正しいホムンクルスの作り方。

若松だんご

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第12話 取り残される答え

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 「――なるほど。それでアグネスさまに近づいたのですな、そのララリアという女は」

 「ああ。俺を従えるのに、アグネスを使うつもりだったんだろう」

 ララリアに直接会ったことで知ったこと。それをラオの店で彼に語る。
 ララリアは、東央国の間者。皇子である俺とアグネスの関係を知り、市でお節介な南皇国人のフリをしてアグネスに近づいた。
 アグネスの悩みに乗ることで、俺とのセックスを推奨した。単なる同居人から愛人となれば。身を重ねれば、俺がアグネスと離れられなくなる、アグネスに利用価値が出ることを見越していた。
 
 (アグネスから離れるか?)

 無関係を装うために。
 アグネスと別れ、俺一人、ここを離れる。そうすれば、ララリアも無価値になったアグネスを使うことを諦めるだろう。
 だが。

 (そんなことをして、アグネスが別の男と一緒になったら?)

 変わり者、トンチキ科学者のアグネスだが、見た目は美しく愛らしい。華奢な体つきと豊満すぎる胸。コロッと騙される素直すぎる性格。俺と別れて一人になったら、他の男が放っておかない。実験に協力するとか言って、その脚を無理やり開かせるかもしれない。

 (そんなの、ダメだ)

 想像するだけで耐えられない。耐えたくない。

 (なら、ララリアが言うように、一緒に東央国に行くか?)

 東央国に行って。
 皇帝となって、アグネスを皇后に迎える。

 ――いつか研究を成功させて、大金持ちになるの! そうしたら、カイトーにこの国で一番美味しいご飯をごちそうしてあげるわ! 宮殿みたいな大きなお家で、王様みたいな服を着せてあげる!

 幼い頃、アグネスが語った夢。それを東央国で実現させてやるか? 皇帝に即位すれば、好きなだけアグネスを甘やかしてやれる。研究なんてしなくても、最高の贅沢をさせてやれる。

 (ダメだ。あんな国に連れて行けれる訳がない)

 シュオが死んで、叔母が仮の統治を行っている国。どれだけ王政復古を望まれていたとしても、再び民衆が手のひらを返さない保障がどこにある? もしまた暴動が起きたら? 母のように、アグネスが無惨な目に遭うとしたら?
 アグネスは、俺をただの同居人としか思ってないのに? そんな危険な境遇に連れて行くのか?

 「殿下」

 静かにラオが語りかける。

 「儂は、殿下の選択を至上のものといたします。東央国との繋がりを断ちたいと申されるのであれば、そのララリアなる女もどうにかいたしましょう。遠く離れた地へ、アグネス様と向かわれるのであれば、その手配もいたします」

 「ラオ……」

 「しかし、その前に一度、アグネス様とシッカリ話し合われませ。ご決断は、その後でもよろしかりましょう」

 八方塞がりな俺に、ラオの言葉が染み込んでいった。

          *

 「おかえり、ジトー」

 「――すみません。帰りが遅くなって」

 建付けの悪い入り口の扉。コツのあるそれをなるべく静かに閉める。部屋に満ちた、温かいスープの匂い。アグネスが夕飯を用意してくれたのだろうか。

 「構わないぞ。それよりお腹空いてないか? 久々に作ってみた。ただの塩味しかしない豆のスープだけどな」

 珍しく白衣をまとってないアグネス。お玉を握ったまま、ニッと笑ってふり返る。

 「それで? ラオさんに頼まれたものは買えたのか?」

 「ええ。なんとか」

 市場に出かける。出かけてララリアに会う。
 その理由を、「腰を痛めたラオの代わりの買い出し」とした。それなら、多少時間がかかっても、「頼まれものを探すのに苦労した」とか、なんとでも言い繕える。

 「あと少しでできあがるからな~。皿、用意してくれるか?」

 「わかりました」

 皿を用意するだけじゃない。テーブルの上の書を端に寄せ、皿を置くだけの場所を確保する。
 それから皿を取り出して、アグネスのもとへ――。

 「どうした、リトー?」

 「あ、いえ。なんでもありません」

 皿を持ったまま、問われるまで動くことを忘れていた。突っ立ったままだった俺に、アグネスが首をかしげる。

 「……サイトー」

 お玉を置き、動いたのはアグネス。こちらに近づいてくると、精一杯腕を広げ俺を抱きしめる。

 「えっ!? あ、あのっ!?」

 どういう状況だ、これ。

 「――ムリをするな」

 静かにアグネスが言う。

 「何を悩んでいるのか知らないが。ムリだけはするな」

 「……博士」

 「私では役に立たないかもしれないが。それでも、困ったことがあるなら、少しは頼れ」

 心を見透かされてるような言葉。

 「お前は昔っからそうだ。なんでも自分で抱え込む。抱え込んで煮詰まって、最後はぶっ倒れる。初めて会ったばかりの頃もそうだった」

 アグネスに拾われた頃。
 自分の素性を明かさず、記憶喪失を装った。助けてくれたアグネスすら警戒し、自分の感情を押し殺していた。アグネスにすら心を打ち明けず、神経をとがらせていた結果、身も心も限界に達し、高熱を出してぶっ倒れた。
 アグネスが言うのは、その時のことだろう。高熱にうなされてた俺を、アグネスは小さな手で必死に看病してくれた。

 (変わらない……)

 あの時と変わらない、アグネスの優しさ。背中に回しきれない手のひらから、彼女のいたわりを感じる。
 熱に浮かされ、ボンヤリした意識の中で見た、アグネスの顔。今も同じ、俺を心配して目を細めた顔。
 ああそうだ。俺は、この顔が、この優しさがたまらなく好きなんだ。

 「――では、お言葉に甘えて、一つお願いしてもいいですか?」

 「なんだ? 私にできることなら、なんでもいいぞ」

 頼られることがうれしいのか。口角を上げ、ニコッと笑うアグネス。

 「では。博士の中に注がせてください」

 「――え?」

 「実は、博士の月のものの間、ずっと精液を出せなくて苦しいんです」

 「さ、サトー?」

 「お約束しましたよね? 外では出してこないって。だから溜まってて苦しいんですよ」

 目を真ん丸にして驚くアグネスに笑いかける。

 「月のもの。終わってますよね?」

 「あ、ああ。でも。……わかった。それで気が楽になるなら、好きにしていいぞ」

 戸惑いながらも決断したアグネス。決めると腹も座るのか、アグネスが堂々とこちらを見上げる。おそらく、その思い切りの良さみたいなのも、アグネスの美徳なのだろう。

 「では、さっそく」

 「す、スープは? 夕飯はどうする」

 「あとでいただきます。今は、博士が欲しい」

 言って、彼女を抱き上げ、ベッドに運ぶ。

 「アッ、サイトー……」

 彼女の服を脱がせ、自分も脱ぎ捨てる。
 性急に、それでいてジックリと愛撫をくり返し、汗ばみ、甘く匂い立つまで彼女を追い詰める。
 訪れる快感に身悶えるまで。喘ぐ吐息が絶え間なく溢れるまで。乱れたアグネスが、脚を開き俺を受け入れるようになるまで。潤んだ目で、切なそうに求めてくるまで。

 「アッ、アアッ……!」

 絶頂を極め、ビクビクと痙攣する体を、うつ伏せにして、腰だけ高く持ち上げる。

 「ヒッ、アッ、ふっ、深い……、アアッ!」

 後ろから食らいつくように襲いかかると、アグネスがまた達し、膣壁が乱入した陰茎を強く締め付ける。

 「博士……!」

 その締め付けに抗い、何度も腰を前後させる。

 「アッ、アッ、サッ、サイトッ……!」

 目の前のシーツを掴み、体を前へと、快楽から逃げようとするアグネス。

 「ヒィッ!」

 その細い腰を掴み、逃さないように何度も陰茎を奥へと穿つ。激しく、深く。感情のままに腰をふり、思いのすべてをアグネスにぶつける。
 実験のためと、騙してでも抱きたかった体。
 ずっと抱きたいと願い、一度でいいから抱くことができたら、後はどうなってもいいとさえ思っていたのに。

 「ヒッ、アッ、グッ、ンッ、アッ、ハッ、アアッ……!」

 抱いてしまえば、もう二度と手放せなくなってる。
 手放すなど。死ねと言われてるのと同じだ。誰にも渡さない。この体は、アグネスは俺のものだ。

 ――困ったことがあるなら、少しは頼れ。

 そうアグネスは言ってくれたけど。
 すべてを話して受け入れてもらえるのか?
 それとも拒絶されてしまうのか?
 その答えを聞くのが怖い。
 どれだけ身を重ねても。アグネスにとって、俺はただの同居人、実験協力者でしかなかったら?
 たとえ、受け入れていくれたとしても。アグネスを俺の運命に巻き込んでいいのか?

 (クソッ!)

 「アッ! アアッ! サイトッ! アアアッ!」

 苛立ちをぶつけるように腰を打ちつける。その激しさにアグネスが背を反らし、体を強張らせた。

 「ア……ア……」

 痙攣する体。逆らわず、欲望を爆発させる。思いも悩みもなにもかも。すべてを注ぎ込むようにアグネスを強く抱きしめる。受け止めたアグネスの体が、クタリと腕の中に崩れ落ちた。
 
 最低のクソ野郎だ。俺は。
 こうして、平気で騙してメチャクチャに犯すくせに。アグネスのすべてを手に入れたいのに、その心を知るのが怖い。面と向かって答えを聞く勇気がない。
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