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第17話 うなれ、サマーソルトキック!!

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 》ゴメン。帰りが少し遅れる。

 ありゃま。
 世那くんの午後のお昼寝中。ポコンと私のスマホに連絡が入った。一条くんから、帰宅が遅れるとの報告。

 (珍しいなあ)

 いつもなら、世那くんのために、仕事持参でも早々に帰ってくるのに。幸い、夕飯の支度はまだ始めていない。今からなら、大人用のメニューの変更は可能。

 》大丈夫だよ。世那くんのゴハンとお風呂は私がやっておくね。

 》すまない。人に会わなきゃいけなくなった。

 そっか。
 持ち帰り不可の仕事ができたか。
 書類やパソコンならカバンでヨイショ、お持ち帰り可だけど、人はカバンに入らない。 
 ゴハンを作り始めていたなら、「もう、もっと早く連絡してよね!!」とどこかの主婦みたいに怒るところだろうけど、まだ材料すら切ってない状態だから、「全然構わないっすよ~」と仏の笑顔でむかえられる。
 先日連れて行ってもらった料亭。ああいうところに行くのかな。ああいうところで接待。――? 一条くんって、なんの仕事してるんだろ。

 》いいよ。仕事がんばって。無理しないで。

 ついでに、「ガンバレ!!」とか「お疲れ様」とかのスタンプをつけ――、うーん、やめとく。

 フェッ……、フェェェンッ。

 和室から聞こえた泣き声。
 あちゃ。
 さっきのスマホの「ポコン」で目を覚ましちゃったか。
 スマホをテーブルに置き直し、和室に入っていく。案の定、起きた世那くんがムクッと立ち上がり、こっちに向かって歩き出していた。

 「はいはい、世那くん。高階はここにいるよぉ。泣かない、泣かない」

 涙まみれの世那くんを抱っこしてリビングに戻る。体を揺すりながら、締め切っていたブラインドと窓を開け、白っぽさに黄みを増した日差しを二人であびる。夕方の風はヒンヤリ冷たく体が震えた。

 (食べ物の好き嫌いより、こっちを相談したほうがよかったかなあ)

 一歳半健診。
 好き嫌いとか言葉の遅れは相談したけど、この寝起きグズグズは言い出せなかった。ホント、なんとなくだけど、あの場で話題にすることにためらいがあった。
 とりあえず、ネットで調べたお昼寝後のグズグズ「黄昏泣き」対策、レッツ、ゴー。

 1.日差しを浴びて、今「起きてる」ことを認識させる。体内時計をリセット。
 2.風に当てる。空気が変わると、意識がはっきりして泣き止むことが多い(らしい)。
 3.ゆっくり体を揺らしながらの抱っこ。大事な人(この場合ママが多い)がいるという安心感を与える。話しかけたり歌ったりすると耳だけでなく、体からも声が伝わってなお良い。
 4.夢とうつつの間にいることが多いので、水分など与えて目を覚まさせる。
 5.「泣きたい時は泣けばいい」と、どっかのドラマみたいなセリフとともに諦める。――え? 諦めるの? 「早く泣き止ませなきゃ」とか「どうしていっつも泣くのよ」とかママが苛立つと、さらに赤ちゃんが泣くという負のスパイラルが始まっちゃうので、「赤ちゃんなんだから仕方ない」と開き直ろう。――それでいいの?

 とりあえず、1と2と3、それと5を試す。4は、泣いてる最中に与えて喉をつまらせたり、むせたりしたらかわいそうなのでとりあえず保留。
 日差しを浴びて、風にあたって、ユラユラしながら歌をうたう。歌は……まあなんでもいいや。胎教で聞かせた歌がいいってあったけど、私、知らないし。知ってる童謡でごまかす。おおらかに構えるのは、ちょっと難しそうだけど、ええい、女も度胸よ。ドーンと受け止めてやるわ。
 これでダメなら、また保健センターに行くなりして相談する。連絡先ももらってるし。
 それか、どうしてもってなったら、由美香さんにも相談する。あんまりやりたくないけど。

 「ウッ、エッ、エッ……、ヒクッ」

 お? 止まる? 止まりますか? 世那選手。

 ユラユラ揺らすことしばらく。涙くんにサヨナラできそうです。
 けど、こっちの童謡レパートリーが底を尽きそう。ヤバい。そんなに覚えてない。

 「ン~、フッフ~、フ、フフ~ン……」

 なんかわかんない鼻歌でごまかす。ああ、これ、なんだったかのゲームの曲だ。昔、誠彦がやってたヤツ。

 「フ~、フンフ~ン、フフ~ン……」

 ちゃんと覚えてるわけじゃないから、よく似たフレーズばかりがリフレイン。けど。

 「ン~、ンン~」

 気に入ったのか、世那くんまで歌いだした。意外と鼻歌上手い。涙くんとは完全にバイバイ。ありがとう。なんか知らないゲーム音楽。

 「世那くん。今日はパパの帰り、遅いんだって」

 歌の代わりに話しかける。歌は止めてもユラユラは続ける。

 「バッパ?」

 「そうだよ。パパ。お仕事で遅くなるんだって。だから、今日は早くゴハンを食べて、私と一緒にお風呂に入ろうね~」

 パパがいない。
 それを認識したらまた泣くかなって思ったけど。

 「タァ、ナッ!!」

 世那くん、私の胸に顔をスリスリしただけだった。
 これって、「パパがいなくても高階がいるから平気だもん」サイン? パパ、用なし?
 
 「じゃあ、世那くん。ゴハンを用意しようね。ゴハンだよ」
 
 長く調理に時間をかけると、世那くんがまた泣き出しちゃうかもしれないから。

 「ジャジャーン!! 今日はカレーだよ!!」

 一緒に入ったキッチンで、戸棚からとっておきを取り出す。一歳ごろから食べられる幼児用カレー。お得な二袋入り!! 化学調味料、アレルゲン不使用のポーク味!!
 こういうのに頼るの、いい顔しない人って一定数いるけど、災害時に食べるのに味に慣れておくって観点からも、普段の食事に取り入れてもいいと思うんだよね。
 オシメは布で、ミルクは母乳で、食事は手作りでってやかましい人は、一度それを自分で全部やってみろって言いたくなる。家事と平行して、それら全部やってみろ。どれだけ無茶振り言ってるか痛感できるから――って、世那くんの世話をするようになって思った。ママさんたちも、疲れてるときとか、ドンドン頼っていいと思う。レトルト、バンザイ。

 「さあ、ゴハンだ、ゴハン。世那くん、スプーン、運んでくれるかな?」

 チンしただけのレトルトをご飯にかける。私も同じように大人仕様のレトルトを。お米だけ先に炊いておいてよかった。

 「オッ、ブ~」

 スプーンを大事そうに持った世那くん。足取り、めっちゃ慎重。スプーンが、まるでガラス細工か宝石のように丁重に運ばれて、そっとテーブルにON。

 「うわあ、すごいね、世那くん。助かったよぉ」

 エッヘンと背を反らした世那くんに感動の拍手。
 すると、世那くんまでお手々パチパチ。――セルフ拍手。自分で自分を褒めております。かわいいなあ。

 ゴハンが終わったら一緒にお風呂。
 ちょっと早い気がしたけど、帰りが遅くなるだろう一条くんに任せるわけにはいかないもんね。彼だって遅くなった分、疲れてるだろうし。
 幸い、世那くんはお風呂を嫌がる子じゃないので、私でも一緒にお風呂に入れやすかった。お風呂にもオモチャがあるおかげだろう。世那くんのお気に入りは、お風呂でも遊べる電車のオモチャと、なんと、マヨネーズの空き容器!! お湯を入れて、ピューッと押し出すのが楽しいらしい。マヨの代わりに噴き出すお湯。子供ってなんてリーズナブルなの。そのお湯で石鹸を洗い流してあげると、くすぐったいのか、キャッキャとよく笑った。

 「さて、お風呂、出ようか」

 充分に温まったし、遊んだし。
 一条くんがいないことでもっと泣かれるかと心配したけど、そんなことなかった。カレーも喜んで食べてくれたし、お風呂もうれしそうに浸かってくれた。

 「タァ、ナッ!!」

 私を呼ぶ声。それが世那くんのご機嫌を表してる。バスタオルをかぶせ、頭を拭いてあげるだけで、キャアキャアと声を上げる。

 「こぉら、暴れない。ジッとして」

 足踏み世那くんの頭をゴシゴシ。世那くんにしてみれば、スプーンを運ぶのも、お風呂で石鹸を流すのも、何もかも遊びの一環なんだろうなあ。髪を拭くのだって、私といないいないばあしてる感覚なんだろう。時折、バスタオルからヒョコッとうれしそうに顔を出す。ああ、かわいい。
 オムツに足を通しては、こっちを見てニコッ。パジャマズボンに足を通す時、「スポンッ」って擬音をつけてあげると、一層うれしそうに声を上げた。メチャかわいい。

 「じゃあ、ちょっと待っててね」

 世那くんにパジャマを着せたら、今度は私のターン。手早く体を拭いて下着をつけて。鏡に向かい、髪を大雑把にドライヤーで乾かす。

 バタン――。

 (んっ?)

 背後にでした音にふり返る。――って。

 「わーっ!! 世那くんっ!!」

 洗面所。鍵をかけてないことが仇になった。引き戸をなんなく開けて脱走をはかった世那くん。
 あわててバスタオルだけ巻きつけ、逃げ出した世那くんを追いかける。

 「待って、まっ――きゃああっ!!」
 「ただいま、せ――わあぁぁっ!!」

 私、そして、世那くんを抱き上げかけた一条くん絶叫。ってか、一条くん、帰ってきたのっ!? いつの間にっ!?
 
 「バッパ!!」

 無邪気なのは世那くんのみ。抱っこされなかったせいで、自由なままの世那くん、こちらへリターン。バスッと私にタックル。ギュッとその手が掴んだ、私のバスタオル。

 「タァ、ナッ!!」
 
 ――パラリ。

 「うわぁ――――――っ!!」
 「ぅっぎゃああああっ!!」

 落ちたバスタオルに、再び絶叫。

 見た見た見た見た見た? 見られた、見たのっ!? 私の裸、一条くんに見られたっ!?

 「みみみ、見てないっ!! 見てないからっ!! 世那で隠れて見えてないからっ!!」

 そそそ、そうよね、世那くんいたから見えなかったよねっ!? 見えてないよねっ!?
 冷たいお菓子はカロリーも凍っているからカロリーゼロ!!みたいな理論で、世那くんがいたから見えてない!!

 「ご、ゴメン。とりあえず、着替えてくるねっ!!」

 「わ、わかった!!」

 とっさに、持ってたカバンで顔を隠してくれた一条くん。その彼を残し、世那くんと落っことしたバスタオルを持って洗面所に一目散にもど――。

 ――ズルッ。

 「うぉわあっ!!」

 マヌケな声。景色が宙返りする。何も履いてない自分の足が空を蹴り上げる。濡れた床で滑った足。
 まるでサマーソルトキック。

 ゴンッ。
 鈍い音が後頭部に響く。

 「高階っ!? 大丈夫かっ!?」

 遠くに聞こえる一条くんの声。 
 
 だ、大丈夫。世那くんは無事。ひっくり返ったけど、私のお腹でどうにか受け止めた。ケガして、ない……よ。だいじょう……ぶ。

 YOU LOSEキサマの負けだ
 あのムカつく合成音が聞こえた気がした。
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