ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~

若松だんご

文字の大きさ
33 / 42
五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)

(五)

しおりを挟む
 「あれは七年前の秋だったかな。素珥山そにやまのススキ野を、一人の男が歩いていたんだ」

 背中の矢傷で動けないボクに、父さんが語り始めた。

 「乱れた角髪みずら、土で汚れた顔。衣はところどころすり切れ、破れていたが、男が、元は立派な身分のある〝人〟なんだってことはわかったよ。なんたって、ボロボロのその格好に似つかわしくない、大きな剣を持っていたからね」

 「剣?」

 「ああ。見事な装飾を施された鞘に入った剣だ。ススキに負けないぐらい、西日を浴びて金色に輝いてた」

 鳥人が持ったことのないもの、剣。
 人と同じで、鳥人も狩りに弓矢を使うけど、矢じりは黒曜石で、鉄を使うことはない。鳥人は、およそ〝鉄〟という素材を嫌う。だから、〝剣〟と言われても、よくわからない。人が持つ武器、程度の認識。

 「それをね、杖のようにして歩いてたんだが、わしが近づくと背筋を伸ばし、こう言ったんだ。『そこなる鳥人よ。そなたに一つ頼みがある』とな」
 
 父さんが近づいたことで、身を伸ばしたのは、身分ある者としての矜持きょうじだろう。情けない格好をさらしたくないという誇り。

 「そこの木のウロに、妻と娘が隠れておる。妻はもう助からないかもしれないが、せめて娘だけでも守ってもらえないかと」

 「それがメドリ?」

 「そうだ。後でウロを見に行ったんだが、生きていたのはメドリだけで、彼の妻だろう女性は、すでに亡くなっていた」

 「そんな……」

 どういう事情で、メドリとその両親が素珥山そにやまに入ったのかは知らない。身分の高い者がボロボロになりながら、妻子を連れて山に入るなんて、よっぽどのことがあったんだろう。
 メドリは〝人の宝〟と呼ばれていた。だとすれば、その両親だって、身分もある、立派な立場の者だったはずなのに。

 「それから男はこうも言った。お主らの地を穢すかもしれぬ吾だが、この願いだけは叶えて欲しいと」

 「地を穢す?」

 「そうだ。男が向かった素珥山そにやまの頂。わしも見ておったのだが、そのすそ野に集まっておったのは、黒いヨロイを着けた人の兵たちだった。男を追って来た者たちだろう。男に向かって矢をつがえ、みな殺気だっておった」

 メドリの父親はどのような罪を犯したのか。どのような罪を犯したら、同族から狙われるようなことになるのか。

 「頂に立った男は、その手にした剣を鞘から抜き払うと地面に突き立てた。それからこう叫んだ。『兄上! この剣が欲しくば、吾を殺しここから持ち帰られるがよかろう! 兄上が剣にふさわしくあらば、剣は容易く抜けるであろう!』ってね」

 「兄上って……」

 「そう。男を追って来ていたのは、あの大君とか呼ばれるヤツだよ。アイツはあの時も冷酷に矢を射かけた。お前や大鷹オオタカを射た時と同じようにね」

 「そんな……」

 百歩譲って、ボクは人から見たら敵だから、矢を射かけてもしょうがないところがある。でも、自分の弟を矢で射るなんて。

 「そんなに、その剣が大事なんですか?」

 声がかすれた。
 鳥人は、同族を殺すという概念がいねんがない。だから、狩りに使う弓矢ぐらいしか持ち合わせない。
 人は、同族同士争うこともある種族。田の実りや水を求めて、殺し合うこともあるとは知っていたけれど、まさか兄弟で殺し合うこともあるとは。

 「剣が大事なのかどうかはわからん。ただ、その男と射殺した後、大君の兵が剣を抜こうと試みた。だが、みな失敗した」

 「失敗?」

 「いかずちに撃たれたのだよ。おそらくだけど、剣にふさわしくないと判じられたんだろうね。剣に触れた者はみな、いかずちに撃たれて死んだ」

 「じゃあ、あの大君は……」

 「触ってない。剣を抜くのが無理とわかると、兵を連れ、鞘だけを持ち帰った」

 「どうして鞘だけ?」

 「知らん。もしかすると、別の剣を作って鞘に収めて、自分が剣の持ち主だ! ってするためかもしれない。まあ、これは想像だけどね。後で調べたんだが、あの剣は、人の神宝かんだから。大君が大君である証の品だったようだ。あの剣を持つ者が人のおさ。そう決められているらしいんだ」

 だから、鞘だけでも持ち帰る。
 本体である剣は持ち帰れなくても、偽物であっても、それらしく装える。

 「じゃあ、その剣を、神宝かんだからを持っていたメドリの父親が、本当の大君だったってことですか?」

 「わからん。メドリの父親も母親も亡くなってしまっている。わしには、それ以上のことは何もわからんよ」

 父さんが深く息を吐き出した。
 ボクの知らない、壮絶な人の世界。父さんも、思い出すのが辛いのだろう。

 「わしは、人の軍が去った後に、彼らをそこに埋葬した。そしてメドリを、生き残っていたあの子を引き取ったんだよ。メドリは、両親の亡骸なきがらを見ても、涙一つ流さなんだ。ジッと見ているだけだった。それが哀れでね。放っておけなかったんだよ」

 両親が埋葬されるというのに、泣かないメドリ。
 おそらくだけど、それまでに受けた数々の衝撃で、心が砕かれてたんだろう。泣くこともできないぐらい。声を失うぐらい、激しく、ヒドく。
 思わず、握った拳に力がこもった。

 「わしが抱えて飛んでも驚きもしない。怯えもしない。そんなあの子が、初めて表情らしいものを見せたのが、ハヤブサ、お前に会った時なんだよ」

 「ボクに?」

 「そう。それまで、石が置物のように動かない、うつろだったあの子が、初めて動いた。お前は気づかなかったかもしれないが、あの子が、初めて意思をもって見つめたのは、お前だったんだよ」

 「え?」

 メドリが? ボクを? 見つめた?

 初めて会った時のことを思い出す。
 父さんに抱かれてやしろにやって来たメドリ。父さんがボクの目の前に立たせて。――ボクを見ていた?
 よくわからない。
 あの時は、薄汚い人の子ぐらいにしか思ってなかったから。
 でも、あの後、メドリはボクにだけ異様に懐いてきた。他の誰にも心を許さなかったのに、ボクにだけは真っ先に微笑んでみせた。
 
 ずっとボクの後をついてきたメドリ。
 カゼをひくまで、きざはしでボクを待ち続けていたメドリ。
 いつだって、ひな鳥みたいに、ボクを慕ってきたメドリ。

 どうしてボクにだけ懐いたのかは知らない。
 けど、そんな悲しい過去があったのなら、もっとやさしくしてやるんだった。もっと大事にしてやるんだった。もっと、もっと……。

 「ハヤブサ。お前は、メドリをどう思っている?」

 「え?」

 「あの子を助けたいと思っているのなら、素珥山そにやまへ行け。剣を抜くのだ、ハヤブサ」

 「ボクが?」

 鳥人のボクが、人の剣を?

 「あの子を思うのなら、お前が剣を抜くのだ、ハヤブサ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

【運命】と言われて困っています

桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。 遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。 男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。 あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。 そんな彼が彩花にささやいた。 「やっと会えたね」 初めましてだと思うんだけど? 戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。 彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。 しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。 どういうこと⁉

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

処理中です...