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四、風巻。 (しまき。激しく吹き荒れる風。雨や雪を混じえて吹く風)
(二)
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歌垣の夜は、森も浮き立つ。
うず高く積まれた薪に火がつけられ、その周りで陽気な楽が奏でられるからだろう。すっかり日が落ちたというのに、ねぐらに戻ったはずの鳥や獣も、どこか落ち着かない。
山全体が眠らない、眠れそうにないのだ。
その中心となるのは若い鳥人。男の鳥も女の鳥も、ここぞとばかりに着飾り、歌垣に参加する。
一生を共にするに値する男の鳥か。
子を育んでくれそうな女の鳥か。
目当ての相手がいれば、心通じるように。いなければ、「善い」と思える相手を探す。
そして歌垣に参加するのは、若い男女だけじゃない。踊る彼らの周りで、すでに番のいる年配の鳥人たちが、ヤンヤヤンヤとはやし立てる。ようは、若い鳥人の恋の駆け引きをながめながら、酒を呑んで楽しむのだ。恋に破れた者(この場合男の鳥が多い)をなぐさめるという役割も担っている。
あちらの原、こちらの峰から鳥人が集まり、一夜を楽しくすごす。歌垣に参加できないような幼い鳥人たちも、この時ばかりは夜ふかしが許されて、歌垣のマネっ子などして遊び楽しむ。
歌垣を催しているのは、もちろん族長である父さん。歌垣は鳥人の子孫繁栄を願って開かれるのだから、父さんが主となって行われるのはいいんだけど。
「グスッ……、いつかメドリもこんなふうに……、グスッグス……」
と、なぜか勝手に未来を想像して、勝手に泣きながら酒を飲んでる。歌垣を一望できる一段高い桟敷でそれをやるもんだから……。まわりの大人が酒を注いでなぐさめてるけど、……正直情けない。族長として、もう少し威厳ある姿でいてほしいのに。
(まったく……)
歌垣に参加するつもりもないのに、その場にいるのは少し居心地が悪かったので、一人社に戻る。去年までなら、父さんと同じ桟敷から歌垣を見て楽しんだりしたんだけど、今年は、あの涙混じりの酒が面倒なのでやめておいた。桟敷じゃなくても、プラプラ歩きながら眺めて楽しんでもよかったんだけど、「なんで参加しないの?」っていう視線が面倒なので、そっちもあきらめた。なら、「ちょっくら参加するか」ってしたら、ノスリたちから「やめてくれ」って文句が飛んできそうだし。
(しかたない)
こうなったら、自分の室で大人しくしてるしかないか。騒がしくて眠れそうにないけど、そこぐらいしか自分の居場所がない。
「って、メドリ?」
室に戻る直前、通りかかった階のところでメドリを見つける。ボクの声に気づいたのか、メドリがこちらをふり返った。
「何してるんだ、こんなことろで」
夜も遅く、翼となってくれた大鷹もすでに巣に戻っている。
歌垣の夜は、誰もが興奮している。そんなときに、人の子であるメドリが一人でいれば、ロクなことにならない。父さんの近くでヒドい目に遭うことはないだろうけど、それでもからかいやいじわるの一つや二つ、起きないとは限らない。
「カゼひくぞ」
夏の夜風にあたったところで、カゼをひくことはめったにない。けどそういうことにした。からまれたら厄介だから、室に行けとは言いにくい。
「子どもは早く寝……」
言いかけて、言葉が途切れた。
今はまだ子どもだけど、この先、コイツはどうなるんだろう。
父さんは歌垣に参加して、番を見つけることを悲しんでいたけど、そんな将来は本当にやって来るんだろうか。
族長の娘とされたけど、しょせんは人の子。翼のないメドリに妻問いの宝を贈ろうなんて酔狂な男の鳥は現れるんだろうか。どれだけ美しく育ったとしても、声も出せない、翼もないとなれば、誰も相手にしてくれないんじゃないか。
(やっぱり、人の里に返してあげるべきなんじゃあ……)
でも、ここまで鳥人と暮らしたメドリが人に混じって暮らしていけるとも思えない。くわしくは知らないけど、人と鳥人の習慣が違うことぐらいは容易に察しがつく。人を知らないメドリがあちらで暮らすのは難しいかもしれない。
「メドリ。少し出かけないか?」
どうせ室に戻っても騒がしくて眠れない。
* * * *
月明かりが、闇に溶け込もとしていた山の斜面を照らし出す。
中天に差しかかった月は丸く、白い光は山の稜線を明らかにする。光の届かない木々の間は黒く沈むけれど、逆に、光をタップリ浴びた草むらは、そこに咲く花々までくっきりと姿を浮かび上がらせる。
「――ムラサキだ」
深く闇に沈んだような濃い緑の葉に覆われた草むら。そこに、白く小さな灯りをともしたような花がいくつも散りばめられている。
「明るいときに見たら、もっとキレイなんだけどな」
神宝捜しの最中に見つけた、ムラサキの野。
もともと地味な草ではあるけど、それでも、陽の光の下で見れば、群れて咲く姿はとてもキレイだったのにと、少しだけ残念に思う。
けれど、メドリは気に入ってくれたようで、下ろした途端、花に近寄ってしゃがむと、しげしげと眺め始めた。
花が欲しいのか?
そう思って手を伸ばしたら、茎を持ったところでその手を押し止め、首を横にふられた。
――見てるだけでいい。手折ってはダメ。
「わかった。じゃあ見てるだけな」
言って、メドリの脇に腰を下ろす。
見ているだけの何が楽しいのかわからない。
(まったく。よくわからないヤツだよなあ)
女の鳥は花を贈ると喜ぶのに、花を手折るなって止められるとは。
風に乗り、かすかに聞こえてくる楽の音。
今、広場で行われている歌垣。キレイな石や布が贈り物になることもあるけど、多くは花を贈って女の鳥の気を引く。あそこにいる女の鳥たちは、もらった花を髪に挿して、顔を赤らめうれしそうに踊っているというのに。
ムラサキを前に座りこんで、ジッと見つめ続けるメドリ。心なしか、その頬はゆるんでいるように見える。
(ホント、変わったヤツ)
でも、不思議と悪い気はしなかった。
うず高く積まれた薪に火がつけられ、その周りで陽気な楽が奏でられるからだろう。すっかり日が落ちたというのに、ねぐらに戻ったはずの鳥や獣も、どこか落ち着かない。
山全体が眠らない、眠れそうにないのだ。
その中心となるのは若い鳥人。男の鳥も女の鳥も、ここぞとばかりに着飾り、歌垣に参加する。
一生を共にするに値する男の鳥か。
子を育んでくれそうな女の鳥か。
目当ての相手がいれば、心通じるように。いなければ、「善い」と思える相手を探す。
そして歌垣に参加するのは、若い男女だけじゃない。踊る彼らの周りで、すでに番のいる年配の鳥人たちが、ヤンヤヤンヤとはやし立てる。ようは、若い鳥人の恋の駆け引きをながめながら、酒を呑んで楽しむのだ。恋に破れた者(この場合男の鳥が多い)をなぐさめるという役割も担っている。
あちらの原、こちらの峰から鳥人が集まり、一夜を楽しくすごす。歌垣に参加できないような幼い鳥人たちも、この時ばかりは夜ふかしが許されて、歌垣のマネっ子などして遊び楽しむ。
歌垣を催しているのは、もちろん族長である父さん。歌垣は鳥人の子孫繁栄を願って開かれるのだから、父さんが主となって行われるのはいいんだけど。
「グスッ……、いつかメドリもこんなふうに……、グスッグス……」
と、なぜか勝手に未来を想像して、勝手に泣きながら酒を飲んでる。歌垣を一望できる一段高い桟敷でそれをやるもんだから……。まわりの大人が酒を注いでなぐさめてるけど、……正直情けない。族長として、もう少し威厳ある姿でいてほしいのに。
(まったく……)
歌垣に参加するつもりもないのに、その場にいるのは少し居心地が悪かったので、一人社に戻る。去年までなら、父さんと同じ桟敷から歌垣を見て楽しんだりしたんだけど、今年は、あの涙混じりの酒が面倒なのでやめておいた。桟敷じゃなくても、プラプラ歩きながら眺めて楽しんでもよかったんだけど、「なんで参加しないの?」っていう視線が面倒なので、そっちもあきらめた。なら、「ちょっくら参加するか」ってしたら、ノスリたちから「やめてくれ」って文句が飛んできそうだし。
(しかたない)
こうなったら、自分の室で大人しくしてるしかないか。騒がしくて眠れそうにないけど、そこぐらいしか自分の居場所がない。
「って、メドリ?」
室に戻る直前、通りかかった階のところでメドリを見つける。ボクの声に気づいたのか、メドリがこちらをふり返った。
「何してるんだ、こんなことろで」
夜も遅く、翼となってくれた大鷹もすでに巣に戻っている。
歌垣の夜は、誰もが興奮している。そんなときに、人の子であるメドリが一人でいれば、ロクなことにならない。父さんの近くでヒドい目に遭うことはないだろうけど、それでもからかいやいじわるの一つや二つ、起きないとは限らない。
「カゼひくぞ」
夏の夜風にあたったところで、カゼをひくことはめったにない。けどそういうことにした。からまれたら厄介だから、室に行けとは言いにくい。
「子どもは早く寝……」
言いかけて、言葉が途切れた。
今はまだ子どもだけど、この先、コイツはどうなるんだろう。
父さんは歌垣に参加して、番を見つけることを悲しんでいたけど、そんな将来は本当にやって来るんだろうか。
族長の娘とされたけど、しょせんは人の子。翼のないメドリに妻問いの宝を贈ろうなんて酔狂な男の鳥は現れるんだろうか。どれだけ美しく育ったとしても、声も出せない、翼もないとなれば、誰も相手にしてくれないんじゃないか。
(やっぱり、人の里に返してあげるべきなんじゃあ……)
でも、ここまで鳥人と暮らしたメドリが人に混じって暮らしていけるとも思えない。くわしくは知らないけど、人と鳥人の習慣が違うことぐらいは容易に察しがつく。人を知らないメドリがあちらで暮らすのは難しいかもしれない。
「メドリ。少し出かけないか?」
どうせ室に戻っても騒がしくて眠れない。
* * * *
月明かりが、闇に溶け込もとしていた山の斜面を照らし出す。
中天に差しかかった月は丸く、白い光は山の稜線を明らかにする。光の届かない木々の間は黒く沈むけれど、逆に、光をタップリ浴びた草むらは、そこに咲く花々までくっきりと姿を浮かび上がらせる。
「――ムラサキだ」
深く闇に沈んだような濃い緑の葉に覆われた草むら。そこに、白く小さな灯りをともしたような花がいくつも散りばめられている。
「明るいときに見たら、もっとキレイなんだけどな」
神宝捜しの最中に見つけた、ムラサキの野。
もともと地味な草ではあるけど、それでも、陽の光の下で見れば、群れて咲く姿はとてもキレイだったのにと、少しだけ残念に思う。
けれど、メドリは気に入ってくれたようで、下ろした途端、花に近寄ってしゃがむと、しげしげと眺め始めた。
花が欲しいのか?
そう思って手を伸ばしたら、茎を持ったところでその手を押し止め、首を横にふられた。
――見てるだけでいい。手折ってはダメ。
「わかった。じゃあ見てるだけな」
言って、メドリの脇に腰を下ろす。
見ているだけの何が楽しいのかわからない。
(まったく。よくわからないヤツだよなあ)
女の鳥は花を贈ると喜ぶのに、花を手折るなって止められるとは。
風に乗り、かすかに聞こえてくる楽の音。
今、広場で行われている歌垣。キレイな石や布が贈り物になることもあるけど、多くは花を贈って女の鳥の気を引く。あそこにいる女の鳥たちは、もらった花を髪に挿して、顔を赤らめうれしそうに踊っているというのに。
ムラサキを前に座りこんで、ジッと見つめ続けるメドリ。心なしか、その頬はゆるんでいるように見える。
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でも、不思議と悪い気はしなかった。
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