今回は絶対に婚約を回避します！～前回塩対応してきていたはずの元婚約者の様子がおかしいのは何故ですか！？～

１１．

オペラが開幕する。

第一幕。
主人公は王子。戦乱の時代に産まれた彼だったが、彼は自身の国の愛し、いつかの平和を夢見て、常に自分を犠牲にし続けながら戦う人だった。
しかし彼は戦争をしている敵国の王女に戦場で恋をしてしまう。彼女は勇敢で強く、美しい女性だった。兵を率いて誰よりも前線で戦う。正直なところ彼は戦場が怖かった。でも彼女と剣を合わせている時だけは楽しかったのだ。そんな彼女と何度も戦っているうちに、彼は彼女に惹かれていった。

第二幕。
愛国心と恋心。その立場上、相容れない感情に振り回され、歌う王子。それは苦しみの歌だった。引き裂かれそうな心で悲しみ、嘆く、そんな歌。
しかし苦しみの中、転機が訪れる。
とある戦いで土砂崩れが起き、王子、そして敵国の王女や兵もろとも押し流されたのだ。
魔法が使えた王子と敵国の王女は生き残っていたが、他の人間たちは全滅。しかも敵国の王女は大怪我を負っていた。国の平和を真に望むのであれば、ここで一騎当千の戦力を持つ彼女を仕留めることができれば、自国の戦況は一気に勝ちの方向へ傾くだろう。しかしそんなことはできなかった。王子は結局敵国の王女を治療してしまった。

第三幕。
怪我のショックで記憶を失っていた敵国の王女を連れ、近くの街に滞在する。
敵対などしていない純粋な笑顔を向けてくれる彼女に接するたびに、恋が愛へと変化していく。
永遠にこのまま一緒に二人で暮らせれば良いのに。そんなことを考えていたが、突然街が戦火に包まれる。完全に敵国――彼女の国に支配されたその街。そして敵国の兵によって、彼女が王女であること、そして一緒に居た自分が敵である王子ということがバレてしまう。そして敵国に幽閉される王子。

第四幕。
自分の死を悟りながらも、彼女との思い出を思い出しながら、また敵対するくらいだったらここで死んだ方が楽になれるという考えに辿り着いてしまった王子。
閉じ込められた牢獄で一人、目を閉じようとした瞬間、王女が助けにきた。実は彼女は怪我が治って暫くした時には既に記憶が戻っていたらしい。それでも彼と一緒にいたいがために、記憶を失ったふりをし続けていた――と。記憶がない自分には彼は屈託のない笑み、見たことのない表情を見せてくれるのが嬉しかったのだ、とそう告白した。実のところ、彼女も戦場で王子と何度も剣を交えるうちに、恋に落ちていたのだ。
気持ちが通じ合った二人。そして二人は、牢獄から、国から逃げ出す――という最後だった。


観劇を終えた直後、圧倒されていた世界から戻ってきたと同時に、なんとも言えない気持ちになった。
だって私にはきっと真似できない。きっとこの王子と王女はこの後、どちらの国が勝ったとしても一方の家族や国民は殺されるのだ。そんなの耐えられないと思ってしまった。本当に誰もいなくなる、孤独になる恐怖を知ってしまったから。

そうだ、私は結局一人になりたくないのだ。

家族も、親しい人も、誰もいなくなってしまったあの世界で生きるのは苦しくて仕方がなかった。そして唯一生きているはずの最も愛おしかった人は私の言葉を何一つとして受け取って、信じてなどくれない。
ただ、息苦しかった。失ったものは帰ってこない。それが痛いくらいに分かっていた私は、牢獄に居た時の王子のようにずっと静かに死を待っていたのだ。それじゃあ負けるに決まっている。

ああ、でも、家族や国を捨てられた、見ないふりを出来た王子は、それでも一人にならずに好きな人とずっと一緒に暮らせるという希望を持った王子はどれだけ幸せなのだろう。

「アナスタシア！？どうしたんだ！！？」
「え……？」

思い出して、改めて分かってしまった過去の記憶、そして気持ちにいつの間にか涙が流れてしまっていたようだった。

「仕方ない。大人しくしていろよ」

涙をカインに見せてしまった情けなさに顔が赤くなり、咄嗟に涙を消そうと目を手で擦ろうとするが、その行動は阻止され、次の瞬間には少し自分よりも高い体温に身体を包まれていた。

「大丈夫だから、安心しろ。物語と違って俺達の国は平和だ。それに何かあっても俺が君を守るから。泣くな」

皮肉だ。
私が死に戻る原因になった、私を殺した人が……これから近い将来に再び私を殺すであろう人が私の事を何があっても守ると言っている。
でも、今は、涙が止まるまででいい。その言葉を信じていたかった――。