ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~

若松だんご

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二、明時。 (あかとき。夜が明けようとする時。夜明けの頃)

(七)

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 「おいっ! どこにいるんだ! 返事しろ!」

 舞い戻ったつきの木。そこに人の子の姿はなく、シンと静まり返った木の枝に、風だけがそよぎ渡る。
 落っこちたのなら、そのへんに転がっているはず。しかし、そこにはなにもない。
 獣に襲われたのなら、……考えたくないけど、衣の切れ端ぐらいは残っているはず。

 (どこかに行ったのか?)

 人の里に向かった? こんな山奥から人の里は、歩いてたどり着くなんて無理だ。迷って野垂れ死ぬ。
 それか、ボクを追いかけて? ハシゴなんか作ったせいで、あの木から簡単に降りられるようになってしまった。なら、ありえなくもないけど。

 (それなら一羽ぐらい、人の子についていてくれてもいいのに)

 そう遠い川で遊んでいたわけじゃない。ちょっと連絡してくれたら、すぐに戻ったのに。
 
 (クソッ!)

 体の中からジリジリと焼かれていくような感覚。歩いたり、飛んだりするけど、ちっとも心が鎮まらない。

 カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。

 (えっ?)

 その声に、全身総毛立った。
 今のは、まさか、まさか、まさかっ!

 カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。

 木立ちを抜け、茂みに足を取られながら、それでも音のする方へ、一目散に飛んでいく。

 「――――! ――――!」

 間に合え! 間に合え!
 飛びながら、唇に指を二本当て、何度も音なき音を出す。〝鳥寄せ〟じゃない。そこにいる鳥に命じる使役の音。
 まだ習得したばかりで、得意じゃないし、大きな鳥、知恵ある鳥を従わせるのは難しい。けど。

 〝サワガシイ。静カニセイ〟

 茂みを抜けた先、人の子のそばにいた、青灰色の翼の大きな鳥、大鷹オオタカに叱られた。

*     *     *     *

 〝ワシハナ、コノ人ノ子ニ会イニ来タダケジャ〟

 大鷹オオタカが言った。「言った」といっても、普通に喋ったのではなく、目を見ることで、こちらに伝えたがってる鳥の意思を聴くことのできる、鳥人族長の秘技を使って読み取ったんだけど。

 それによれば、この大鷹オオタカは、族長である父さんが連れてきたという人の子、小鳥たちに懐かれてると評判の子が気になったらしい。

 〝ミナヲタブラカス魔性デアレバ、ワシガ喰ッテヤロウトナ〟

 〝鳥寄せ〟したわけでもないのに、小鳥たちを手懐けた。鳥人族の族長が自分の娘にした人の子。それを、惑わしの技かなにかと、コイツを魔物かどうか見極めに来たらしい。
 ゴクリと、無意識に喉が鳴った。
 もし、ボクが間に合わなかったり、魔物と判断されてたら、コイツはアッサリ喰い殺されてたわけだ。
 背中を、冷たい汗が伝う。当の人の子は、全く理解してないみたいで、キョトンとした顔で大鷹オオタカを見てるだけ。それどころか。

 「こら! いくらなんでも大鷹オオタカを手に載せるのはムリだ!」

 すくうような手の形をとろうとした人の子。あわてて肩を引っつかんで、それを止めさせる。大鷹オオタカなんて大きな鳥が、どうやったら手の中に収まるって思えるんだ?

 〝ハハッ。ナカナカオモシロイノコデハナイカ〟

 大鷹オオタカが笑う。といっても、声をあげて笑ったわけじゃないけど。

 〝ソノ豪胆サ、気ニ入ッタ〟

 豪胆? 何も理解してないだけでは?
 小鳥たちは大鷹オオタカの恐ろしさを知ってるから逃げ出したけど、コイツは何もわかってないから、キョトンとしてるだけ。それを豪胆と言われると、違うと思う。

 〝ノウ、鳥人ノ若子ワクゴヨ。ワシガ、コノノコノ翼トナッテヤロウ〟

 「え?」

 〝翼ナキ者ニ、コノ森ハ辛カロウ。ユエニ、ワシガ翼ニナッテヤロウト言ウノダ〟

 つまりは、人の子の移動を、この大鷹オオタカが助けてくれるってことか? そりゃあ、願ったり叶ったりだし、助かるし。大鷹オオタカなら、こんな人の子ぐらい、簡単に運べるだろうけど。

 「いいのか?」

 「ワシニ、二言ハナイ」

 大鷹オオタカなのに、〝ワシ〟なんだ――とは言わない。

 〝ソウジャ、時ニ、鳥人ノ若子ワクゴヨ。コノノコノ名ヲ、ナントイウ?〟

 「え?」

 〝名ヲ知ラヌデハ、契約ガ成リ立タヌ〟

 「え、えと。それは……」

 どうした。どうした? 
 催促するような大鷹オオタカの目。
 ちょうどその時、後ろでボクに追いついたノスリやカリガネ。二人が、「わっ! 大鷹オオタカだ!」って驚く声が聞こえた。

 どうする、どうする、どうする?

 前と後ろ。大鷹オオタカとノスリ、カリガネからジリジリ追い詰められてる気がして。
 名前をつけないボクが、とんでもない悪者みたいで。

 「――メドリ。メドリって言うんだ、ソイツは!」

 苦しまぎれに出した名前、〝メドリ〟。
 
 〝フム、メドリ。メドリ姫カ〟

 大鷹オオタカが軽く首をかしげた。

 「うわあ、なんのひねりもねえ。〝の鳥〟でメドリだろ、それ」
 
 とノスリ。

 「もっとかわいい鳥の名前とか、きれいな名前とかつけてあげられないの?」

 とカリガネ。

 「うるさいな! 一応、トリってつけて、仲間って認めたんだからいいだろうが!」

 大鷹オオタカという翼を得た以上、コイツを鳥人の仲間と認めるしかない。不本意だけど。だから、仲間という意味で〝メドリ〟。仲間と認めても、妹としては認めてない、ギリギリの境界線。

 〝鳥人ノ若子ワクゴヨ。ソノメドリ姫カラノ贈リ物ジャゾ〟

 贈り物?

 「――ングッ!」

 キュッと、口にねじこまれたもの。甘酸っぱい、……グミ?

 〝メドリ姫ハノ、ヌシニソレヲ贈ルタメニ、ココヘ来テオッタノジャ〟

 言われて見回せば、あたりにグミの実が鈴なりに成っていた。それを摘んだのだろう。人の子――改め、メドリが、手の中のグミを次から次へとボクの口に押しこもうとする。

 「まるで餌付けだね。今度はメドリからの」

 「だな」

 カリガネとノスリが笑う。

 グイグイ押しこまれるグミに、モグモグ咀嚼そしゃくが間に合わない。
 いつもの世話の礼のつもりなのか。それとも名前をつけたことへの感謝のしるしなのか。
 どっちにしたって。

 「頼むから、ねじこむな。それと、食べるなら自分で食べる」

 グミをいくつか受け取ると、メドリがニコッと笑った。

 (――まったく。だから、コイツは好きになれないんだ)

 その笑顔に、そっぽを向いてグミを口に入れる。ギュッと握られてたグミは、かなり生ぬるかった。
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