この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。

若松だんご

文字の大きさ
2 / 27

第2話 どっちもどっちだ。 (王妃 * 陛下視点)

 「え? 結ばれてないんですか?」

 「ええ」

 ムスッとふてくされた顔で短く答える。腹立たしいから、二度も三度も詳しく説明したくない。
 たとえそれが、自分に一番近しい、乳姉妹あがりの侍女であっても、だ。いや、そういう存在だからこそ、今のわたくしのささくれだった気持ちを察してほしいと思うのは我がままだろうか。

 「ああ、だからどうりで……」

 納得したようにウンウンと頷かれた。
 他の侍女たちは、わたくしの脱ぎ捨てた夜着を片づけ終え、食べ終えた朝食を下げ、部屋から退出している。今、ここにいるのは、この気心の知れたオルガだけ。故郷からついてきてくれた、数少ない侍女。だからつい、ふてくされたり、本音がポロリとこぼれてしまう。

 「どうりでって……。オルガ、アナタ、なにかわかるの?」

 破瓜の血の付いたリネンは提出されてしまった。あれを見れば、誰だって騙される。そう思っていたのに。

 「そりゃ、わかりますよ。姫さまのお身体、清める必要がございませんでしたもの」

 先ほど、朝のお支度をと入室してきた彼女は、お湯の入った桶と清潔な布をいくつか持って来ていた。
 いつもの朝の支度なら、洗面のための冷たい水差しを持ってくるだけなのに。何に使うのかわからないお湯は、結局、ロクに使われないまま、部屋から下げられてしまった。
 あれは、もしかすると、わたくしの身体を清めるために用意されたものだったのだろうか。

 「閨事があると、清める必要があるの?」

 「そうですね。一概には言い切れませんが……。清めないと、気持ち悪いと思いますよ」

 そうなのね。
 どこが、どこを? というのはわからないけど、そういうものなのだと納得する。

 「じゃあ、他の侍女にもバレてしまったかしら」

 できれば、このことは誰にも知られたくない。ウソを信じられるのも悔しかったけど、夫に興味を持たれなかった妻として、嘲り侮られるのはもっとイヤだった。

 「大丈夫じゃないですか。事は成されたと公に認められているわけですし。わざわざ、それを否定するような噂を流して得する者はおりませんし」

 空気を入れ替えようと、オルガが窓を開け放つ。冷涼な風が淀んだ部屋の隅々までいきわたる。

 「この国の者たちは、お金目当てで結婚を押し進めたんでしょ。実は白い結婚だったなんて言って、お金がもらえずに困るのはあちらさんですしね。言うわけないと思いますよ」

 確かに。金が欲しければ、たとえそこにどんな真実があったとしても、口をつぐむだろう。

 「でも、いつまでもこのままってわけにはいきませんよね」

 「そうなのよね。陛下はどういうおつもりでいらっしゃるのかわからないけど」

 初夜を騙せたとしても、この先も騙せるとは限らない。子が出来なければ、父もそれ以上の援助をしぶるだろう。それに、この先、寝所を共にしなければ、おのずとバレる気がする。

 「まあ、もしかしたら、今日の夜にでも、思い直してことに及ぶかもしれませんよ」

 たまたま昨夜は、その気になれなかっただけで。
 国王としての責務を思い出し、ここを訪れるかもしれない。子を成せばあとは自由だと知れば、いっときのことと、我慢して子種を注いでくれるかもしれない。

 「まだ子がデキやすい日かしら?」

 子のデキない時期に注がれても困る。そんなの時間と子種、労力のムダでしかない。

 「そうですね。昨夜が一番であったとは思いますが……。でも、まだ今夜なら間に合うんじゃないですか?」

 確かめますか? オルガの言葉に首を横にふった。確認することはやぶさかではないが、その方法が、少々恥ずかしい。
 やるなら、自分でこっそりやる。

 「ねえ、それより外を少し散策したいわ」

 わたくしの言葉に、何をすべきか理解したオルガが、おろしっぱなしになっていた髪をくしけずる。髪を結い上げ、飾りを着ければ外に出るのに相応しい装いになる。
 出来上がった姿を鏡で確認してから、庭園に出る。
 成り上がりの王妃。
 国王に愛されなかった王妃。
 だから何だと言うの?
 この国の王妃となったのは自分で、この国には、わたくし以外に王妃はいないのだから。
 恥じることなく堂々とすればいい。

*     *     *     *

 「えっ? 何もしなかったんですか?」

 「ああ」

 ムスッとふてくされた顔で短く答える。腹立たしいから、二度も三度も詳しく説明したくない。
 たとえそれが、自分に一番近しい、戦場で生死を共にした従者であっても、だ。いや、そういう存在だからこそ、今の自分の気持ちを察してほしいと思うのは我がままだろうか。 

 「でも、『破瓜の血』は、初夜が成立したことは確認されたのでは?」

 「あれは、オレの血だ」

 傷つけた小指を見せつける。指の腹には、まだ小さな赤い傷跡が残る。

 「何をしてたんですか、アナタは」

 あー、とため息とともに天を仰ぎ見られる。大げさに額まで押さえられたら、余計に苛立つ。

 「だって、仕方ないだろ。『オレの愛はいらない。子種だけが必要だ』などと言われたんだぞ」

 腹を立てるのも仕方ないだろ。

 「仮にも、一国の王に対して不遜すぎるだろ」

 あの女は不遜なのだ。
 ちょっとばかり金を持っているからって。そして、こちらが金策に困っていることを知っていて、あの高慢な態度。バカにしているのか?

 「だからって、このままってわけにはいかないでしょ」

 「……それは、そうだが」

 正論ゆえに反論出来ない。
 金に困っているのは本当だ。
 今、この国には金がない。
 戦争は勝利に終わったが、代わりに大量の借金が残った。国民に新たな税をかけ、国庫を潤すことは出来るかもしれないが、それでは、いつか必ず不満が爆発する。せっかく平和になったのだから、この先は平和のうちに統治を続けたい。
 そのためにも、あの女、あれの実家がもたらすであろう、莫大な持参金は魅力的だった。
 金15万ポンド。それに、いくつかの植民地。それを足掛かりにすれば、国庫を持ち直すことも出来るのではないか。そう期待した。
 だから、この結婚に同意した。
 王族たるもの、個人の感情で結婚することがないのは重々承知している。愛のない結婚など、己の両親で、イヤと言うほど学んできた。世継ぎであった自分が生まれてから、両親はそれぞれに愛人を持ち、好き放題に暮らしていた。
 王族の結婚など、所詮そういうものだ。だから、結婚に愛を求めるな。そう、あの女に釘を刺したつもりだった。
 それなのに。
 なにが、「必要なのは陛下の子種だけ」だ。ふざけるにもほどがある。
 だから、腹いせに子種を恵んでやらなかった。ニセの証を作り、初夜の証明とした。
 立会人に血を見せた後の、あの女の顔。
 驚きよりも、ジワジワと浮かび上がる怒りの顔。羞恥と屈辱にまみれたあの顔を見ることで、いくぶんか溜飲が下がった。
 だが。
 このままでいいとは思っていない。
 気に入らない女ではあるが、子を成さねばならないことも事実だ。
 結婚をした以上、あの女が産んだ子以外、世継ぎとして認められることはない。
 どうしたものかな。
 思案を巡らせながら、中庭の見える窓に頬杖をつく。
 眼下に広がるその景色の中に、王妃然として歩くあの女の姿を見つけてしまい、余計にムッとした気分になる。
感想 0

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約解消から5年、再び巡り会いました。

能登原あめ
恋愛
* R18、シリアスなお話です。センシティブな内容が含まれますので、苦手な方はご注意下さい。  私達は結婚するはずだった。    結婚を控えたあの夏、天災により領民が冬を越すのも難しくて――。  婚約を解消して、別々の相手と結婚することになった私達だけど、5年の月日を経て再び巡り合った。 * 話の都合上、お互いに別の人と結婚します。白い結婚ではないので苦手な方はご注意下さい(別の相手との詳細なRシーンはありません) * 全11話予定 * Rシーンには※つけます。終盤です。 * コメント欄のネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。   ローラ救済のパラレルのお話。↓ 『愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです』

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

【10話完結】 忘れ薬 〜忘れた筈のあの人は全身全霊をかけて私を取り戻しにきた〜

紬あおい
恋愛
愛する人のことを忘れられる薬。 絶望の中、それを口にしたセナ。 セナが目が覚めた時、愛する皇太子テオベルトのことだけを忘れていた。 記憶は失っても、心はあなたを忘れない、離したくない。 そして、あなたも私を求めていた。