20 / 76
第一章
1-20 一夜城ならぬ一刻拠点
しおりを挟むキスケが朝市で購入してきたパンと卵とベーコンにチーズ。
それに、果実のデザートという、この世界の平民であれば贅沢な部類に入る昼食を済ませた二人と一匹は、収穫した素材を整理していた。
昼前まで、二人と一匹は拠点から森の入り口までの草原を整地したのである。
重要なアイテムが自生しているエリアは再発生時間が表示されている場所だけ残していた。
伸び放題であった草は消え、見晴らしの良い草原と平地が広がる。
「これで魔物が潜んでいても判りやすくなりましたね」
「そうだね」
「先生さんにはあまり意味が無いように思いますが……」
「いやいや、そんなことはないよ? 見つけやすいってことは、すぐさまチェックして処理出来るからね」
ニコニコ笑いながら言う内容では無いが、それがキスケだと判っている弟子とその相棒は何も言わず果物にかじりつく。
「この後はどうしようか。洞窟へ行くかい?」
「いえ、さすがに魔物が多いと思いますので、午後は拠点の拡張と周辺の整地。少しですが手に入った鉄で装備とツールの生産。あとは……ちょっと良い物を手に入れたので、それを使って、とーっても良い物を作ろうと思います」
「へぇ……それは楽しみだ」
昼食を終えて片付けを買って出たキスケに後を任せたユスティティアは、共有アイテムに入っている膨大な素材に一瞬顔を引きつらせた。
(ヤバイ……先生の力が半端ない……普通、こんなに入手出来ないよねっ!?)
木材は森の入り口にあった部分しか切り倒していないが、それでもかなりの量だ。
だが、そのおかげで、彼女が作るアイテムの幅が増えた。
大量の木材が手に入ったことにより保管庫を作る余裕が出来たため、それを作業台で作りがてら、家の土台と屋根と壁も製作し始める。
それが終わったら窓と扉だ。
次から次へとアイテムを作りだしていくユスティティアから、相当手慣れた物を感じたのだろう。
後片付けをしながら彼女へ声をかける。
「すごいな……その作業台で、何でも作れるんだね」
「この作業台は、まだグレードが低いので、そこまで高品質な物は造れませんが……ある程度の物であれば作成可能です。先生のおかげで大量に入手出来た木材を使って、これから部屋の拡張をしますね」
「部屋の……拡張って、そんな簡単に出来ることじゃないんだけどね」
「先生さん、マスターの建築センスは壊滅的ですが、内装は期待してくださいね!」
「お豆さん? 今みたいに拡張するのに変な装飾はない方がやりやすいでしょ?」
「まあ……その言い訳が通用するのも今だけですね」
「うぐっ」
軽快なユスティティアと豆太郎のやり取りを聞いていたキスケは、食器を洗いながら爽やかな笑い声を立てた。
作業台で作成したアイテムを全て回収したユスティティアは、現在拠点としている建物の後方へ回り込む。
彼女は、何やら設計図らしき物を持ち、距離を測っているようであった。
キスケの目には見えないが、彼女には今から設置する建材の形が透けて見えているのだ。
「えーと、私と喜助先生の部屋を二階へ移動させて、一階に作業場と水回り、うーん……倉庫はどうしようか」
「作業場付近にあったほうが良いと思いますよ?」
「だよねー……じゃあ、二階にもう一室作る? 何かあった時用や来客用とか?」
「いつ使うときが来るんでしょうね……」
「うぅ……お豆さんのツッコミが鋭すぎて辛い」
「僕は事実しか言ってませんよ?」
「まん丸でコロコロして可愛いくせに……!」
口では悔しそうだが、その真剣な目は建物へ向けられている。
「よし、下を大きく取って、上は吹き抜けにしよう。テラスも完備して、今ある焚き火とかは石材の床にしたテラスへ設置したら良いかも?」
「延焼の心配は無いのですか?」
「大丈夫、一階は全て石材加工にするから! 作業場の上には部屋を作らず、テラスを設置したらOKでしょ」
そう言ったユスティティアは、いきなり今ある家の壁を解体した。
一瞬、何が起きているのか判らずに、キスケはポカンと様子を見守る。
(え……壁が……無くなった? しかも、それで家が崩れないって……どういうことっ!?)
非現実的な光景が目の前で起きている事に気づいたキスケは、もはや言葉も出ない。
木材の壁が消え、全てが石材の壁に変わっていく。
そして、窓と扉が設置され、一階は全て石材建築に変更される。
しかし、驚くのはそれだけではなかった。
「あ、間違って設置した。もー、ちょっとでもズレると、すぐコレだぁ」
いきなり壁が何も無い場所に設置されたかと思いきや、それが消えた。
それから、元々設置しようと考えていた場所に壁が出現する。
つまり、再設置したのである。
「えーと……うーん……はい? ちょ、ちょっと待って……俺の知ってる建築と違うんだけどっ!?」
「え? あ、まあ……違うと思います。だって、この【ゲームの加護】があるからこそ、こんな建築もすぐ出来たというわけですし……」
「いやいや、待って。【建築の加護】を持つ人でも、こんな風には出来ないよっ?!」
「ゲームシステムですから、現実の『加護』とは違うと思います」
あっけらかんと答えるユスティティアに、キスケは眩暈を覚えてしまう。
(ダメだ……この子……わかってない。ヘタすると、この子の『加護』は全ての『加護』を凌駕してしまう! これがバレたら……かなりマズイ。このままだと騒ぎになっちゃわないっ!? 本気でランドールが馬鹿で良かったーっ! こんな『加護』を持った人を妻にしていたら、とんでもないことだよ! 太陽神と月の女神が彼女の『加護』を強奪されたことに言及しないはずだよ……)
キスケは目の前でドンドン形を変えていく建物を見上げながら、ああでもないこうでもないとブツブツ呟き、満足のいくよう建築しているユスティティアを見つめる。
その顔は、学園に居たときよりも生き生きとしており、目が離せないほど眩しい。
(他の者にとって、扱いが難しい【ゲームの加護】だけど、彼女のところへ来て、これほど化けるなんて誰が考えただろう。この『加護』を与えた神が捻くれているのは当然だけど……あれ? もしかして……彼女の前世を知っていて、それが覚醒するように促したのか? そんなことが出来る神って――)
キスケはそこまで考えて冷や汗が額を伝うのを感じた。
あり得ないと言いたいが、説明が付いてしまう現状に眩暈すら覚えてしまうのだ。
「太陽神と月の女神が力を貸すわけだ。そういえば、旅の神とか言われて『当たらずといえども遠からずだな!』とか言って笑ってたな……あの神は――」
その神が、この現状を見たら何と言うのだろうか……と、キスケは天を仰ぐ。
人知を超えた作業を目にして呆気に取られながらも、可愛い弟子とその相棒が元気よく駆けている姿を見ていたら、何も言えない。
それどころか、この子たちを守らなくてはという意識が強くなったと感じるばかりのキスケは、後片付けを終えて食器をアイテムボックスへ入れる。
(豆太郎君のおかげで、【蒼星のレガリア】に関するシステムは理解した。それだけでも驚くべき物ばかりだ。魔物の情報があっという間に入手出来て、対処する順番も簡単につけられる。豆太郎君が言うには、彼女のLvから+10程度の魔物であれば、何とか対処出来るということだから、それ以外は始末すればいいし……)
建築に夢中な彼女を狙う飛行タイプの魔物をサクッと倒したキスケは、地面に落ちた魔物の死体を見下ろす。
「解体ナイフって俺にも使えるのかな?」
共有倉庫には、キスケの分を考えて、採取用から戦闘用の装備が一式入っている。
その中から解体ナイフを手に取り、絶命したばかりの魔物の死体にナイフを突き立ててみた。
すると、アイテムボックスへ羽根と肉と嘴が入ってくる。
「なるほど……これは便利だ」
「先生ー! 建築できましたー!」
「ん? ああ、お疲れさ……マ?」
彼が視線を戻すと、そこには先ほどまでとは明らかに違う建物が存在していた。
木造建築であった物は、全てが石材建築へと変化し、縦と横に拡張されている。
豆太郎が言う豆腐建築に間違いは無いが、二階の大きめなテラスがいいアクセントになって、少しだけ居住空間らしい雰囲気を醸し出していた。
「先生、見てみて! 中が凄いんですよ!」
「マスターが今できる建築で頑張った力作です。……まあ、豆腐建築に代わりはありませんが」
「お豆さんっ!?」
ユスティティアと豆太郎が一緒になって駆けてきて、彼女はキスケの腕を掴み、豆太郎は足元でぴょんぴょん跳ねていた。
よほど、内見して欲しいようだ。
外見から変わっていることを理解していたキスケではあったが、中に入って声を無くしてしまう。
中は、入ってすぐ左が作業場と保管庫になっており、右手は水回りとキッチンという感じに物が配置されていた。
キッチンというには、まだ色々と足りないが、それらしい作りである。
中央にある階段から二階へ行けるが、吹き抜けになっているので見晴らしが良い。
二階の部屋は三つ。
あとは、廊下からテラスへ出られるようになっているらしい。
「すごいな……ここは、全部石造りになっているんだね」
「はい! 作業に火を使う事が多いので、そういう危険な物は部屋から遠ざけました。炉などは、外へ新たに作業場を作る予定です。ゲームでは気にならなかったのですが、リアルだと煙が酷くて……」
「そりゃそうだろうね……そうか、ゲームだとそういう、現実問題が排除されているんだね?」
「快適さを求めて創られている物なので……」
「なるほど。その違いで困っているということかな?」
「そうなんです! でも、それも楽しく感じます。だって、現実にこんなことが出来るなんて凄いじゃないですか!」
目をキラキラさせて語る彼女に、キスケは微笑む。
どうやら、彼女は自分の力をちゃんと把握しているようだと安心したのだ。
「この力――」
「勿論。喜助先生の前だから使っているだけで、他の人の前では使いません。使ったとしても、誤魔化せる範囲の物だと思います」
彼女の返答を聞き、キスケは驚いた。
それと同時に、力に飲まれない意志の強さと賢さを知ったのだ。
(これなら、大丈夫そうだね……)
力に溺れて身を滅ぼした者を、これまで幾度となく見てきたキスケは、『加護』の危うさを十分知っている。
だからこそ、彼女には自重するよう注意を促すつもりだったが、その必要が無かったことを知り頬を緩めた。
「そういうところの理解が早くて助かるよ」
「あ、そうだ、先生。二階のベッドなんですが……」
「ああ、寝具なら気にしないで。買ってきたから」
「……先生のお財布に大ダメージですね」
「こんなに快適な住居を提供して貰えるなら、問題無いでしょ?」
「先生……もっとです! これからは、王族すら経験したこと無い生活を提供しましょう! 私のLvが上がった暁には、私ナシでは生きられないほどの贅沢な暮らしを、お約束させていただきますね!」
「……えーと……それは嬉しい反面、とっても怖いんだけど?」
彼女が何を考えているのか、この先の生活がどういう物へと変化していくのか想像も出来ないキスケではあるが、彼女の自信満々な笑みを見ているだけで楽しくなる。
いや――底知れぬ恐怖も感じるのは何故だろうと、彼は首を傾げた。
(あれ? もしかして……俺……本当に彼女ナシでは、生きていけなくなるのかな?)
まさか……ね――と、心の中で呟きながらも笑みは絶やさない。
ユスティティアと豆太郎が、再び可愛らしい言い合いを始めながら、戸棚と机に椅子の配置について考え出した。
どうやら、この一人と一匹には、内装でこだわる点がいくつかあるようだ。
「一時間もかからずに建てた家……ね」
相変わらず押しても引いてもびくともしない家に感心しながら、キスケは一人と一匹の仲裁に入るべく口を開くのであった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,395
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる