ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-8 意外な一面

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「さて、アイツに聞かれたらマズイ話は以上だが……他に質問はあるかな?」
「ホーエンベルク卿の加護とは何でしょう。それがあるから、魔物とも戦えているということはわかりますが……」
「あー……それか」

 一瞬言葉に詰まった王太子殿下は、ふむ……と唸ってから私の方を真っ直ぐに見た。

「隠しても仕方が無いし、アイツの領地に行けば、嫌でも目にする可能性が高いだろうから教えておこう。ゼオルドは【超回復】という加護を発現した。おそらくだが、四肢が切断されなければ、短時間で回復するはずだ」
「……副作用などは無いのでしょうか」
「今のところ確認は出来ていないが……初代国王陛下が『呪われた加護』だと言っていた力だ。いくら回復するとは言え、痛みを感じないわけではない。出血も然りだ。血が足りなくなっても死にはしないが、絶え間なく苦しむ」
「その状態でも、あの方は戦い続けるのです……腕を食いちぎられようとも、繋がっているなら問題ないと言って……」

 そこまでして魔物を倒そうとする彼に、狂気じみた物を感じる。
 おそらく、彼の中にあるのは魔物に対する強い怒りと憎しみだ。
 これまで結婚も考える事無く一心不乱に戦い続けていたのは、己の中にある衝動を抑えきれなかったのだろう。
 あの穏やかな姿からは想像も出来ない苛烈さである。

「そなたなら、アイツの憎しみも理解出来るのではないか?」
「……どういう意味でしょうか」
「姉を憎んでいるだろう?」

 どこまで私について調べたのだろうか……そう思ったが、王室が本気になって私の事を調べたら、ある程度のことはわかるだろう。
 私と姉の不仲、父と母の対応から見ても、簡単に想像が付く。

「憎んでいないと言えば嘘になります」
「だろうな……」
「ですが、己が壊れてまで復讐しようとは思いません。私は、ホーエンベルク卿とは違った復讐方法を選んだもので……」
「ほう?」

 キラリと王太子殿下の瞳が煌めく。
 復讐しようと思わないと言ったときに鋭くなった瞳が嘘のようだ。
 そう……王太子殿下が求めているのは、彼の憎しみを理解しつつも包み込めるような人物である。
 私が適任者であるかわからないが、ホーエンベルク卿が妻に望んでくれたのだから、その気持ちに応えたい。

「私は、姉がうらやむほど幸せになります。何を奪おうとも私にはなれない……私は私で姉は姉でしかない。自分の手で掴み取らなければ、幸せなど訪れないことを知らしめて、絶望のどん底にたたき落として差し上げるつもりです」

 ニッコリと笑って告げた言葉を聞いた王太子殿下は、しばらくの間ポカーンとしていたのだが、次の瞬間には吹き出すように笑い出し、お腹を抱えて涙まで浮かべている。

「さすがに下品ですわよ」
「これが笑わずにいられるか? 最高じゃないか! いいな……その考え方、とてもいいな!」
「それには同意します。私も、その復讐劇を最後まで見届けたいですわ」
「二人で見届けよう。この才女が、復讐を成し遂げ、あの頭の固い親友を変えていく様を……」
「そうですわね……ようやく、幸せになれそうな兆しが見えたのですもの。友として、これほど嬉しいことはございません」
「ああ。本当にな……」

 王太子殿下と王太子妃殿下のお二人が、嬉しそうに……しかし、儚げに笑う。
 これまで、どれほどホーエンベルク卿のことを心配していたのだろうか。
 大切な友が大地を血に染めて戦っている様を、遠くから見ることしか出来なかった二人には、私という存在が希望に感じたのだろう。
 本当にそうであればいい……そうなれるように、私は努力しようと心に誓った。

「お、落ち着いてください、ゼオルド様!」
「殿下にも悪気は……」
「悪気以外の何者でもないだろう!」

 ん?
 この声は……いや、いつもの穏やかな雰囲気はどこへ?
 そう考えている内に、バンッ! と乱暴に開けられた扉から入ってきたのは、息を切らせたホーエンベルク卿であった。
 あ、そのちょっと乱れた髪も素敵ですね……という感想を思い浮かべている間にも彼は距離を詰めて、問答無用で王太子殿下の襟元を掴んだ。

「クロヴィス……どういうつもりだ」
「そんなに怒らなくても……お前の婚約者が驚いているぞ」
「っ!」

 バッと手を放して驚くべきスピードで此方を見た彼は、私が無事であるかを確認して安堵の吐息をついたようであった。
 そのまえに……呼び捨てにして良いのですか?
 小首を傾げている私を見つめる彼は、眉尻を下げて問いかけてきた。

「何故私が迎えに行くと言っておいたのに、クロヴィスの用意した馬車に乗ったのですか」
「それは、ホーエンベルク卿が持っていたお守り袋を見せられて……」

 その言葉を聞いた彼は、ジトリと王太子殿下を睨み付ける。
 あの……相手は王太子殿下なのですが、本当に大丈夫なのですか!?
 私の瞳が不安げに揺れていたのを感じたのか、王太子妃殿下がクスクス笑いながら、「これがいつものやりとりなんですよ」と教えてくれた。
 いつも……
 その言葉に安心したら良いのか、注意したら良いのかわからなくなってしまう。

「コレは私がそなたの母に貰った分だから、問題ないだろう」
「悪用するとなれば話は別です」
「悪用はしていない。お前がいるとできない話もあるから、彼女を呼んで談笑していただけだ」
「……本当ですか?」
「はい。興味深いお話をいくつも聞かせてくださいました」
「変な話ではないだろうな」
「え? 学生時代に一緒に先生の鞄にカエルを入れたことか?」
「そういういらないことを言うな! しかも、それはお前がどうしても使うからというから、私は捕まえてきただけだ!」
「共犯だ、共犯」
「断じて違う! しかも、まだ子供の頃の話だろうが……」
「何を言う、今とは違う子供の頃の話だから面白いのではないか」

 ふふんっと笑いホーエンベルク卿を手玉にとっている王太子殿下は、黙っていろと言うように片目を瞑って見せる。
 ホーエンベルク卿の学生時代が今の一言で垣間見えたような気がする。
 しかも、私に対しての丁寧な言葉遣いは、本来王太子殿下にすべきだと思うのだが……気のせいだろうか。

「アニュス様、貴女も何故止めてくれなかったのだ」
「あら、面白いからに決まっておりますわ」
「この夫婦はっ!」

 意外だ……もっと落ち着いた物腰の柔らかい男性かと思っていたら、こんな一面も持っているのかと驚きを隠せない。
 別段嫌では無いが、よそ行きの対応ばかりされていたのかと思うと、少しだけモヤモヤする。
 私……妻になるのですよね?
 そう問いかけてみたいが、三人が仲良く話をしている状態に割って入るのも気が引ける。
 しかし、今の会話だけでもわかったが、王太子殿下とホーエンベルク卿は、幼い頃から仲が良かったようだ。
 幼なじみの親友同士。まさに、そんな感じである。
 いいな……私にもそういう相手がいたら、もっと学生生活を楽しめただろうか。
 領地運営について学ぶべき事が多すぎて、そんな余裕はなかったと判ってはいても、そう考えてしまう。

「とりあえず、私の婚約者に変なちょっかいはかけないでいただきたい。この方はシッカリしているようで繊細な部分を持っているのだから」

 そういって肩を抱き寄せられた私は、思わずフリーズしてしまった。
 わ、私が繊細?
 そんな風に言われたことがなかったので驚いてしまった。
 まるで、全てを見透かされているような海色の瞳と、彼の言葉にぎくりとしたのも事実だ。
 親も姉も元婚約者でさえも、そんなことは言わないのに……
 いや、もしかしたら両親はわかっていて、あえて言わないのかも知れない。
 私は強いのではなく……強がっているだけなのだと――
 しかし、会って間もない彼が、何故……私の深い部分まで理解しているのだろうか。  心に浮かんだ疑問を口にすることは出来なかったが、唇を噛みしめてバレないように彼の服の裾を指でつまんだ。
 この動揺を、まだ知られたくは無い。
 でも……いつかは気づいて欲しいと思うのは、私の我が儘だろうか。

「そうかそうか、仲が良さそうで安心した」
「心配されるほど、無神経ではない」
「ほー? お前がそれを言うのか? 恋文を果たし状だと勘違いして物々しい雰囲気のまま呼び出された場所へ行って、女性に怖がられて逃げられたくせに?」
「……うるさい」

 恥ずかしいエピソードの暴露に、頬を引きつらせて王太子殿下を睨み付ける。
 いつもの穏やかな雰囲気は全く無く、どこか鋭さがあってカッコイイ。
 私の知るホーエンベルク卿が魔物退治など出来るのだろうかと心配していたが、これなら大丈夫だろうと安堵した。
 彼の瞳を暗くさせる過去。
 そして、魔物への怒りと憎しみ。
 それ全てを知っても、私はこの人の妻になる決意を変えることはなかった。

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