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第一章
1-19 開拓開始
しおりを挟む「……お豆さん、凄まじい速度で素材が集まっているんだけど……どんなチートよりも……凄くない?」
「先生さんが仲間になってくれて良かったですね、マスター!」
ユスティティアは目の前の光景と、共有ボックスに入ってくるアイテムに目を白黒させていたのに対し、豆太郎は興奮冷めやらぬように尻尾をフリフリさせながら跳ね回っている。
少ない鉄で用意した鎌を持ち、低木を刈っていた彼女の目の前では、斧を持ったキスケが伐採をしていた。
普通なら、何度も斧を打ち付けて切り倒すはずだ。
こればかりは、ユスティティアが作った斧でも同じはず――だったのだが、キスケはスパーン! と、一度斧を振るうだけで切り倒してしまう。
バサバサ倒れていく木や騒音に驚き、魔物も出てくるが、彼には関係無い。
伐採用の斧で、魔物すら切り裂くポテンシャルを披露してくれた。
「ねえ、私の先生……おかしくない?」
「マスター、ちゃんと仕事してください。手がさっきから止まってますよ」
「あ、はい」
豆太郎の説明もあってか、あれからすぐに【蒼星のレガリア】のシステムを理解した彼は現在、ユスティティアとパーティーを組んで、初心者支援システムを起動させていた。
それはもう、見事なパワーレベリングである。
本来ならLv1扱いのはずが、彼は素の能力値が高すぎたせいで、【蒼星のレガリア】のレベルで計算するとLv80相当だった。
豆太郎は、それでも低い位だという。
やはり、本人が長く生きてきた時間と経験を数値で表すのは難しかったようである。
(あの魔物も一撃で倒せるはずだ……先生……素の数値がおかしいもん)
ある程度ステータスで確認できるのだが、数値化できない部分も多いようだ。
確認出来るステータスでも、バグっているのではないかと思える数値を叩き出し、彼の体力と腕力と素早さの数値がユスティティアの何倍もある。
(桁が違いすぎてもう……元のキャラクターはLv100に到達していたけど……先生より数値は低かった覚えが……)
おそらく、竜人族という種族の特性なのだろう。
体力、筋力、敏捷、が異様に高い。
彼女が知る数値よりも桁が常に一つ違うと考えたら、チートだと言っても納得がいく。
「お豆さん……先生の魔力数値が表示できないのは仕様?」
「いいえ、おそらくシステム的に計算ができないんだと思います。先生さんは力を分割して封じられている状態ですから、その弊害かと」
「封じられて……一桁違い……マジかぁ。私、追いつけるかな……」
「マスターなら大丈夫ですよ。高レベル帯の人と一緒にレベル上げって、凄いですよね! マスターがLv20になるのも目の前ですよ!」
「そ、そう……ね。罪悪感が凄いけど……」
「何言ってるんですか、これからですよ、これから!」
変なところでゲーム脳のユスティティアは、何か不正を行っているような罪悪感に見舞われ、今ひとつ素直に喜べない。
だが、Lv20になれば解禁される装備があれば、彼女も少しは戦えるようになるのだ。
それまでの我慢だと自らを奮い立たせ、目の前の草を鎌で刈り取る。
拠点を広げる為に、草原と森を同時攻略しているのだ。
草原に住む魔物は、キスケの存在に圧倒されたのか、脱兎のごとく逃げだした。
おかげで、作業はとてもスムーズであった。
「お豆さん、先生が持って帰ってきてくれた資源分布図って、今も有効っぽい?」
「はい、周辺をサーチしてみましたが、森の奥で強い鉱物反応がありました。資料に書かれていた場所に間違いないと思います」
「そっか、それは大収穫だわ」
ホクホク顔のユスティティアは、キスケが持って帰ってきてくれた『良い知らせ』のおかげで、島の全容を何となくだが把握できたようである。
一番欲しい鉄資源が豊富な島で、樹木や水資源も豊富だ。
何より、山と森が豊かな恵を約束してくれている。
おそらく、【龍爪花の門】の被害が出なければ、この島はもっと発展していたのだろう。
「メル、そろそろ休憩するかい? 疲れてない?」
「あ、えっと……だ、大丈夫です」
「あはは、敬語が取れないね」
「こればかりはなかなか……でも、師弟だから変では無いですよ?」
「それもそうか」
練習も兼ねて、ユスティティアのことをメルと呼び始めたキスケに対し、彼女もキスケの事を今まで通り「先生」と呼びながらも、新たに名付けた「喜助先生」呼びを徹底している最中だ。
いつでも、島の外で活動できるように――という考えからである。
ユスティティア一人であったら、数ヶ月後……いや、一年後に出られたら良い方であった。
だが、キスケには翼がある。
その彼が、ユスティティアと豆太郎を抱えて、違う土地へ向かうのは容易い。
もっと安全な場所で再出発する方が良いのではないかというキスケの言葉もあったが、彼女は何故か、この島から離れるのがリスキーだと感じたのだ。
これは、彼女の第六感が告げているだけで根拠はない。
しかし、素直にそう告げた彼女に、キスケは反論すること無く素直に折れてくれたのだ。
(もしかして、これも花竜の力なのかな……?)
彼女にとっての花竜は未知なる存在である。
キスケも多くは語らない。
それよりも、今はもっと大事なことがあると判っているからだ。
「素材がこれだけ集まれば、メルの満足がいく拠点も作れるかな?」
「あとは、大量の石と鉄が欲しいですね!」
「了解! 午後からは、そっちをメインにしてみるよ」
爽やかな笑顔で大木を切り倒すキスケのギャップに、少しだけ恐ろしいものを感じながらも、心強い助っ人にユスティティアは頬を緩める。
前日に感じていた不安なんて吹き飛んだ様子だ。
「しかし、この外見変更用装備って凄いね。体が軽くて、いつまでも動けるよ」
「そ、それは……そうでしょう……ね」
若干視線を逸らしながら言うユスティティアに、キスケは小首を傾げた。
彼が外見変更用装備の話題に触れると、彼女はいつも気まずそうに視線を彷徨わせるのだ。
だが、それには理由があった。
「先生さん。マスターはその衣装の為に生活が困るレベルで高額課金をした過去があるんですよ」
「……え?」
「お、お豆さん、ストーップ!」
「生活に困るレベルって……だ、大丈夫だったのかい?」
「あ、はい……大丈夫です。問題ありませんでした!」
「もやし生活してましたよね?」
「おーまーめーさーんー!」
「あはは……まあ……今はやらないでね?」
「も、勿論です! 何せ、ガチャがありませんし!」
「マスター……それをフラグというんですよ?」
「まっさかー! だって、そんなことあるはずないでしょ!」
ケタケタ笑ってはいるが、豆太郎はジト目でユスティティアを見ているし、キスケは心配そうだ。
(彼女の『ガチャ』と『課金』という言葉は、気をつけないといけないかもしれない……)
キスケがそんなことを考えているとはつゆ知らず、ユスティティアは脳天気に笑っている。
実際問題、ガチャは非現実的な話だ。
「じゃあ、メルがそこまで入れ込むほどの能力が、この装備にあったんだね」
「そうなんです! この装備は、【蒼星のレガリア】10周年記念装備の【蒼星のレガリア・至高】シリーズで、有名なゲームデザイナーに依頼した特注品なんです! いわゆる、ファンタジー系和装と言われる、和・洋・中のいいとこ取りデザインで男性はカッコイイし、女性は可愛いし! 能力値も、採取量・採取スピードアップがついていないだけで、移動速度UP効果もさることながら、体力・魔力・スタミナ持続回復量10%UP効果が神なんです!」
一気にまくし立てるユスティティアに気圧されながらも、キスケはウンウンと相槌を打つ。
また始まった……と、豆太郎は呆れた顔をしていたのだが、彼女はお構いなしだ。
「男性デザインのほうは、竜と狼を、女性は狐と兎をイメージして作られているから、もう……本当に……素敵の一言なんですよ!」
「……女性のほうもあるの?」
「はい!」
「持ってるの?」
「勿論です!」
「着ないの?」
「……………………えっ」
そこで、ユスティティアは固まった。
熱く語っていた時とは正反対に、フリーズしてしまったのだ。
そして、さび付いたロボットのような動きでキスケの方を向き、頬を引きつらせたまま尋ねる。
「あ、あの……可愛らしい衣装を……似合わないだろう私に着ろ……と?」
「師弟が似た衣装って、統一感があっていいよね」
「……い、いえ、あの……男性用は黒ベースですが、女性用は白ベースなので……イメージが異なるというか……」
「着てみようか!」
「う、うえぇぇぇぇっ!?」
「ほら、見てみないと判らないでしょ?」
「似合わないですー! あんな可愛い衣装が似合う愛らしさは、私にはないのー!」
嫌だ嫌だと首を振る彼女だが、性能が凄いことは誰よりも理解しているし、今後、とても役立つことも知っていた。
だが、その姿を人前にさらすのは、とても抵抗があったのだ。
「うぅぅ……私は可愛い系が似合わないのに……」
「誰にそう言われたの?」
「え? あ……えっと……」
そこでトーンダウンしてしまった様子から、相手を察したキスケはニコニコ笑顔のまま水晶の翼を広げる。
「え、先生? どちらへ……」
「いやー、もう一発入れてきた方が良さそうだからね!」
「いやいやいやいや、指名手配されている人が城へ殴り込みなんて洒落になりませんって! わ、わかりました、着ますから! ……ぜ、絶対に笑わないでくださいよっ!?」
やけっぱちになって叫び、震える手でクローゼットを開いて該当装備を選択する。
一度だけ着用したことのあるソレを見つめ、【蒼星のレガリア・極 女性用装備】という文字をタップした。
すると、一瞬にして彼女の外見装備が変更される。
男性の黒をベースにした衣装とは違い、白をベースに、黒、金、銀、蒼……というよりは、空色に近い色合いの青色で染められた可愛らしい衣装だ。
ただ、太ももはシッカリと露出しているし、肩も丸見え。
胸元は一般的な広衿で、手元は和袖。
腰には帯後ろで大きくリボンに結ばれ、裾がふくらはぎまである。
下はミニスカートに見えるが、作りとしては袴を太もも丈に揃えたような作りだ。
どうやら、白狐や兎をイメージして作られた衣装のようで、もふもふで大きめの丸いぼんぼりが飾り付けられていた。
溜め息が出るほどに優美な羽織と、繊細な羽織止めがヒラヒラする男性物。
帯と袖の裾にふわふわの可愛いぼんぼりがあしらわれ、ヒラヒラしている女性物。
同じシリーズの衣装だと、すぐにわかるデザインであった。
「あ……あの……先生……笑わないでとは言いましたが……フリーズしてとは言っていません。沈黙が怖いです!」
「あ、ご、ごめんごめん。いや、なんで着なかったの? とても似合っているんだけど? 凄く可愛いよ!」
「ひゅあっ!? せ、先生……目は大丈夫ですかっ!? いや、審美眼の問題……? ああ……だから、先生は学園にくるブサカワにゃんこを大事に……」
「何気に酷いこと言ってないっ!? いや、本当に可愛いって! ねえ、豆太郎君」
「はい! とっても似合ってますよ、マスター。そこまで頑なに否定する意味がわかりません」
「まあ……どうせ、そんなしょうも無いことを言っていた馬鹿は判っているけど……彼も、今の君を見たら、泣くほど後悔するだろうね」
「先生……それはそれで……怖いというか、気持ち悪いです」
凄まじい嫌悪感をあらわにする彼女を見たキスケと豆太郎は、顔を見合わせて苦笑した。
(これなら、トラウマになることもなく……そのうち、変な洗脳も解けるかな? 人を貶すことで、自分を保っているような馬鹿の影が何時までもチラつくのは、正直――面白くないよね)
豆太郎が足元をクルクル回り、尻尾をこれでもかと振りながら称賛されて戸惑うユスティティアを見つめながら、キスケは考える。
嫌な記憶は良い記憶で塗り替えれば良い。
そのための時間はたっぷりあると自らに言い聞かせ、胸の内に広がる黒い感情を押し殺す。
(やっぱり、あと……2、3発は入れておくべきだった)
彼がこんなことを考えていた同時刻。
どこかの一室で、大げさなくらいの包帯を巻いていた男が盛大なくしゃみをする。
そして、何とも言えない感覚と共に、ぞくりとした物を感じて布団へ潜り込むのを、見舞いに来ていた若き宰相が呆れながら見つめていた。
応援ありがとうございます!
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