ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-7 彼の凄惨すぎる過去

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「ホーエンベルク卿を抜きにして、お話がある……ということでしょうか」

 私が絞り出した言葉に反応して、長い足を組んで座っていた王太子殿下がニヤリと笑う。

「察しが良いな。まあ……それくらい判るか? 才女で有名だったからな」
「そうですね。ククルーシュ嬢がいるからトレッチェン領は安泰だと、私の父も申していたくらいです」
「ほう? この国の宰相に気に入られる実力者か……それなら、側近に欲しかったな」
「いけませんわ。領地運営をおろそかになさいますと、そのしわ寄せが来るのは民です。それに、王家も打撃を受けてしまいます」
「そうだな。しかも、この才女をゼオルドが妻にするというのだから面白い」

 今の私は全く面白くありませんが……それは良かったです。
 心の中で悪態をつきながら、決して言葉にしないのは、王族が持つと噂される加護に悪意ある言葉だと反応させない為だ。
 下手な言葉を口にしてはいけない。
 これは、かなりプレッシャーである。

「そなたは、どれくらいゼオルドの事を知っている?」
「……殆ど存じ上げておりません。先日、初めて顔合わせをしたくらいですので……」
「だろうな。アイツの事は、あまり世間一般には知られていない。いや、そうなるように我々が手を回しているのだ」
「……手を回している?」
「アイツは……色々あったからな……」
「その色々が、あの方の瞳を暗くさせる理由でしょうか」

 思わず口をついて出た言葉に、王太子殿下は目を丸くして身を乗り出した。

「それがわかるのかっ!?」
「は……はい……よく見ていればわかりますので、驚かれるほどではないかと……」
「いや、それだけアイツが貴女を信頼している証だろう。そうか……ならば、プラン変更だ。何があったか、包み隠さずに話してやろう」
「おそらく、あの方は自らの口で語らないでしょうから……」

 王太子殿下と王太子妃殿下の真剣な眼差しを受け、私はコクリと頷く。
 本来なら本人に聞きたいが、それが難しいのなら、親友だという王太子殿下から聞いた方が良いと判断したからである。
 言葉にするのも痛みを伴うような話であれば尚更だ。

「今から話すことは決して口外しないで欲しい。王家が総力を挙げてもみ消した……というか、事実を覆い隠した事件なのでな」
「わ、わかりました」

 出だしから不穏な空気が漂う。
 しかも、王家が介入してもみ消したような案件に携わっているのかと思うと、それだけで頭痛がしてきたが、今は黙って話を聞こうとお腹に力を入れた。
 よし……何が来ても大丈夫なので、ドーンと来い!

「今から十八年前のことだ。ホーエンベルク領に、大量の魔物が押し寄せた。その数は尋常ではなく、ホーエンベルク領は一夜にして壊滅状態に陥ったのだ。ゼオルドのみを残して一族は死に絶え、領民も残ったのはわずかであった」

 そんな話は聞いたことがない。
 それほどの被害が出ていたのなら、各地に知れ渡っているはずだ。
 だが、誰も知らない……知る人はいない。
 いや、知っていても口外することを禁じられているのだろう。

「家族を喪ったショックからか、ゼオルドは加護の力に覚醒した。人知を超える凄まじい力を前に、大量の魔物は為す術も無かったようだ。現場に赴いた騎士団長が、未だに思い出すらしい……血に染まった大地に、一人たたずむゼオルドの姿を――」

 わずか十歳にして、悪夢のような一夜を過ごしたゼオルド様は、よく無事であったと神に感謝したいほどだ。
 彼からしてみたら、家族が死に絶える姿や領民が死んでいく姿を目の当たりにしたのだから、狂わんばかりであっただろう。
 それこそ、私にはわからない痛みを心に刻んだに違いない。

「一応、ホーエンベルク家の者は皆、病死したことになっている」

 淡々と語る王太子殿下の言葉は私の耳に入ってきたが、理解出来ずに呆然としてしまう。
 嘘や冗談で片付けるには重すぎるし、彼の暗い瞳の説明には十分な説得力を持っていた。

「話は飲み込めたか?」
「……何故、隠し通す必要があったのですか?」
「そうだな。そこが疑問だと感じるよな。まずは、大量の魔物が押し寄せた件、次いで、ゼオルドが加護の力に目覚めた件、そして……武闘派として知られるホーエンベルク家が一夜にしてゼオルド以外死亡した件――それ全てが不都合なのだ」

 不都合……その言葉には様々な意味がこめられていた。
 まず、ホーエンベルク卿が加護の力に目覚めたことを伏せたかったのは、王家の権威が脅かされるといった物では無いはずだ。
 それなら、国王陛下と王太子殿下が、ホーエンベルク卿と親しくしている事が不自然である。
 加護を持つ人を利用しようとする者がいる……そう考えるのが自然だろう。
 次に、表向きは病死と発表していることだ。
 これは単純に、大量の魔物の襲撃と、その魔物をホーエンベルク卿が加護の力に目覚めて討伐した事実を伏せるための嘘だと考えれば納得がいく。
 しかし……一番理解出来ないのは、大量の魔物が発生した事実を伏せていることだ。
 確かに、大量の魔物が押し寄せた事実を公表すれば、民衆だけではなく貴族もパニックに陥るだろう。
 だが、今後の対策を練るためにも必要なはず――
 つまり、既に対策が取れる状況にあるから、ヘタに騒ぎ立てたくはないということなのではないだろうか。
 それを確認するためにも口を開く。

「ホーエンベルク卿のご家族が全員亡くなるほどの大量の魔物は……どこから現れたのですか?」
「……随分と頭の回転が速いな。まずはそこから尋ねてくるのか」
「病死と偽ったのは、大量の魔物の出現と、ホーエンベルク卿の加護を覆い隠すためですよね?」
「ふむ……ヘタな説明を省けて、これは楽だな」
「アナタ……」
「いや、私の従者もこれくらい理解してくれたら助かるなと思っただけだ」
「話がそれております」
「ああ、すまん。お察しの通りと言うやつだな。特に、加護の覚醒は知られたくない。アイツを使い潰そうとする奴等から覆い隠したいのだ」

 やはり、守ろうとして事実を隠蔽したのだと知り、少しだけホッとする。
 一族を喪った彼が利用されるなんて……使い潰されるなんてあってはならない。

「そして、大量の魔物なのだが……どうやら、ホーエンベルク領にある最古の森からやってきたようだ。その襲撃以来、定期的に魔物がやってくるようになったようだからな……」

 これが明るみに出れば、人々はどう動くだろうか。
 ホーエンベルク領を切り捨てるか、全ての責任を彼に背負わせるか……どちらにしても、ホーエンベルク卿に不利な状況となる。

「あの方は……ずっとその魔物の群れと戦っているのですね」
「そうだ。だから、この歳まで未婚のままでいたのだ。しかし、アイツの代でホーエンベルクを終わらせるわけにはいかないのだ」
「勇者の遺物……」
「その通りだ。それがあるから、ヤツはこのままというわけにはいかない。十八年間ずっと魔物と戦い続けていた。他の勇者の遺物を使っても排除出来ないほど魔物は強大な力を持っている。それこそ、初代国王陛下がいた時代の魔物ほど力を持っていると推測される」

 それが事実なら、魔王が復活する兆しでは――と、考えてハッとした。
 そうだ、それを懸念して王家は慎重に動くことにしたのだ。
 情報を操作し、外部に漏れないように信用できる人を使って、ホーエンベルク卿を庇護した。
 魔王が復活する兆しがある時に、人知を超えた力を持つ者が現れたのだ。
 彼が勇者か魔王か……見極めるために――

「何故……私にその話をするのでしょうか」
「ゼオルドがそなたに初代国王陛下の遺物を見せると言ったからだ。勇者の遺物は、現在使用出来る状態の物以外は、国王陛下の許可無くして誰かに見せることも禁じられている」
「……使えない遺物でも……ですか?」
「我々は反対だと思っている。世間では『ハズレ遺物』などと言われているが、我々に扱えない遺物だからこそ、危険で恐ろしい力を秘めているように思えて仕方が無いのだ」

 王太子殿下の言葉で、この国の王族は馬鹿ではないと感じた。
 それは正しい。
 おそらく、今現在使えない遺物の中には、この世界の技術を超えた代物があるはず。
 そして、ヘタに使われては困るから、使用条件を引き上げているとも考えられる。

「ゼオルドがそこまで信頼しているそなたを、我々も信頼したいと思っただけなのだが……気に入った! ゼオルドの妻に相応しい聡明な女性ではないか」
「そうですわね。あの方の足りない部分を補ってくださることでしょう」
「アイツが脳筋だと言いたいのか?」
「あら、私はそこまで申し上げておりませんわ」

 くすくす笑う王太子妃殿下に、王太子殿下はジトリとした視線を向けているが、本当に仲が良い。
 これほどホーエンベルク卿のことを考えている二人なら、私と話をしたがった意味もわかる。
 本当に良い友人に恵まれている方なのだと改めて感じた。

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