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あの後。
カインは私が泣き止むまで私を抱きしめ続けてくれた。泣き止んだ後も、泣きはらした顔を見られたくはないだろうと、何も言わずに彼が着ていた外套を私の頭に掛けて手を引いて馬車に乗り、城の私の部屋まで送ってくれた。
でも一度思いっきり泣いてみると、案外スッキリするものだ。死に戻ってからきっと初めて何の憂いもなく眠ることが出来た。実はいつもは『明日にはまた全てがなくなっていないか』や『実は今見ているものは夢だったりしないか』などと日々ベッドに潜る度に悶々としていたのだ。でもその日はそれがなかったので、朝を清々しい気分で眠ることが出来たのだった。
気を遣ったのか今日は珍しくカインからデートに誘われなかったのを利用して、母様にあの冒険者のお兄さんについて聞きに行くことにした。というか、何故だか分からないが、今日聞きに行かなければならないような気がした。
母様は特に何も伝えずに、執務中にも関わらず私が訪問しても、仕事をお茶の時間だと言って切り上げて、笑顔でお茶を用意して私を迎えてくれた。
なんだか元気な母様を見ると落ち着く。なにせ私は死に戻る前、兄様達を失った1年後に母様をも失くしていた。夫と息子2人を一気に失った母様は、そのショックで病気になり、私を残して逝ってしまったのだ。最後に見た母様は、既に病気で食事が食べられなくなって痩せこけていた。そして私にいつも謝っていたのだ。自分の死期を悟って、『ナーシャだけを独り残してしまう。弱い私を許して――』と。
母様は明るく振舞って、自由奔放な性格だと思っていたが、この時初めて心の中は誰よりも優しくて弱い人だったのだということを知ったのだ。
落ち着く香りがするダージリンの湯気を燻らせて堪能しながら、世間話に花を咲かせていた母様と久しぶりに様々な会話を楽しんだ後、適当なタイミングであの話をした。
「最近思い出したことなのですが、昔、私に自分の冒険譚を話してくれた母様の従兄がいたじゃないですか。その方が今どこにいるかご存じですか?」
「従兄……ジャクリム兄様の事かしら?」
「そうです、私にオジサン呼びを許さなかったそのお兄様です」
割とすんなりと話を受け入れられたことに安堵する。
全くあのお兄さんの話を聞いていなかったこともあり、母様の中であの人の話題が地雷になっていたらどうしようなどと要らぬ心配をしていたのだ。
「ジャクリム兄様がどうしたの?ナーシャ、何か彼に用でもあるの??昔は『母様!オジサンに意地悪された~~』なんて泣いていたのに」
「母様、それもしかして昔の私の真似ですか?」
「ええ。似ているでしょう。でもジャクリム兄様も、何度注意しても私が見ていない所でナーシャをイジメるのだから、困ったものだわ」
そういえば私は最終的にあの人を『お兄さん』と呼ぶようになったが、オジサンと呼ぶたびに……いや、呼ばなくてもおやつに出たお菓子を食べられたり、寝る前に母様の代わりに絵本を読んであげるだの言って、怖い話をされたり、他にも色々と割と子供には酷いことをされていたのだということを今更思い出した。
「……そのお兄さんに直接聞きたい事があるので、会いたいのです」
そう、昔聞いたあの古い神殿の遺跡で見つけたと言っていた運命に逆らい、やり直しを続ける少年の話。私の今の状態と重なる部分が多いあの話をもっと詳しく知りたいのだ。今は少しでも現在自分が置かれている状況のヒントが欲しかったから。
「う~~ん、居場所は知っているのだけど、すぐに会わせることは出来ないわね」
「すぐには無理……何故ですか?」
「だって、遠いんだもの。彼が今居る国は、ここから北。ストレツヴェルクを超えたところにあるバアルベリト魔法学院で教鞭を執っているのだもの」
「バアル、ベリト……」
私があと5年後に通う場所であり、現在春休みで帰ってきてはいるがユーリ兄様が最終学年として通っている場所だ。しかし私が学院に入った時、あの人はいなかったはずだ。
そもそもいれば気付くし、何よりもあの最悪な性格の人の事だ、私に絡んでこない筈がない。
それとも私とは入れ違いになるのだろうか?あんな人の苦しむ顔が大好きっていう感じの性格の人が生徒をイジめないわけがない。きっと私が入学する前に、生徒をイジメすぎたという理由で早々にクビになったに違いない。そう考えると、すぐに納得することができた。
「あ!!良い事を思いついたわ。ナーシャをジャクリム兄様に会わせられてかつ面倒なことも片付けられる最高のアイデアを!!!」
「……とりあえず、母様にお任せします」
母様が確実にヤバい事を思いついているであろうことは予想が付いたが、そもそもこの人を止められる自信がない。母様は昔から一度物事を決めたら猪突猛進、誰が止めたとしても突っ走る人なのだ。
きっとその計画内容が分かったとしても、今から止める事など出来ないだろう。
別にそこまで酷いことにはならないだろうと諦め、お兄さん改めジャクリム様に会えることを期待しようと気持ちを切り替えたのだった。
カインは私が泣き止むまで私を抱きしめ続けてくれた。泣き止んだ後も、泣きはらした顔を見られたくはないだろうと、何も言わずに彼が着ていた外套を私の頭に掛けて手を引いて馬車に乗り、城の私の部屋まで送ってくれた。
でも一度思いっきり泣いてみると、案外スッキリするものだ。死に戻ってからきっと初めて何の憂いもなく眠ることが出来た。実はいつもは『明日にはまた全てがなくなっていないか』や『実は今見ているものは夢だったりしないか』などと日々ベッドに潜る度に悶々としていたのだ。でもその日はそれがなかったので、朝を清々しい気分で眠ることが出来たのだった。
気を遣ったのか今日は珍しくカインからデートに誘われなかったのを利用して、母様にあの冒険者のお兄さんについて聞きに行くことにした。というか、何故だか分からないが、今日聞きに行かなければならないような気がした。
母様は特に何も伝えずに、執務中にも関わらず私が訪問しても、仕事をお茶の時間だと言って切り上げて、笑顔でお茶を用意して私を迎えてくれた。
なんだか元気な母様を見ると落ち着く。なにせ私は死に戻る前、兄様達を失った1年後に母様をも失くしていた。夫と息子2人を一気に失った母様は、そのショックで病気になり、私を残して逝ってしまったのだ。最後に見た母様は、既に病気で食事が食べられなくなって痩せこけていた。そして私にいつも謝っていたのだ。自分の死期を悟って、『ナーシャだけを独り残してしまう。弱い私を許して――』と。
母様は明るく振舞って、自由奔放な性格だと思っていたが、この時初めて心の中は誰よりも優しくて弱い人だったのだということを知ったのだ。
落ち着く香りがするダージリンの湯気を燻らせて堪能しながら、世間話に花を咲かせていた母様と久しぶりに様々な会話を楽しんだ後、適当なタイミングであの話をした。
「最近思い出したことなのですが、昔、私に自分の冒険譚を話してくれた母様の従兄がいたじゃないですか。その方が今どこにいるかご存じですか?」
「従兄……ジャクリム兄様の事かしら?」
「そうです、私にオジサン呼びを許さなかったそのお兄様です」
割とすんなりと話を受け入れられたことに安堵する。
全くあのお兄さんの話を聞いていなかったこともあり、母様の中であの人の話題が地雷になっていたらどうしようなどと要らぬ心配をしていたのだ。
「ジャクリム兄様がどうしたの?ナーシャ、何か彼に用でもあるの??昔は『母様!オジサンに意地悪された~~』なんて泣いていたのに」
「母様、それもしかして昔の私の真似ですか?」
「ええ。似ているでしょう。でもジャクリム兄様も、何度注意しても私が見ていない所でナーシャをイジメるのだから、困ったものだわ」
そういえば私は最終的にあの人を『お兄さん』と呼ぶようになったが、オジサンと呼ぶたびに……いや、呼ばなくてもおやつに出たお菓子を食べられたり、寝る前に母様の代わりに絵本を読んであげるだの言って、怖い話をされたり、他にも色々と割と子供には酷いことをされていたのだということを今更思い出した。
「……そのお兄さんに直接聞きたい事があるので、会いたいのです」
そう、昔聞いたあの古い神殿の遺跡で見つけたと言っていた運命に逆らい、やり直しを続ける少年の話。私の今の状態と重なる部分が多いあの話をもっと詳しく知りたいのだ。今は少しでも現在自分が置かれている状況のヒントが欲しかったから。
「う~~ん、居場所は知っているのだけど、すぐに会わせることは出来ないわね」
「すぐには無理……何故ですか?」
「だって、遠いんだもの。彼が今居る国は、ここから北。ストレツヴェルクを超えたところにあるバアルベリト魔法学院で教鞭を執っているのだもの」
「バアル、ベリト……」
私があと5年後に通う場所であり、現在春休みで帰ってきてはいるがユーリ兄様が最終学年として通っている場所だ。しかし私が学院に入った時、あの人はいなかったはずだ。
そもそもいれば気付くし、何よりもあの最悪な性格の人の事だ、私に絡んでこない筈がない。
それとも私とは入れ違いになるのだろうか?あんな人の苦しむ顔が大好きっていう感じの性格の人が生徒をイジめないわけがない。きっと私が入学する前に、生徒をイジメすぎたという理由で早々にクビになったに違いない。そう考えると、すぐに納得することができた。
「あ!!良い事を思いついたわ。ナーシャをジャクリム兄様に会わせられてかつ面倒なことも片付けられる最高のアイデアを!!!」
「……とりあえず、母様にお任せします」
母様が確実にヤバい事を思いついているであろうことは予想が付いたが、そもそもこの人を止められる自信がない。母様は昔から一度物事を決めたら猪突猛進、誰が止めたとしても突っ走る人なのだ。
きっとその計画内容が分かったとしても、今から止める事など出来ないだろう。
別にそこまで酷いことにはならないだろうと諦め、お兄さん改めジャクリム様に会えることを期待しようと気持ちを切り替えたのだった。
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