力不足だと判断したのだ。そしてまた何十年もかけて経済的にも戦力的にも以前よりローゼン帝国は強くなった。確実に勝利するために情報収集も進めたのだ。

皇帝は小国を吸収して大きくなったローゼン帝国を、自分だけではすべてを管理しきれないと感じて、皇帝は最終判断や方針を示すだけにすることにした。

その為に血族で優秀な者を育て、それまでは後継者として側面の強かった皇子を、国の重要な要職に就け、選定を定期的にしたのだ。

第一皇子はミニ皇帝ともいえるバランス型で、貴族をまとめる指導力が高い。それほど武力は強くないが体格は良かった。実質的には宰相のような立場で他の皇族や皇子たちのまとめ役でもあった。

第二皇子は武力が飛びぬけて高く、騎士や兵士の支持は非常に高いが乱暴な側面もあり、貴族からは敬遠されがちでもあった。だが名実ともローゼン帝国の将軍であった。

第三皇子は財政や税務が得意で、経済的に国力を増強するような改革や開発にもその才能を発揮した。

ヴィンチザード王国に敗戦するまで、皇帝はそれほど他国の情報や外交を重要視していなかった。
世界統一を目指す皇帝は従わなければ武力で侵略をした。最初に侵略した小国が呆気なく降伏したこともあり、それで十分だと皇帝は考えてしまったのである。

敗戦で他国の情報収集の重要性に気付いた。そこでそれまで三人だけだった皇子を増やしたのだ。

第四皇子のノーマンは武力の才能は無かったが、他国に留学していた経験があったので、他国の情報収集を任された。もちろん情報収集のために外交のようなことを任されていたが、それは情報収集が目的で外交など必要ないという方針は変わらなかった。

ノーマンは他国の情報を集めるほどに、皇帝の考える世界統一はすぐに頓挫すると気付き、外交の重要性を訴えてきた。しかし、その発言が弱腰だと他の皇子や貴族に反発されていたのだ。

実は第五皇子もいて、主に魔道具開発など研究や開発を任されていた。ようやく実戦で使える魔道具の開発もでき、成果が増えてきた。だから次の皇子選定では第四皇子と第五皇子の立場が入れ替わるだろうと言われていた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


ノーマンは外交の重要性も考えずに、グリード侯爵のような人物が外交担当の大臣にする皇帝や他の皇子、そして貴族達の愚かさに嘆いていた。そして今回のことで、自分は皇族から放り出されるか良くて皇子は罷免されると思ったのである。

しかし、皇帝は予想外のことを言い出した。

「お主は食べることが外交とでも思っているのか?」

皇帝の声は驚くほど冷たかった。グリード侯爵もすぐに皇帝の雰囲気に気付き、焦ったように姿勢を正して皇帝に答えた。

「い、いえ、勇者関連は重要だと判断しただけです……」

「それで、王国側の情報や勇者関連の情報は何かつかめたのか?」

皇帝はさらに問い詰めるように尋ねた。グリード侯爵は顔色を変えて何か答えようとしたようだが、何も思いつかないのか沈黙してしまった。

グリード侯爵はヴィンチザード王国を見下していた。だから情報収集のために表面的だけでも友好的な態度をとることはできず尊大な態度で接していた。だからヴィンチザード王国側の誰もが、彼を無視したのである。結局グリード侯爵は初めて見る料理を楽しんだだけだったのだ。

「ノーマン、なんでこんな愚か者が外交担当の大臣をさせている?」

「そ、それは……」

人事的なことは第一皇子が仕切っていた。ローゼン帝国では重要視されていない外交担当の大臣は、政治的な取引としてのポストでしかなかったのである。ノーマンが皇帝にそんなことを言えば第一皇子に敵対する可能性もある。だから言い淀んだのである。

皇帝はノーマンの様子にイライラして言った。

「戻ったら人事を見直せ。情報収集も重要だが、外交についても見直す必要がある」

皇帝の発言はノーマンを驚かせていた。ノーマンに人事を見直せと命令したということは皇子として続けよという意味である。それに外交を軽視してきた皇帝が外交を見直す必要があると言い出したのである。

ノーマンはそのことに気付いて呆然としていたが、皇帝は続けざまにノーマンに尋ねた。

「もしローゼン帝国がヴィンチザード王国に戦争を仕かけたら勝てるか?」

ノーマンは想定外の質問に焦ったが、すぐにこれまでの情報で感じたことを正直に答えた。

「勝てないでしょう。それどころかホレック公国と同じ運命をたどる可能性が高いと思います」

「な、何を愚かなことを! だから殿下は弱腰だと言われるのだ!」

グリード侯爵は立ち上がってノーマンを罵倒した。皇子と言っても実質的には大臣かそれ以下の存在だと、侯爵はノーマンのことをそう考えていた。特に第一皇子はそう考えていて、大臣をグリード侯爵に任せたのである。

「黙れぇ、お前はこの地に来て何を見ておったのだ!」

皇帝の剣幕にグリード侯爵は真っ青になり、怯えた表情で沈黙してしまった。

「ノーマン、その理由を説明しろ!」

ノーマンも皇帝の剣幕に驚いていたが、丁寧に説明を始めた。

「このマムーチョ辺境侯爵領は実質的には黒耳長族が後ろ盾と考えられます。黒耳長族にはドラ美様を従魔にしているマッスル殿がいて、そのマッスル殿の噂もあながち嘘ではないと感じました。そしてヴィンチザード王国には大賢者テックスという人物もいて、彼らが勇者の知識を利用している可能性が高いと考えられます。マッスル殿と大賢者殿は仲間の可能性があり、一番重要なのは、彼らがヴィンチザード王国に利用されているのではなく、その後ろ盾、もしくは実質的な支配者である可能性も考えられるからです!」

ノーマンの話を聞いたグリード侯爵は唖然としていた。皇帝はそこまでは考えていなかったが、ノーマンの話を聞いて考え込んだ。

「そ、そんなことあり得ない……。勇者はローゼン帝国の……」

グリード侯爵はオロオロして呟いていた。

「それでお前はどうすべきだと考えるのじゃ?」

「ヴィンチザード王国とは対等な関係で不戦か友好の条約を結びます。そうなれば勇者関係の人物やハル様、ドラ美様と敵対することはないでしょう。友好条約を結べば勇者関連の情報も含め様々な知識が帝国にも入ってくるはずです。そうなれば帝国もさらに繁栄します。それにローゼン帝国とヴィンチザード王国が手を組めば戦争せずとも帝国の傘下になる国もあるでしょう」

皇帝の質問にノーマンは理由も添えて話した。

「そんな簡単な話とは思えぬがのぉ……」

皇帝も冷静に考えればノーマンの提案はそれほど間違っていないと感じてはいた。しかし、どうしてもヴィンチザード王国に敗戦したことや、勇者関連の知識を分け合うのは感情的に納得できなかった。

「簡単ではありません! 陛下が決断すれば反対する者はいないと思います。しかし、交流を始めれば対等な関係を築ける貴族はあまりいないでしょう。そうなれば帝国には勇者関連の知識がもたらされるのに時間がかかり、気付けばヴィンチザード王国のほうが大きくなっていることもあり得るのです……」

皇帝はノーマンの話を聞くと、改めてグリード侯爵を見てなるほどと思うのであった。
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