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手を引かれて連れて行かれたその場所から見える風景は息を呑むような美しさだった。
階段を上った先は、壁も天井も全てがガラス張りの空間。そしてその奥、透明なガラスの扉を開けた先には唯一外に面したバルコニー。人間二人が立つと肩を寄せるような態勢になってしまうが、そんなことは気にならないくらいに美しい場所だった。
白い息が気にならないくらいに美しかった……が、寒くはあったので、少し身体が震える。それと同時にバサリと肩に布が掛けられた。ふわりと暖かい空気と、落ち着いたミモザの香りに身体が包まれる。

「寒そうだと思ったんだ」

カインが、私に自分が着ていたコートをかけてくれたようだ。ありがとうございます、と軽く礼を言った後に再びの沈黙。
しかし今回の沈黙は気まずいものではなかった。ただ星を眺めているだけ。それだけで自然と心は穏やかだった。不思議だった。この後殺されるという事実を知っていながらも、何故か隣で落ち着いていられる。
暫く静かに眺めていると、カインが声を発した。

「そうだ、少し目をつぶっていてくれるか?」
「え……」
「別に変なことはしない。思いついたことがあるんだ」

反発するのが面倒だったのと、落ち着いていた心。それに流石にこの場で何かをされるということはないだろうという気持ちから、目を閉じた。完全に安心油断、していたのだと思う。
なんだか横で魔法を使う気配がするが、特に危険を感じるような魔力ではなかったので、大人しく目を閉じ続ける。程々に彼の行動に対する反応を返して、程々に嫌われないくらいの対応をしようと考えながらも、少しうとうとし始めた頃。目を開けて良いと言われた。
目を開けると同時に、細長い漆黒の紙を手に置かれる。

手に乗ったものを見た瞬間、目を瞑りながら考えていた反応を返すことは出来なかった。
私の手に置かれたものは、栞だった。しかしただの栞ではない。真っ黒で表面がスベスベした堅い材質の、流星群をモチーフにしたもの。これはかつての、私を殺したはずの彼が私にくれたものと全く同じものだった。
中指から掌の端ほどの大きさのその栞の表面をなぞってみる。記憶と寸分の狂いもない。

「俺が一番好きなここの風景の記憶だ。君がこの国に一緒に来てくれるって知ってからずっとこれを共有したかったんだ。今は時期じゃないから見ることは出来ないが、いつか君と同じ風景を見られることを願って。その、あれだ。好きな人に自分が好きな風景を知って欲しかった。まあ、予約みたいなものだ」

一緒に見たかった。風景を共有したかった。
その言葉に思わず泣きそうになってしまった。全く同じモノを作った、それは同じ思いが込められているということの何よりもの証拠。
かつての彼も私にくれたものではあったが、かつての彼はどちらかというと『私が栞を失くしたから、仕方なくやる』という嫌々感が漂う渡し方だった。けれど当時の私は、彼から何かしらの物を貰えたという事実が嬉しくて仕方が無くて、ずっと持ち歩いていたほどだった。
でもこれがもしも彼がずっと渡す機会を伺っていたのだとしたら、私とこの風景を共有したいと思ってくれてたのだとしたら――。
そう想像すると胸が締め付けられた。

「……気に入らなかったか?」
「いえ、とても、その、素敵だと思います」

心が痛みながらも、顔は自然と笑みを浮かべていた。ここで変に悲しい顔をしたり、涙を流せば、また言い訳を考えなければならなくなる。ギリギリの理性でそれを押しとどめていた。

「近いうちに流星群が流れる時期が来るんだ。その時また一緒に見よう」

答えられなかった。私にその言葉に答える資格はないのだ。私は自分や国、そして家族が生き延びるために、この先の未来を変える事を決めた私には。
最初の覚悟では、ただ私の事を苦手としていたはずのカインのことを避ければ良いと考えていた。彼に好意を伝えられた時も、テキトーに躱し続ければ良いと思っていた。その考えの甘さを改めて思い知らされてしまった。

私はこの人の気持ちを受け取ることをせず、今向けてくれている好意、きっと以前の私と同じ気持ち……この人以外考えられないというその気持ち、それを持ったまま殺された後も結局完全に恨むことすらも出来なかった。無意識下で相手を害そうという手段を捨て、避けることしか思いつかなかったほどの好意を無下にして――捨てるのだ。一生に一度だとすら思ったあの気持ちを徹底的に踏みにじることになる。ただ、自分の未来のために。
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