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act.2 reminiscence

彼の事情4

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その後は流れるように事が進んだ。父上が公爵領からガーランド公爵を呼び出した後、すぐに公爵と対面する。
公爵は僕の“覚悟”についてだったり、ヴィオレッタの幸せをどう考えているのかなどを散々探ってきた。公爵で元宰相という経歴は伊達ではない。ロベールのような分かりやすい圧ではなかったが、じりじりと凍てつくような圧を長時間かけられた……。
でも流石親子と言うべきか、大方はロベールにされたようなほぼ同じで、やはり血がつながっているのだな、と感じる。それに最後まで誠実に受け答えしたが、公爵の攻略はそんな簡単ではない。
今度は”なんとなく気にくわない”、”二人共若すぎる”などと反論してきた彼に真面目に向き合って、説得すると、最終的には”何故ヴィオレッタなんだ!!?”と泣き出す始末……正直大人の男――しかも自分の父親と同年代――の男の泣く姿を見るのは心情的にきついものがあった。
公爵が年甲斐もなく泣き出した時には僕もさすがに動揺し固まってしまったが、救世主が現れる……ロベールだ。ずっと涼しい顔で隣で聞いていたロベールは公爵が泣き出した時点で急に真顔で公爵に近寄り、何かしらを耳打ちしたのだ。すると公爵の顔がみるみる内に青白くなり、父上がそこでそのまま畳みかけるように婚約を承認させていた。
二人はもしかしたら公爵のこのような奇行に慣れているのかもしれない。あまり嬉しくない慣れだろうけど。
とにかく少し無理矢理感はあったが、二人のお陰で半日ほどで話を済ませることができたのだった。

それと公爵と直接話してみて感じたことだが、やはり父上の話してくれた昔話の通り、公爵は深くヴィオレッタを愛している様だ。だから父親として彼女に苦労をさせたくない。その思いがひしひしと伝わってきた……泣きわめくのはどうかと思ったが。

ついでにロベールは別れ際、泣いたせいで瞳が赤く腫れた公爵に“寝返った事、後で覚えていろよ”と不穏な発言をされていたが、何もなかったかのようにその発言を笑って受け流していた辺り、彼は相変わらず底が知れないと思う。

***

そうして遂に、ヴィオレッタとの再会が叶う。彼女との再会の場所は王宮の温室庭園だった。物珍しいのか、枝垂れるように咲くウィステリアの花々をキョロキョロと見上げていて可愛い。僕がじっと見つめると、彼女も素直に見つめ返してくれる。そんな所も可愛くて仕方がなかった。どれだけ眺めていても飽きない。

彼女に見惚れていたら時間を忘れていたようで、いつの間にか場は静かになっていた。先程まで公爵と騒いでいた父上に促されて、彼女に自己紹介をする。

「ウィステリア王国第一王子のアシュレイ=ウィステリアです。君と婚約できて本当に嬉しいよ……これからよろしくね、僕の可愛い婚約者」

そう僕が挨拶すると、彼女は“初めまして”と返した。
少しだけ僕の事を覚えているのでは?と少し期待していたのだが、忘れてしまっている様だ。でも、あれからそれなりに年月は経っている。彼女があの時の事を覚えていないのも仕方がないと思う。
それに最近ロベールから聞いた話だが、あの出会いの後彼女は人間関係でトラブルが色々とあったらしく、一時期は完全にふさぎこんでいた程らしいのだ。きっと辛い体験をしたのだろう…………辛かった思い出は色んなものを忘れさせてしまうから。

でも、それでもよかった。だって僕があの時の彼女の言葉に救われたという事実は決して変わらない。関係が白紙になっているのなら、作り直せばいい。それに正直あの時の情けない姿を忘れられているのはかえって好都合だったかもしれない。彼女には格好いい所だけを見せたい。だって男なら誰でもそうだろう?好きな子には自分の良い姿だけを見せたいのだ。
彼女との距離を詰めていく。まずは愛称で呼び合うところから……じりじりと。

でもヴィーは簡単には心を開いてはくれない。そもそも彼女には自信がないようだ――特に瞳に。もしかしたらロベールから伝え聞いた人間関係でのトラブルというのが関わっているのかもしれない。彼女は昔のように真っ直ぐ瞳を合わせてくれなかった。それが残念で仕方ない。僕の彼女の瞳に対する素直な感想を伝えたりもしてみたが、少し嫌そうに瞳を反らされただけだった。人の心を開くのは難しい……これは、長期戦になりそうだ。

***

ヴィーと過ごす日々は楽しくて仕方がない。彼女は昔よりかなりツンツンしているが、僕が話しかけると、とても幸せそうに微笑んでくれるのだ……昔の様に。僕がする話にキラキラと瞳を輝かせているのも嬉しかった。
それに、僕が何かを“お願い”をすれば、大抵のことは了承してくれる。そんなところから悪くない……むしろ良い感情を持たれている事は伝わってきた。
でも少し困ったのは、彼女の兄であるロベールだ。ヴィーが最近“アーシュ”、“アーシュ”言って、相手をしてくれないと言い、シスコンを拗らせたロベールが僕を修練と称して朝から晩まで僕に剣の相手を求めてくるのだ。彼に朝遭遇するとほぼ確実に修練に付き合わされ、その日はもう動きたくないくらいに疲れてしまうので、ヴィーに会いに行けない。
たまに共に行動していたシュヴァルツが交代もしてくれたが、妹の事となると前が見えなくなる彼はドス黒い笑顔で僕を追いかけ回してくるのだ。その姿は、恐怖を禁じ得ない。ロベールは本当に性格が悪いと思う。
お陰でヴィーに会える時間が減ってしまい、精神的にかなりきつかった。ロベールの堂々とした修練という名の嫌がらせは成功していたわけだ。相変わらずあの男はヴィーの事になると前が見えなくなるな、と実感する。もういい歳なのだから、そろそろ妹離れしてくれ……そう思う日々だ。
とは言っても、そんな修練に付き合ったのも一つだけ良いことがあった。ヴィーが……彼女が僕にデレたのだ。その時ばかりはあのキツイ修練を強いてきたロベールに若干感謝の念を抱いたほどだ。少し落ち込んでいる様子の彼女には少し罪悪感が募ったが、それよりも可愛い……可愛すぎた。そっけない言葉ながらもこちらをチラチラと見て、様子を伺ってくる姿は小動物のようで、僕が会いに来れなかった期間、彼女も僕と同じように寂しさを感じてくれていたんだな……というのが伝わってくる。やはり彼女と婚約してよかったと実感する。

だから僕はこれ以上ないくらいに幸せだった。この日々が永遠に続けばいいのに……と、思う程に。僕には親友もいて、兄弟、両親もいる。そしてなによりも好きな人とも婚約という形で結ばれることが決まっている。これが幸せ以外になんと言えるだろう。
彼女からはまだ明確な好意の言葉は聞いたことはないが、きっとそろそろ素直になって言ってくれるだろう。その感情のその先も、僕は彼女のペースで進みたい。
だから僕は普段、彼女に軽い調子で好きだよとは言うが、真っ向から伝えたことは無かった。彼女を急かしたくなかったのだ。……でも、今思うとそれは言い訳だったのかもしれない。後悔してもしきれない。だってあの頃にきちんと伝えていれば、僕は…………いまこんな事になっていなかったかも知れないのだから。
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