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第21話 魔王さまはお婿さま。わたしの愛する人。

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 「やあ、すっかり元の美人に戻ったね。やはり、その淡い色のドレスがよく似合う。薄汚れ、ゴワついた外套じゃなくってね」

 「それは嫌味か? アルディン」

 「やだなあ、ヴィラード。僕は本当のことを言ったまでだよ」

 にこやかに笑うアルディンさま。将軍とのやり取りは、かつての王配候補として暮らしてた時を思い起こさせる。
 王都に戻ったわたしと将軍。それを恭しく出迎えてくれたのがアルディンさまだった。

 「さて。王女もそろったことだし。いろいろと説明させてもらうよ」

 わたしを将軍の隣、ソファーに並んで腰掛けるようにすすめると、アルディンさまが神妙な面持ちで、その目の前に膝をついた。

 「王女殿下、ならびに将軍閣下。このたびは無事のご帰還、お喜び申し上げます。そして、お二人に行った数々のご無礼、心よりお詫び申し上げます。敵を欺くためとはいえ、誠に申し訳ございませんでした」

 「いや、謝罪はいい。それより報告を頼む」

 「はい。結末から申し上げますと、将軍を弑するため刺客を放った宰相をはじめとする一味はすべて捕らえてございます。罪状は、王女殿下のご夫君の暗殺未遂。ノルラとリゼの鉱山における横領。書庫における、王女と将軍への傷害。そして、十五年前の先の王太子ご夫妻の殺害です」

 「さ、殺害……!?」

 その言葉が信じられなくて、思わず身を乗り出す。
 横領とか傷害とか。そんなもの吹き飛んじゃうぐらいに驚いた。
 あれは、事故じゃなくって、殺されたっていうの?

 「はい。十五年前の夜、先代の王太子殿下とそのご夫君、つまり、王女殿下のご両親は、何者かに襲われ、殺されました。そのことは、殿下ご自身がよくご存知なのでは?」

 言われて、ゴクリと喉を鳴らす。
 あの時、炎のなかで父と母が殺されるのを見たのは、他でもない、わたし自身だ。
 でも、あの件は事故として処理された。お祖母さまもそれ以上追求せず、「燭台の火を消し忘れたことによる失火」との判断を下した。

 「あれは、事故などではありません。宰相たちの悪事を掴んでいた王太子ご夫妻を、口封じのため殺害した事件だったのですよ」

 「そんな……」

 「女王陛下がそれを失火として処理したのは、王女殿下、アナタが人質とされてしまったためです」

 「わたしが?」

 「はい。宰相たちは、次に何かあったら命を落とすのは幼い王女だと、そう陛下を脅していたようです」

 愛する夫もなく、娘夫婦も亡くした老女王に、そんな脅しをかけていたのか。自分が狙われていたことより、その悪辣な行為に身体が震えた。

 「女王陛下が封印をかけ、夫を選ばせるように逃したのは、宰相の罠からアナタを逃すためでもあったようです」

 新たな女王を支えるだけの力を持った者を。心から愛し、支えてくれる者を。
 老いた自分亡き後も、たった一人の孫娘を守ってくれる存在を、お祖母さまは求めていらっしゃたのかもしれない。
 
 「宰相たちは、僕を王配とすることで、自分たちの権力の維持を願ったようですが。まあ、そのあたりは、かなり僕を安く見てくれたなと笑うしかないんですがね」

 真剣だったアルディンさまの口調が軽くなった。

 「僕はね、将軍同様、宰相たちの悪事を追っていたんですよ。特に、十五年前のあの事件のことをね」

 「あの事件?」

 「十五年前の失火で、燭台の管理を怠った罪を着せられた侍女がいました。当時、17歳の侍女。彼女は、僕の兄の恋人だったんです」

 「――――っ!!」

 「彼女は、シェリエと言いますが、王太子ご夫妻にお仕えする侍女として働いておりました。あの事件のとき、新米の彼女が燭台の管理を任されてたのです」

 燭台の管理。つまり、日が暮れれば明かりを灯し、就寝時には消して回る。王宮の、それも王太子夫妻の身の回りとなれば、管理する燭台の数も自然と増える。新米侍女がそれを任じられてもなんの不思議もない。

 「あの失火の後、王宮の官吏は彼女を捕らえ追求しました。王太子夫妻が亡くなるという事件。これをただの事故、過失として見過ごすことは出来ないと。牢獄で鞭打たれても、彼女は、自分は火を消したと、そう主張し続けました。自分は無罪だと」

 想像でしかないが、その侍女シェリエは、命をかけて無実を叫んだのだろう。

 「自分の恋人が罪を着せられ捕らわれてることを知り、兄はその釈放にむけて奔走していました。真面目な彼女が燭台の管理を怠るはずがない。失火は彼女が原因ではないと。ですが――」

 ギリッと、強くアルディンさまの右手が握りしめられた。

 「身分の低い侍女の証言を受け入れてくれる者は誰もおりませんでした。高位貴族の子息であった兄の言葉も。僕の両親も同じです。きっと、身分違いの恋人など、助けるに値しないと思ってたんでしょね。なんなら、このまま罪を着せられ死んでくれたほうがいいとでも。そう思ってたんでしょう。実際、その通りなりましたから、両親も喜んだと思いますよ。息子を誘惑する邪魔者がいなくなったってね」

 「そんな……」

 「シェリエは牢獄内で、首を吊って亡くなりました」

 その言葉に身を震わせると、隣から伸びてきた手が、わたしの身体を抱きしめてくれた。

 「罪の意識に耐えられなくなってとか、連日行われていた尋問が辛くてとか。さまざまな憶測が飛び交いましたが、兄は彼女の死を、他殺だと言っておりました。彼女に首を吊る理由などない。彼女のお腹には自分との子ども、新しい生命が宿っていたのだからと」

 愛しい人との子を身ごもった女性が、死を選んだりするだろうか。子どもだけでも助けたい。生かしてあげたい。そう考えるならば、彼女の死は不自然すぎる。

 「それから一年。兄は、彼女の後を追うように、衰弱して亡くなりました。最期まで彼女の無実を訴えながら、ね」

 わたしを抱きしめる手にも力がこもる。同じように聞いていた将軍も、怒りに震えているのかもしれない。

 「僕は、そんな兄とシェリエの無念を晴らしたいとずっと思ってたんですよ。そんなことをしても、二人は戻ってこないけれど、それでも無実を証明したかった。だから、これを機会に、宰相たちと手を組み、悪事に加担するふりをして、こうして手がかりを入手いたしました」

 バサリと紙束が目の前に放り出される。

 「宰相とその一味の血判状です。僕が王配となった時、手を貸してくれた者の忠義に報いたいと言って書かせたものです。彼らは、僕に過去の事件も自分たちの悪事も、すべて話してくれましたよ。自分たちがどれだけ力を持っているか、自慢げにね」

 それがアルディンさまの罠だとは知らずに。

 「彼らは、すべて捕らえて牢に放り込んであります。収賄、横領、殺害未遂、そして大逆。ここから先の尋問、処断は、王女殿下、そして王配である将軍閣下にお任せいたします」

 「あの、アルディンさまは……」

 「僕は、許されるのならこのまま旅に出ようかと。ここにとどまっていたら、それこそ逆恨みした宰相の仲間にブスリとやられかねないので。暗い夜道どころか、明るい王宮でも危なそうですので」

 立ち上がり、ニコリといつもの笑顔に戻ったアルディンさま。

 「ああ、王女さまは大丈夫ですよ。これからは、将軍が大事に護ってくださるでしょうから。だてに魔王と恐れられる人ではありませんからね」

 一礼を残し、立ち去るアルディンさま。

 「ま、待ってっ!!」

 あわててその背中を追いかける。

 「わ、わたし、そのっ、いろいろと疑ってしまってごめんなさいっ!! アルディンさまが、そんなことを考えていらっしゃったとは全く思ってなくって」

 遠ざかる背中がピクリと揺れて止まった。

 「両親の死の真相を明らかにしてくれて。それと、お兄様とシェリエ様のことも。わたし、わたし……」

 「アナタが気になさることは一つもありませんよ」

 クルリとふり返った彼が、優しくわたしを見てくださる。いつものように。

 「わたし、その……、将軍を選んだけど、だからって、アナタのことを嫌ってたわけじゃなくって、その……あの……」

 どう言ったらいいのか、正解が見えてこない。
 将軍を選んだのは間違いないんだけど、だからって、アルディンさまを嫌ってたとか、好きになれないとかじゃない。多分だけど、将軍がいなかったら、その優しさに惹かれていたかもしれない。
 うつむき、必死に最適な言葉を探す。
 
 「王女。それ以上口にしてはいけませんよ」

 軽く、シッとわたしの口に当てられたアルディンさまの人差し指。いつの間にか近くにいたアルディンさま。

 「お気持ちは伝わりました。それだけで充分です」
 
 「でも……」

 「僕は、いっときの偽りであっても、アナタの夫となれて幸せでした。これからは、アナタとヴィラードが幸せになることを遠く願っております」

 言って、スッと身を離したアルディンさま。再び見せられた背中が止まることはもうない。

 「行ったか」

 短く呟かれた声。いつしか隣には将軍が並んで立っていた。
 その腕に抱き寄せられ、わたしは声を殺して涙を流す。

 (ありがとうございます、アルディンさま。わたし、必ず将軍と幸せになります)

 耐えきれなくなって、将軍の胸に顔を埋める。

 (ごめんなさい。けど今だけは、彼のために泣かせてください)
 
 兄とその恋人を亡くし、その報復のために生命をかけていたアルディンさまのために。優しくわたしの幸せを願ってくださったあの方のために。

 そんなわたしの気持ちに気づいているのか。将軍は何も言わず、静かにわたしの髪を梳いてくれた。

*     *     *     *

 「よく似合ってるぞ、ミリア」

 支度を終え、部屋を出たわたしを待ち受けていた人。わたしと同じ純白の衣装で身を包んだ、わたしのダンナサマ。
 
 「こういう堅苦しいのは苦手だが。お前の美しく装った姿を見れるのなら、悪くない。キレイだぞ、ミリア」

 やっ、何を不意打ち的に誉めてるんですかあっ!!
 言われなれない褒め言葉に全身がカッと熱くなる。
 
 「ってか、わたし、いつまで“ミリア”なんですかっ!!」

 王女としての記憶も取り戻してるのに。これから王女として将軍と式に臨むというのに。
 いい加減、“スティラ”って名前で呼んでほしいのに。

 「だったら、お前もいい加減、俺のことを名前で呼んだらどうだ?」

 「へ?」

 「呼んだこと、ないだろ?」

 う。そ、それはぁ……。
 だって、侍女だったし。お仕えする主だったし。封印が解けてからは、距離を置かれちゃってたし。呼びなれてないから、恥ずかしかったし。今更なんだけど、照れるし。
 この半年間、宰相たちの処断とか、新たな宰相の任命とか、官僚たちの刷新とか、結婚式の準備とか、わたしの即位にむけての勉強とか。とにかく目が回りそうなぐらい忙しくて、ちゃんと将軍に向き合わなかったし、二人っきりで過ごすこともなかったから、まあ、呼び方も適当、というか以前のまま放置してたんだけど。

 「ちゃんと呼んだら、俺も名前で呼んでやる。どうだ?」

 な、なんですか、その反則級の悪者笑みはっ!! 怖くはないけど、スッゴクあくどそう。

 「――ヴィ、ヴィ、ラ……、ああ、ダメッ!! ごめんなさいっ、む、無理っ!!」

 「なんだ、言えないのか? だったらいつまでも“ミリア”のままだな」

 い、いやそれはさすがにっ!!

 「わ、わたしより先に、将軍が名前を呼んでくださいよっ!! ズルいですよっ!!」

 「お前、女王としての初勅を『わたしの名前を呼びなさい』ってことにするのか? 夫に名を呼ばせる命を初勅にするとは。なかなかやるな」

 「い、嫌ですよ、そんな初勅。バカっぽすぎますっ!!」

 歴代最強のバカ女王ですよ、そんなの。

 「じゃあ、お前が俺の名前を呼ぶしかないな――と言いたいところだが、今日は多めに見てやる。せっかくの化粧が泣いて崩れてしまうといけないからな」

 「泣いてませんよっ!!」

 こんなぐらいで泣いてたら、イジワル魔王の妻なんて務まりませんっ!!

 「まあ、今は多めに見るが。夜にはちゃんと呼んでもらうぞ?」

 ふえっ!? よ、夜っ!?
 夜って、その……あの……。えと……。

 「夫婦となって、身も心も睦み合うんだからな。名前ぐらい呼んでもらわないと困る」

 ふうっ……!! 睦み……っ!!

 ダメだ。わかっているけど、頭がクラクラしてきた。

 「そもそもに、俺はもうすでにお前の身体のすべてを見てるんだからな。恥ずかしがることはなにもないぞ?」

 「それは、わたしが竜化してる時のことでしょうがっ!!」

 あれを裸ってっ!! あんなの、数に入れないでくださいよっ!!
 
 「はははっ。なんにしたっていつかは呼ばなくてはいけないからな。いい加減に慣れろ、スティラ」

 ってちょっと!! なんですかその不意打ちのような笑顔と、名前呼びはっ!!

 怒ってたのに、ときめいちゃって、感情がグチャグチャになっちゃうじゃない。普段は魔王のように怖い顔してるくせに。笑うととっても柔らかくて優しい顔になる……って。

 だっ、騙されませんよっ!!
 わたし、将軍がメッチャ気が短くって、怒りっぽくって、意地悪な魔王だって知ってるんですからねっ!! 時折、優しくしてくれるけど、それでも本性は性悪だってわかってるんですから。

 「行くぞ、スティラ」

 そんな魔王がわたしの手を取り歩き出す。
 竜の女王と魔王さま。
 互いに「愛」と言う名の「呪い」をかけるため、二人並んで歩き出す。

 国中に鳴り響く、祝福の鐘の音を聴きながら。
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