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二、明時。 (あかとき。夜が明けようとする時。夜明けの頃)

(六)

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 それからというもの。
 あのつきの木に遊びに行く時は、必ず人の子も連れて行く。それもボクが抱えて飛んでいく、というのが仕事になった。
 あの二人と人の子が仲良くなったら、あわよくばボクは抜け出して、少しはノンビリできるかなって思ってたのに。

 (これじゃあ、ボクの仕事が増えただけじゃないか!)

 人の子を歩かせてつきの木に向かってもいいけど、それだとものすごく時間がかかってしまう。だって、チビだし。森は歩きやすい場所じゃないし。うっかり転んでケガでもしたら、それこそ遊びに行くことすらできなくなる。
 なのでしかたなく、本当にしかたなく、ボクが人の子を抱きかかえてつきの木へ向かうことになった。

 (こんなの、ボクが疲れるだけじゃないか!)

 納得いかない。
 その上つきの木は――

 「嬢ちゃんが降りやすいように、ハシゴも作ってやったぞ!」

 「これで、いつでも森で遊ぶことができるよ」

 と、ノスリとカリガネが、勝手にハシゴを作った。
 人の子は、腰かけと同様に、それらも喜んだけど、ボクは納得がいかない。なんで、こんなヤツのために、ボクらの木が改造されてかなきゃいけないんだ?
 どうせ二人に文句をぶつけたって「しかたないよ、この子のためだよ」とか言われて、「なんでダメなの?」ってききかえされるだけだから、言葉を飲み込む。

 でも。
 少しだけ良くなったこともある。

 「お、来た来た」

 先につきの木に来ていたノスリとカリガネが、枝に立ちながら、グイーッと体を乗り出す。
 「来た」のは、ボクと人の子ではなく。

 チーチーチーチーツーチー、チーチーチーチーツーチー。
 ヒンカラカラカラ、ヒンカラカラカラ。
 キョッキョロッキョキョキョロロ、キョッキョロッキョロキョロロ。

 「今日は、コナガとコマドリとルリビタキかあ」

 「よく集まるよねえ」

 別に〝鳥寄せ〟をしたわけでもないのに、勝手に集まる小鳥たち。小鳥たちは、ボクが人の子を連れて来たことに気づくと、どこからともなく集まってついていくる。最初はすごく驚いたけど、そのうち小鳥が集まってくれたほうが楽だって気づいた。
 なぜなら。

 「……よっと」

 かけ声とともに、運んできた人の子を、カリガネたちが作った腰かけに降ろす。とたんに、さえずりながら近づく小鳥たち。人の子の周りを軽く飛んだり、肩にとまってさえずったり。なかには、花を摘んでくる小鳥もいて、なにかと人の子の世話をしてくれる。
 ようするに。
 ボクが少しだけだけど、自由になる時間ができたってわけだ。

 小鳥たちが相手をしてくれている間、ボクはノスリやカリガネと速さを競って飛んでみたり、追っかけっこをしたり、木の実を採ったり、空高く舞い上がったり。
 とにかく、以前と同じように、たくさん遊ぶことができるようになった。

 「なあ」

 川辺でくつろいでいたら、ノスリが言い出した。
 今日一番の遊びは、誰が一番川面スレスレで飛ぶことができるか。速さももちろんだけど、一番スレスレで飛べたものが勝ちって遊び。

 「いいかげんさあ、お前も受け入れてやれよ、ハヤブサ」

 「そうだよ。あそこまで小鳥たちにも気に入られてるってのにさ」

 言いながら衣の裾を絞ってるのはカリガネ。飛んでる途中、ノスリの「わっ!」に驚いて、ボチャンと川に落ちたのだ。(もちろん、これはノスリが悪い)

 「鳥寄せしなくても、自然に鳥が集まってくるなんて、よっぽどだよ?」

 鳥と鳥人族は違う生き物。
 同じように野山を飛び、空を舞う翼を持つ者として親しくするけど、それだけ。食べる物も違えば、生きる環境も違う。鳥は巣で暮らし、鳥人は木の上に建てた館で休む。鳥はさえずるが、鳥人は言葉を交わす。
 だから、〝鳥寄せ〟に従ってくれる鳥であっても、ああして誰かに懐くとなると、鳥人族であっても、そう起きることじゃない。げんに、今もボクたちの周りに鳥は近づいてこない。遠巻きに、「何してるんだ?」ぐらいに見てるヤツはいるけど、あんなふうに、近づいてさえずったりはしない。

 「嬢ちゃんを受け入れてねえのは、ハヤブサぐらいだぜ?」

 「そうだよ。どうしてそこまであの子を嫌うんだよ、ハヤブサ」

 二人の目がボクを見る。
 鳥たちだって受け入れた。〝鳥寄せ〟しなくても勝手に集まってくるぐらい、慕ってくれてる。なのになぜ?

 「うるさい! ボクは、ああいう平然と他人の縄張りに入ってくるような、厚かましいヤツが大っきらいなんだ!」

 ボクがこいつらと遊ぶのにつどうだけの場所だったのに、いつの間にか、アイツが居座る場所になってしまった。立派な族長を目指す毎日だったのに、アイツのお世話に時間を取られるようになった。
 ジワリジワリ。
 自分のものが、アイツに侵食されていく感覚。
 どうせ二人に話したところで、「大人げない」とか、「ガキかよ」って笑われるだけだろうし。だから、口をつぐむ。

 「あ、おい、ハヤブサ!」

 ノスリが止めるのも聞かず、バサリと翼を広げる。

 「待ってよ、ハヤブサ」

 あわてて、カリガネとノスリも飛び立つ。
 不愉快な気分は、空を飛んで忘れるに限る。けど――。

 「あれ? あれって、ルリビタキと、コナガと、……コマドリ?」

 「嬢ちゃんのとこに来てたやつか?」

 「なんか……あわててる?」

 こっちに向かって飛んでくる小鳥。ルリビタキ、コナガ、コマドリ。今日の人の子の世話係。

 (何かあったのか?)

 大きく翼を震わせ、つきの木を目指して飛ぶ。

 「お、おい! こいつらから事情、聞いてけよ!」

 ノスリが叫ぶ。
 
 「ダメだよ、ああなったら、ハヤブサは何も聞きやしない」

 「まったく。なんだかんだ言って、アイツが一番やさしくて、一番世話焼きで、一番面倒見がいいんだよな」

 「うん。一番素直じゃないけどね」
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