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第2話 どっちもどっちだ。 (王妃 * 陛下視点)

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 「え? 結ばれてないんですか?」

 「ええ」

 ムスッとふてくされた顔で短く答える。腹立たしいから、二度も三度も詳しく説明したくない。
 たとえそれが、自分に一番近しい、乳姉妹あがりの侍女であっても、だ。いや、そういう存在だからこそ、今のわたくしのささくれだった気持ちを察してほしいと思うのは我がままだろうか。

 「ああ、だからどうりで……」

 納得したようにウンウンと頷かれた。
 他の侍女たちは、わたくしの脱ぎ捨てた夜着を片づけ終え、食べ終えた朝食を下げ、部屋から退出している。今、ここにいるのは、この気心の知れたオルガだけ。故郷からついてきてくれた、数少ない侍女。だからつい、ふてくされたり、本音がポロリとこぼれてしまう。

 「どうりでって……。オルガ、アナタ、なにかわかるの?」

 破瓜の血の付いたリネンは提出されてしまった。あれを見れば、誰だって騙される。そう思っていたのに。

 「そりゃ、わかりますよ。姫さまのお身体、清める必要がございませんでしたもの」

 先ほど、朝のお支度をと入室してきた彼女は、お湯の入った桶と清潔な布をいくつか持って来ていた。
 いつもの朝の支度なら、洗面のための冷たい水差しを持ってくるだけなのに。何に使うのかわからないお湯は、結局、ロクに使われないまま、部屋から下げられてしまった。
 あれは、もしかすると、わたくしの身体を清めるために用意されたものだったのだろうか。

 「閨事があると、清める必要があるの?」

 「そうですね。一概には言い切れませんが……。清めないと、気持ち悪いと思いますよ」

 そうなのね。
 どこが、どこを? というのはわからないけど、そういうものなのだと納得する。

 「じゃあ、他の侍女にもバレてしまったかしら」

 できれば、このことは誰にも知られたくない。ウソを信じられるのも悔しかったけど、夫に興味を持たれなかった妻として、嘲り侮られるのはもっとイヤだった。

 「大丈夫じゃないですか。事は成されたと公に認められているわけですし。わざわざ、それを否定するような噂を流して得する者はおりませんし」

 空気を入れ替えようと、オルガが窓を開け放つ。冷涼な風が淀んだ部屋の隅々までいきわたる。

 「この国の者たちは、お金目当てで結婚を押し進めたんでしょ。実は白い結婚だったなんて言って、お金がもらえずに困るのはあちらさんですしね。言うわけないと思いますよ」

 確かに。金が欲しければ、たとえそこにどんな真実があったとしても、口をつぐむだろう。

 「でも、いつまでもこのままってわけにはいきませんよね」

 「そうなのよね。陛下はどういうおつもりでいらっしゃるのかわからないけど」

 初夜を騙せたとしても、この先も騙せるとは限らない。子が出来なければ、父もそれ以上の援助をしぶるだろう。それに、この先、寝所を共にしなければ、おのずとバレる気がする。

 「まあ、もしかしたら、今日の夜にでも、思い直してことに及ぶかもしれませんよ」

 たまたま昨夜は、その気になれなかっただけで。
 国王としての責務を思い出し、ここを訪れるかもしれない。子を成せばあとは自由だと知れば、いっときのことと、我慢して子種を注いでくれるかもしれない。

 「まだ子がデキやすい日かしら?」

 子のデキない時期に注がれても困る。そんなの時間と子種、労力のムダでしかない。

 「そうですね。昨夜が一番であったとは思いますが……。でも、まだ今夜なら間に合うんじゃないですか?」

 確かめますか? オルガの言葉に首を横にふった。確認することはやぶさかではないが、その方法が、少々恥ずかしい。
 やるなら、自分でこっそりやる。

 「ねえ、それより外を少し散策したいわ」

 わたくしの言葉に、何をすべきか理解したオルガが、おろしっぱなしになっていた髪をくしけずる。髪を結い上げ、飾りを着ければ外に出るのに相応しい装いになる。
 出来上がった姿を鏡で確認してから、庭園に出る。
 成り上がりの王妃。
 国王に愛されなかった王妃。
 だから何だと言うの?
 この国の王妃となったのは自分で、この国には、わたくし以外に王妃はいないのだから。
 恥じることなく堂々とすればいい。

*     *     *     *

 「えっ? 何もしなかったんですか?」

 「ああ」

 ムスッとふてくされた顔で短く答える。腹立たしいから、二度も三度も詳しく説明したくない。
 たとえそれが、自分に一番近しい、戦場で生死を共にした従者であっても、だ。いや、そういう存在だからこそ、今の自分の気持ちを察してほしいと思うのは我がままだろうか。 

 「でも、『破瓜の血』は、初夜が成立したことは確認されたのでは?」

 「あれは、オレの血だ」

 傷つけた小指を見せつける。指の腹には、まだ小さな赤い傷跡が残る。

 「何をしてたんですか、アナタは」

 あー、とため息とともに天を仰ぎ見られる。大げさに額まで押さえられたら、余計に苛立つ。

 「だって、仕方ないだろ。『オレの愛はいらない。子種だけが必要だ』などと言われたんだぞ」

 腹を立てるのも仕方ないだろ。

 「仮にも、一国の王に対して不遜すぎるだろ」

 あの女は不遜なのだ。
 ちょっとばかり金を持っているからって。そして、こちらが金策に困っていることを知っていて、あの高慢な態度。バカにしているのか?

 「だからって、このままってわけにはいかないでしょ」

 「……それは、そうだが」

 正論ゆえに反論出来ない。
 金に困っているのは本当だ。
 今、この国には金がない。
 戦争は勝利に終わったが、代わりに大量の借金が残った。国民に新たな税をかけ、国庫を潤すことは出来るかもしれないが、それでは、いつか必ず不満が爆発する。せっかく平和になったのだから、この先は平和のうちに統治を続けたい。
 そのためにも、あの女、あれの実家がもたらすであろう、莫大な持参金は魅力的だった。
 金15万ポンド。それに、いくつかの植民地。それを足掛かりにすれば、国庫を持ち直すことも出来るのではないか。そう期待した。
 だから、この結婚に同意した。
 王族たるもの、個人の感情で結婚することがないのは重々承知している。愛のない結婚など、己の両親で、イヤと言うほど学んできた。世継ぎであった自分が生まれてから、両親はそれぞれに愛人を持ち、好き放題に暮らしていた。
 王族の結婚など、所詮そういうものだ。だから、結婚に愛を求めるな。そう、あの女に釘を刺したつもりだった。
 それなのに。
 なにが、「必要なのは陛下の子種だけ」だ。ふざけるにもほどがある。
 だから、腹いせに子種を恵んでやらなかった。ニセの証を作り、初夜の証明とした。
 立会人に血を見せた後の、あの女の顔。
 驚きよりも、ジワジワと浮かび上がる怒りの顔。羞恥と屈辱にまみれたあの顔を見ることで、いくぶんか溜飲が下がった。
 だが。
 このままでいいとは思っていない。
 気に入らない女ではあるが、子を成さねばならないことも事実だ。
 結婚をした以上、あの女が産んだ子以外、世継ぎとして認められることはない。
 どうしたものかな。
 思案を巡らせながら、中庭の見える窓に頬杖をつく。
 眼下に広がるその景色の中に、王妃然として歩くあの女の姿を見つけてしまい、余計にムッとした気分になる。
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