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第14話 憶測と思惑と決意と狂乱。

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 ――殿下が刺客に狙われた。
 ――誰に? どうして?
 ――ノーザンウォルドとの友好を快く思ってない連中の仕業か?
 ――それとも、別の思惑が?
 
 舞踏会以来、王宮でさまざまな憶測が飛び交う。
 
 ――殿下だけではない。ノーザンウォルドの大使も狙われたそうだ。
 ――フェリシラ姫もだ。
 ――殿下とフェリシラさまの婚姻を邪魔する者が?
 ――いや、もしかすると、王族に反旗を翻す連中かもしれん。
 ――今、この国は、殿下によって支えられている。陛下は長くご病気だからな。殿下がお亡くなりになれば、他にお世継ぎがいらっしゃらない以上、別の王族に権力が回る。
 ――シッ。滅多なことを言わないほうがいい。

 ダンス講師の助手。そして王宮の給仕係。
 今回は毒を盛って近づいてきたけど、あれがもし暗器だったりしたら。
 考えるだけでゾッとする。
 あそこまでやすやすと潜入してくる刺客だ。どれだけ警戒して警護の人員を増やしても、「次」がないとは言えない。
 いや、「次」だけじゃない。
 「次」が無理なら、「その次」。「その次」が無理なら「さらに次」。
 まさしく「次々」。
 二度撃退しただけでは、まったく安心できない。
 今だって、殿下のお部屋の窓の外から機会をうかがっているかもしれない。それぐらい危険な相手。

 (気を引き締めねば)

 殿下の護衛になっちゃった。ウフッ♡
 じゃいられないのよ。 
 敵は、多少の変装はしてたけど堂々と正面からやって来た。
 つまり、顔を見られて困ることもない、知られたところで問題なく殺れる。それだけの腕がある、自信があるってこと。
 誰がどんな思惑で雇った刺客なのかわからないけど、かなり厄介な相手であることに違いはない。

*     *     *     *

 「しばらくは、公務以外の催しへの参加は、見合わせたほうがよいようですね」

 「はい。あの刺客がどこに潜んでいるかわかりませんので。警護の者を増員いたしますが、刺客は一人とは限りませんので」

 「そうですね」

 殿下の執務室。私の言葉にライナルが頷く。
 そう、刺客は一人とは限らない。
 今、騎士団のほうでも全力をあげて捜査をして、警備を強化しているけど、敵は一人とは限らない。あの刺客を捕まえてホッとしたところで、間隙を縫うようにして新しい刺客が襲ってくるかもしれない。二人、ないしそれ以上の人数で襲ってくる可能性だってある。
 あの舞踏会の会場で、あそこまで素早く騎士たちが駆けつけられたのは、あらかじめ警戒してすぐ近くで警護にあたっていたから。だけど、その警戒をかいくぐり、あの刺客は堂々と給仕になりすまして現れていた。
 油断はできない。
 だから、できれば公務以外の行事、舞踏会とか晩餐会とか、そういった類のものへの参加はやめて欲しいのが本音。
 なんだけど。

 「ダメだよ。行事への参加は減らせない」

 「殿下、しかし……」

 ライナルが諫めようとする。

 「ご令嬢方との歓談は中止する。彼女たちの身に危険が及ぶといけないからね。けれど、それ以外のことは止めない。刺客に怯える弱い奴と思われてはいけないんだ」

 そ、それはそうなんだけど……。
 身の安全第一じゃあダメなんですか?

 「警備を担ってくれる騎士団のみんなにも、リーゼファにも迷惑をかけることになるけど。それでも、止めるわけにはいかないんだ」

 次期国王は臆病だ。

 そんな噂が流れてはいけないのだろう。
 刺客などという卑怯者を怖れはしない。来るなら来い。いつでも返り討ちにしてやる。
 そういう堂々とした態度が必要なんだろう。

 (わかるっちゃあ、わかるんだけど……)

 歯がゆい。どうにも歯がゆい。
 
 「ゴメンね、リーゼファ。キミに負担ばかりかけてしまって」

 「いえ。お気になさらず」

 それが騎士の務めですから。
 殿下が怖れずに前に出られるのなら、それを全力でお守りするのが私の役目です。
 でも――。

 (きっと、その御心は傷ついていらっしゃるわよね)

 誰かに命を狙われる。
 この世から消えて欲しいと願われ、殺意を向けられる。
 そのことを平然と受け止めることの出来る人物などいない。
 命を狙われる恐怖もあるけど、そこまで誰かに憎まれ呪われている事実に、傷つかないわけがない。
 お優しい殿下のことだ。
 今だって、傷ついた御心のことより、警護を厚くしなくてはいけなくなった騎士団に、申し訳なく思っていらっしゃるのだろう。私に対して「ゴメンね」っていうのは、そういうことだ。

 (ホント、お優しい方だわ)

 敵がどんな理由で害意や悪意を持っているのかなんて知らない。けど、ここまで他者を思いやれる御心を持つ殿下を、これ以上傷つけさせることは許さない。
 この国の未来の主は、殿下こそ相応しい。
 我ら騎士団一同、身命を賭して殿下をお守りしたい。(勝手に騎士団を参加させておく)

 「この先、公務の時は護衛として付いてきて欲しいけど……」

 はい。いつだって、殿下の盾となる覚悟です。どこにだってついて行って、お守りいたします。

 「それ以外の催し、晩餐会とかは、僕にエスコートされてくれないかな」

 ……………………は!?

 「護衛だとどうしても距離があるからね。僕のすぐそばに立って、僕を守って欲しいんだけど。――ダメかな?」

 いやいやいやいや。
 ダメとか、そういうのじゃなく。
 私が?
 護衛なのに?
 殿下に?
 エスコォトォォォッ!!

 アインツたちの代わりに、脳内の私が声の限り叫んだ。

 あの舞踏会だけでもいっぱいいっぱいだったのに?
 まだ続けるの? 殿下のお相手。

 「きみ以外のご令嬢を、エスコートするわけにはいかないからね」

 あ、そっか。
 「わたくしが」抗争も怖いけど、いつ刺客に狙われるかわからないんだもん。下手にご令嬢をそばに置いて、ウッカリ巻き込まれたら大変だもんね。
 
 この間の舞踏会、フェリシラさまのことを思う。
 毒杯からお守りすることはできたけど、もしかしたら、彼女を盾に命を狙われるなんて展開だってあり得た。それか、殿下とご一緒にフェリシラさまも凶刃に倒れるなんて可能性も。
 そう考えると、私が適任なのも頷ける。
 けど。

 (本格的にお守りするなら、私より団長とか適任者はいると思うんだけど……)

 騎士団に、私より腕の立つ者なら、いくらでもいる。
 そもそもに、私より膂力や体力など、能力が上回ってる騎士は、ゴマンといるのだ。
 別に、私を特別指定されなくてもその者たちに警護に当たらせれば――。
 って、ダメだ。
 パツンパツンの今にも引きちぎれそうなドレス。隠しきれない上腕二頭筋。 
 ドレスを着た団長を想像してしまい、軽いめまいを覚える。ナタリーさんのようなインパクトあるオカマではなく、破壊力バツグンのド変態団長の姿。宴会芸でもやって欲しくない恰好。
 
 (し、仕方ない。私だって似合うわけじゃないけど、団長ナイトメア悪夢よりはマシだろうし)

 「……承知いたしました」

 仕方ない。私以外に適任そうな者がいないんだし。そもそも女騎士っていうのが、私しかいないんだし。
 
 「じゃあ、さっそくナタリーにドレス、頼まなきゃね」

 え? 前のドレス、着るんじゃないの?
 別にただの護衛なんだし、新調しなくても。

 「せっかくエスコートするんだから。いつも同じドレス、着たきりすずめはダメだよ」

 ええーっ。もったいないです。護衛なんだから、あれで充分ですよ。

 「今度はどんなドレスが仕上がるのかな。この間のドレスもキミによく似合ってた。僕なんかが手を取ってもいいものなのか、悩むぐらいステキだったよ」

 いやいやいやいや。
 逆です、逆!! 私なんかが手を取られてもいいのかってぐらい、殿下のほうがステキでしたっ!!
 
 「あまりに魅力的で、このまま閉じ込めて僕だけのものにして、他の誰の目にも触れさせたくないって思ったよ。あまりにもキレイで美しくて、目まいがしそうだった」

 いやいやいやいや。
 その言葉、ソックリそのまま殿下にお返ししますっ!!
 というか、慣れない美辞麗句すぎて頭がクラクラします。お世辞十割だってわかっていても、殿下のその甘いお声で囁かれると、もうそれだけでどうにかなりそう。
 腰砕け。全身骨抜き。
 背筋ピシッと立ってるけど。中身はフニャフニャクラゲ状態。

 「楽しみだね。次の晩餐会」

 うう。
 精神的重圧爆上がり。そして、私の心拍も爆上がり(した気がする。変化ないけど)。
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