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第18話 魔王さまに、サヨウナラ。
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――スティラ王女が、アルディン・グレヴィリウス卿を王配に選んだ。
――選ばれたのは、アルディン・グレヴィリウス卿。
――女王陛下は、お二人の結婚を機に、その御位を王女に譲位なされるそうだ。
――19歳の王女と、25歳のアルディン卿。若々しくお似合いの夫婦ではないか。
――そうだな。勇猛なことしか取り柄のないヴィラード将軍より、アルディン卿のほうが王配にふさわしいだろう。上位貴族の子息だからな、卿は。将軍と違って。
――美男美女のお二人だ。生まれるお子は、さぞかし美しいであろうな。
もう勝手に言っててよ。
美女だのなんだの、持ち上げられても全然うれしくない。ましてや、「子どもが~」なんて、「早く子作りしろ」ってせっつかれてるみたいで不満だらけ。
アルディンさまとの結婚。
お祖母さまがおっしゃったように、わたしとアルディンさまは、結婚と同時にこの国のことを受け継ぐことになった。わたしが、三十三代目の女王となり、アルディンさまが王配として、わたしを扶ける立場に就く。
(これで、よかったのかな)
正直、わからない。
アルディンさまのことは、とても良い方だとわかっている。
侍女として、ミリアとして接している時、彼は、とても紳士にふるまってくれていた。わたしを侍女だからって見下すこともなかった。
顔立ちだって悪くないし、身分もある。なによりお優しいから、夫婦となっても、きっとわたしを大事にしてくださるだろう。世の女性方は嘆くだろうけど、幸せな夫婦生活をおくれると思う。社交的で、たくさんの人と交流のあるお方だから、女王としてのわたしに足りない部分をその人脈を活かして扶けてくだささるだろう。
そう。アルディンさまとなら、この国もわたしも、きっと大丈夫。
なのに。
「ハア……」
一人、窓辺に腰掛け、外を眺めながら、何度目かのため息を漏らす。
結婚前に、よく気持ちがふさぎこむことがある、気にすることはないと、年配の侍女たちが言ってたけど。わたしの今も、それと同じなんだろうか。
侍女としての仕事から解放され、こうして元の姿に戻っても、全然うれしくも楽しくもない。女王として頑張らなくっちゃっていう圧が、心を押しつぶしてるのかな。それとも、アルディンさまとの結婚、妻となることに緊張してるのかな。それとも――。
「スティラ、入るわよ」
「お祖母さま」
軽い叩扉の音。開かれた扉から入ってきたのは、お祖母さまだった。
「アナタに知らせておくことがあるの」
夫に先立たれ、娘夫婦も亡くした祖母。60を過ぎ、老齢となっても女王としての威厳を失わず、歩く姿はとても美しい。
「アナタのもう一人の夫候補、ヴィラード・ダーグルゲン将軍が、今朝、任地へと帰りました」
「……え?」
そんな、急に?
「今朝、妾のもとへ挨拶に訪れたのです。選ばれなかった自分は、これでお役御免だと。これからは与えられた職をまっとうすることで、この国の役に立ちたい。そう申しておりました」
お役御免――。
行きずりに拾った王女は王城に還した。王女の夫には、別の者が選ばれた。選ばれなかった自分には、もうここにいる理由はない。だから帰る。それだけ。
「二度と会うことはないでしょうが、遠く任地から、アナタとアルディン卿の幸せを願っていると――。スティラ、やはりアナタは、アナタが選んだのは違ったのですね」
お祖母さまの、悲しそうにわたしを見つめる瞳。瞳に映ったわたしは、静かに涙を流していた。
「アナタが、選んだのは、ダーグルゲン将軍だったのですね」
「はい」
言葉に震えはなかった。
「ではなぜ、あの時そう言わなかったのです?」
「それは……」
「竜の血族は、生涯の伴侶を心で選びます。立場とか身分とか、そのようなものは関係ありません。アナタの母は、そのあたりのことを教えなかったのですか?」
「いえ。運命の相手を本能が選ぶと。母はそう教えてくださいました」
理屈じゃないの。「この人」だって思ったの。この人じゃなければ嫌だって気持ちが、身体の奥底から湧き上がってきたの。
父に出会った時のことを、母は、そう語っていた。
運命。直感。本能。
なにが、どこをどう好きになったとかじゃない。「この人だ」っていう、どうしようもない感情が、身体を支配する。「この人」に愛されたい、「この人」の子を産みたい。そこに、「~だから」なんていう理由は存在しない。ただ愛されたい、愛したいという衝動があるだけ。
母に聞かされた時は理解出来なかったけど、今なら痛いほどよくわかる。わたしの運命が番に選んでいたのは、アルディンさまじゃない。将軍、ヴィラードさまだ。
ヴィラードさまに心惹かれていた。だから、ああして封印が解けた。
だけど――。
「……ならば、早くアナタの本当の伴侶を連れ戻さないと。心を偽って別の者と番えば、スティラ、アナタが壊れてしまうわ」
「壊れる?」
「竜はね、一生にたった一人の相手とだけ番うの。これはどれだけ血が薄まって人に親しい存在になった我々でも同じことよ。心を捻じ曲げて、押し潰して別の者と番ってしまうと、子は生まれるかもしれないけれど、その代わりアナタの心がへし折られ、くだけてしまうの」
「そんな……」
愛する人がいるのに、心ならずも別の人と結婚する。
身分ある者ならよくあることだと聞いていた。政略結婚。政治上のしがらみから、愛がなくても結婚し、子を産み、家を続けていくことがある。
わたしのも、それに似たものだと、心を押し殺してアルディンさまと夫婦になれば良いと思っていた。そしていつかは、将軍への気持ちを薄れさせ、アルディンさまを愛するようになればいいと。激しく恋い慕う気持ちはなくても、穏やかに家族として尊敬し合う間柄になれればいいと。
そういうことは、世間じゃよくあることだからと、そう思っていたのに。
「触れを出します。アナタの本当の伴侶は、ヴィラード・ダーグルゲン将軍であったと」
「おっと。それは困りますね、女王陛下」
閉じられていたはずの扉。それがいつの間にか開け放たれ、軽く腕組みをして扉にもたれながら立つ男性がいた。
「一度決められたことを、そんな簡単に変更されたら、陛下の威信に傷がつきますよ?」
にこやかに、いつもの笑みを浮かべながら近づいてくる人。
「ア、アルディンさま」
いつもの優しい笑み? 違う。笑っているけど、底知れない恐ろしさが肌を粟立てる。
「スティラ王女の伴侶に選ばれたのは、私。諸卿とも交流の深く、信頼の厚い、この私ですよ。身分も遜色ない。あんな下流貴族の三男、それも庶子で、将軍として戦地で戦うしか能のない男とは違うんです」
目の前に立ちはだかるアルディンさま。
「心が壊れる? 大丈夫ですよ。それぐらいで死にはしませんから。子は産めるんですから問題ありません」
優しい声色。だけど、語る内容に血が凍りつく。
「安心してください。たとえ心が壊れて、人形のようになってしまったとしても、私たちは女王として敬いますし、大事にいたしますよ。私がアナタを愛して差し上げます。――ねえ、諸卿」
ニコッと笑って、アルディンさまが背後をふり返る。
(う、そ……)
わたしとお祖母さまを取り囲むように立ちはだかる人々。その誰もが、アルディンさまと同じ冷たい笑みを浮かべていた。
「内務大臣、財務官、宰相、アナタまで……」
お祖母さまが言葉を詰まらせる。
アルディンさまの言動を肯定するかのように立っていたのは、この国の政治の中枢を担う、お祖母さまが信頼していた人たち。
「陛下。我らもアルディンさまが、次期女王陛下の伴侶にふさわしいと、推挙させていただきます。かれなら、きっとこの国を良き方へと導いてくれるでしょう」
代表して宰相が語る。
「王女殿下は、ただ一人生き残った、陛下のお身内ですからね。大切になさりませんと」
それはどういう意味なのか。
襲われた震えに、わたしはギュッと自分の身体を抱きしめた。
――選ばれたのは、アルディン・グレヴィリウス卿。
――女王陛下は、お二人の結婚を機に、その御位を王女に譲位なされるそうだ。
――19歳の王女と、25歳のアルディン卿。若々しくお似合いの夫婦ではないか。
――そうだな。勇猛なことしか取り柄のないヴィラード将軍より、アルディン卿のほうが王配にふさわしいだろう。上位貴族の子息だからな、卿は。将軍と違って。
――美男美女のお二人だ。生まれるお子は、さぞかし美しいであろうな。
もう勝手に言っててよ。
美女だのなんだの、持ち上げられても全然うれしくない。ましてや、「子どもが~」なんて、「早く子作りしろ」ってせっつかれてるみたいで不満だらけ。
アルディンさまとの結婚。
お祖母さまがおっしゃったように、わたしとアルディンさまは、結婚と同時にこの国のことを受け継ぐことになった。わたしが、三十三代目の女王となり、アルディンさまが王配として、わたしを扶ける立場に就く。
(これで、よかったのかな)
正直、わからない。
アルディンさまのことは、とても良い方だとわかっている。
侍女として、ミリアとして接している時、彼は、とても紳士にふるまってくれていた。わたしを侍女だからって見下すこともなかった。
顔立ちだって悪くないし、身分もある。なによりお優しいから、夫婦となっても、きっとわたしを大事にしてくださるだろう。世の女性方は嘆くだろうけど、幸せな夫婦生活をおくれると思う。社交的で、たくさんの人と交流のあるお方だから、女王としてのわたしに足りない部分をその人脈を活かして扶けてくだささるだろう。
そう。アルディンさまとなら、この国もわたしも、きっと大丈夫。
なのに。
「ハア……」
一人、窓辺に腰掛け、外を眺めながら、何度目かのため息を漏らす。
結婚前に、よく気持ちがふさぎこむことがある、気にすることはないと、年配の侍女たちが言ってたけど。わたしの今も、それと同じなんだろうか。
侍女としての仕事から解放され、こうして元の姿に戻っても、全然うれしくも楽しくもない。女王として頑張らなくっちゃっていう圧が、心を押しつぶしてるのかな。それとも、アルディンさまとの結婚、妻となることに緊張してるのかな。それとも――。
「スティラ、入るわよ」
「お祖母さま」
軽い叩扉の音。開かれた扉から入ってきたのは、お祖母さまだった。
「アナタに知らせておくことがあるの」
夫に先立たれ、娘夫婦も亡くした祖母。60を過ぎ、老齢となっても女王としての威厳を失わず、歩く姿はとても美しい。
「アナタのもう一人の夫候補、ヴィラード・ダーグルゲン将軍が、今朝、任地へと帰りました」
「……え?」
そんな、急に?
「今朝、妾のもとへ挨拶に訪れたのです。選ばれなかった自分は、これでお役御免だと。これからは与えられた職をまっとうすることで、この国の役に立ちたい。そう申しておりました」
お役御免――。
行きずりに拾った王女は王城に還した。王女の夫には、別の者が選ばれた。選ばれなかった自分には、もうここにいる理由はない。だから帰る。それだけ。
「二度と会うことはないでしょうが、遠く任地から、アナタとアルディン卿の幸せを願っていると――。スティラ、やはりアナタは、アナタが選んだのは違ったのですね」
お祖母さまの、悲しそうにわたしを見つめる瞳。瞳に映ったわたしは、静かに涙を流していた。
「アナタが、選んだのは、ダーグルゲン将軍だったのですね」
「はい」
言葉に震えはなかった。
「ではなぜ、あの時そう言わなかったのです?」
「それは……」
「竜の血族は、生涯の伴侶を心で選びます。立場とか身分とか、そのようなものは関係ありません。アナタの母は、そのあたりのことを教えなかったのですか?」
「いえ。運命の相手を本能が選ぶと。母はそう教えてくださいました」
理屈じゃないの。「この人」だって思ったの。この人じゃなければ嫌だって気持ちが、身体の奥底から湧き上がってきたの。
父に出会った時のことを、母は、そう語っていた。
運命。直感。本能。
なにが、どこをどう好きになったとかじゃない。「この人だ」っていう、どうしようもない感情が、身体を支配する。「この人」に愛されたい、「この人」の子を産みたい。そこに、「~だから」なんていう理由は存在しない。ただ愛されたい、愛したいという衝動があるだけ。
母に聞かされた時は理解出来なかったけど、今なら痛いほどよくわかる。わたしの運命が番に選んでいたのは、アルディンさまじゃない。将軍、ヴィラードさまだ。
ヴィラードさまに心惹かれていた。だから、ああして封印が解けた。
だけど――。
「……ならば、早くアナタの本当の伴侶を連れ戻さないと。心を偽って別の者と番えば、スティラ、アナタが壊れてしまうわ」
「壊れる?」
「竜はね、一生にたった一人の相手とだけ番うの。これはどれだけ血が薄まって人に親しい存在になった我々でも同じことよ。心を捻じ曲げて、押し潰して別の者と番ってしまうと、子は生まれるかもしれないけれど、その代わりアナタの心がへし折られ、くだけてしまうの」
「そんな……」
愛する人がいるのに、心ならずも別の人と結婚する。
身分ある者ならよくあることだと聞いていた。政略結婚。政治上のしがらみから、愛がなくても結婚し、子を産み、家を続けていくことがある。
わたしのも、それに似たものだと、心を押し殺してアルディンさまと夫婦になれば良いと思っていた。そしていつかは、将軍への気持ちを薄れさせ、アルディンさまを愛するようになればいいと。激しく恋い慕う気持ちはなくても、穏やかに家族として尊敬し合う間柄になれればいいと。
そういうことは、世間じゃよくあることだからと、そう思っていたのに。
「触れを出します。アナタの本当の伴侶は、ヴィラード・ダーグルゲン将軍であったと」
「おっと。それは困りますね、女王陛下」
閉じられていたはずの扉。それがいつの間にか開け放たれ、軽く腕組みをして扉にもたれながら立つ男性がいた。
「一度決められたことを、そんな簡単に変更されたら、陛下の威信に傷がつきますよ?」
にこやかに、いつもの笑みを浮かべながら近づいてくる人。
「ア、アルディンさま」
いつもの優しい笑み? 違う。笑っているけど、底知れない恐ろしさが肌を粟立てる。
「スティラ王女の伴侶に選ばれたのは、私。諸卿とも交流の深く、信頼の厚い、この私ですよ。身分も遜色ない。あんな下流貴族の三男、それも庶子で、将軍として戦地で戦うしか能のない男とは違うんです」
目の前に立ちはだかるアルディンさま。
「心が壊れる? 大丈夫ですよ。それぐらいで死にはしませんから。子は産めるんですから問題ありません」
優しい声色。だけど、語る内容に血が凍りつく。
「安心してください。たとえ心が壊れて、人形のようになってしまったとしても、私たちは女王として敬いますし、大事にいたしますよ。私がアナタを愛して差し上げます。――ねえ、諸卿」
ニコッと笑って、アルディンさまが背後をふり返る。
(う、そ……)
わたしとお祖母さまを取り囲むように立ちはだかる人々。その誰もが、アルディンさまと同じ冷たい笑みを浮かべていた。
「内務大臣、財務官、宰相、アナタまで……」
お祖母さまが言葉を詰まらせる。
アルディンさまの言動を肯定するかのように立っていたのは、この国の政治の中枢を担う、お祖母さまが信頼していた人たち。
「陛下。我らもアルディンさまが、次期女王陛下の伴侶にふさわしいと、推挙させていただきます。かれなら、きっとこの国を良き方へと導いてくれるでしょう」
代表して宰相が語る。
「王女殿下は、ただ一人生き残った、陛下のお身内ですからね。大切になさりませんと」
それはどういう意味なのか。
襲われた震えに、わたしはギュッと自分の身体を抱きしめた。
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